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12、Oh, boy

 店が終わった後、僕達はオレンジ・アベニューへ繰り出し、新年を祝った。

 東京に比べれば、何ということはない田舎の町でさえも、その日だけは渋滞して、車を止めるのも大変な作業だった。

 助手席に座って外を眺めているジェラルドは、いつになく上機嫌だった。

 もっとも、新年まで気難しい顔をされるのは勘弁してほしい。


 その日は、ジェラルドの二度目のファイナル・ステーションへの冒険の日でもあった。

 僕は以前から、キムや他の顔なじみの人々と会う約束をしていたし、酔った勢いなのか、僕の予定を聞くと、ジェラルドも「行きたい」と即答した。

 そもそも、ジェラルドはストレートな人々が集うクラブでさえも、警戒心を露わにして、僕のシャツの後ろを握り締めていることが大半だった。

 そして帰るまでひたすら、ソファに座って飲み続けている。

 そんなに恐いのなら、ついて来なきゃいいのに、と僕はいつも思っていたが、ジェラルドは決まって「社会勉強」と堅い表情で言うのだった。


 ファイナル・ステーションでは、ボックス席の一つを陣取って、キムやその愉快な仲間達が野太くも黄色い声を上げてはしゃいでいた。

 いつも以上に、みんな派手だった。

 原色のドレスが眩しすぎる、と僕は華やかというより、毒々しいキム達の姿を苦笑いして眺めていた。


「ハッピー・ニュー・イヤー!」

 と、周りの喧騒に負けないような大声でキムが言い、毒キノコのような人達が僕らに群がって歓迎してくれた。

「ナオキのボーイフレンドね!」

 とキムは言い、僕が否定する間もなく、また会えて嬉しいわ、とジェラルドに抱きついた。

 幸い、ジェラルドは怯えて僕のところへすっ飛んでくる様子もなく、ものすごく感じの良い笑みを返してキム達と和やかに談笑している。

 意外だ。

 

 僕はジェラルドの隣に座り、クアーズライトと水を交互に飲み続けた。

 その日は何故か、僕は取りとめのない会話に混ざり続け、フロアへ遊びに行くことはなかった。

「遠慮しないで行きなよ。ここなら僕は大丈夫だから」

 とジェラルドは僕に踊りに行くように勧め、キムも「そうよ、行きましょう」と誘ってくれた。


「ありがとう。でも、今日はいいんだ。実際、働きすぎて疲れた」

「僕はナオキが踊っているのを見るのは、すごく楽しいんだけど」

 酔った瞳を何度も瞬きさせながら、ジェラルドがふんわりと言った。

 僕はもう一度ありがとうと言い「また今度ね」と、大げさに疲れたと言ってソファに仰向けに寝転がった。

 襲うわよ、とキムがおどけて僕に言い、僕は投げやりに「どうぞ。マグロになるよ。日本ではマグロって言うんだ」と返しておいた。


 五時を過ぎ、クラブは閉店時間となった。

 僕達は駐車場でキム達にさよならを言い、キムは別れ間際に強烈なキスを僕の唇に残していった。

 笑いながらキム達に手を振りつつ、ジェラルドは「口紅の跡が痛ましい」とぼそりと呟いた。

 僕は焦りながらバックミラーで口元を確認し、べっとりと付着したピンク色の口紅を手で拭った。

「まだ付いてる」

 とジェラルドがティッシュで残りを拭き取ってくれたが、窓を開けると、それを丸めて勢いよく放り投げた。 


 ジェラルドらしくない反社会的な行動に、僕は何か心に引っかかるものを感じつつ、そこには触れずに黙って車を出した。

 行きに比べると、道路は空いていた。

 僕はフリーウェイをひた走り、ジェラルドをアパートまで送っていった。

 その間、彼は無言で外を眺めていた。

 行きはあんなに機嫌がよかったのに、帰りはいつもどおりの無愛想なジェラルドに戻っている。

 あまり気にしてはいけない、これがいつもの彼だ、と僕は落ち着かないながらもハンドルを握っていた。


 アパートに到着すると、ハッピーニューイヤーと僕は最後に言い、普通に笑いかけたつもりだった。

 けれどジェラルドは、更に気難しい顔をしてフロントガラスを見つめ続けていた。

 怒っているのは、誰の目にもわかる。

 何故怒っているのか、僕にはまるで理解出来なかったが、ドアに手をかけながらジェラルドは不機嫌な声で言った。


「ナオキは、どうしたいの。僕は君がよくわからなくなった」

「意味がわからない」

 僕は戸惑いながらも、ジェラルドの機嫌の悪い理由はそこにあるのだろうか、と推測しつつ、若干余裕のある素振りを見せる。

「僕もわからない」

 ジェラルドは怒った顔で、僕をじっと見つめていた。その目も、酔っ払いそのものの血走り具合だった。


「今日は楽しかった、でも、君がわからない。理解しようとすると、理解に苦しむ」

 彼の言わんとしていることを理解できないのは、こちらも同じだ。

「もしかして、ゲイクラブが嫌だったとか」

「そうじゃない。楽しかった」

 楽しさを微塵にも感じさせない声でジェラルドは言い、ぼくは聞こえないように静かにため息をついた。


「もしかして、俺がゲイになったと思ってるの」

「君が選んだ道なら、それでもいいと思う」

 じゃあ何故、と僕は真剣に頭を悩ませ、一向に立ち去る気配のないジェラルドを、浮かない顔で見つめていた。


「少し面白くなかった」

 僕は何て?と聞き返すが、ジェラルドは相変わらずぶすけた顔をしている。

「キムと話す時と、僕と話す時とは、何か違うから」

「そりゃそうだ。キムは女の子だからね、一応。そういうことにしておこう」

「じゃああの人は恋愛対象ってことなのかな」

 No way、と僕はしかめ面になり、いつの間にか僕まで不機嫌になってしまっていた。

  

「友達なんだよ。一緒にいて、楽なんだ。それでは、駄目かな」

 ジェラルドは、僕の寂しさをわかってくれていると思っていた。けれどそれは、どうやら僕の勝手な思い込みだったらしい。

「僕は偏屈で、一緒にいて気疲れするけれど?」

「もしかして、まだ酔ってるの」

 酔っていない、とジェラルドは言い張るが、明らかに酒が抜けている気配はなかった。

 

 どうやら僕は、単に酔って絡まれているだけのようだ、と疲れた頭で無理やり結論を出し、「彼女待ってるよ」と言った。

 うん、と鷹揚にジェラルドはうなずき、「じゃあね、ハッピー・ニューイヤー」と言って 僕の首に手を回した。

 ただの酔っ払いだったか、と僕は安堵しつつ、ジェラルドの背中をぽんぽんと叩いた。


 それにしても、何が彼の気に障ったのか、と僕は彼の背中を叩きつつ、考える。

 キムと仲良くしていたのが面白くなかった、という意味なのだろうか。

 裏を返せば、ジェラルドが僕と深い繋がりを求めているということなのだろうか、と僕は単純に嬉しくなって、先程までのぎくしゃくした会話は、どうでもよくなっていた。

 

 けれどそんな気持ちも、ジェラルドのうつろな目と合った途端に、何処かへ消え去ってしまっていた。

 何故、そんな顔して、僕を見ているのだろう。

 僕は、ジェラルドの陶器のような肌の中でほんのりと赤みを帯びている、柔らかそうな唇にいつの間にか触れてしまっていた。

 僕の唇で。




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