「彼はいつだって笑っていた」
「あのさ……」
昼休み、弁当を早く食べ終えた俺は、友人の拓海と校庭でバスケをしていた。
バスケと言ってもフリースローを先に5本決めた方が負けた方にジュースを奢ってもらうという遊びのバスケだ。
拓海が声をかけたのは、拓海が2本、俺が4本シュートを決めて残りの1本を決めようとしていた時だった。
「なに? プレッシャーかけようたって、そうはいかねえぞ」
「ちがうって。そうじゃなくってさ、あれだって」
「なんだよハッキリしないな……」
言葉を濁す拓海を放っておいて、俺はシュートを打った。
回転のかかったボールがゆっくりと弧を描いてゴールへと吸い込まれていく。
これは入ったなと心の中でこっそりと勝利の確信を抱いた。予想どおりボールはゴールに入り、かかった回転によって俺の所へ戻ってきた。
「これで俺の勝ちだな」
ドリブルをしながら拓海の横に行く。
「……ん? ああ、悪い。見てなかった」
自分が負けたことを気にもしないで拓海は惚けていた。
どうにも様子がおかしい。いつもなら、負けたことを悔しがってリベンジなどとと言って、そのまま1on1をするのに。
よく見ると、さっきから拓海はなんだか落ち着きがなかった。視線をさまよわせ、頭を抱えたり、身悶えたりしている。
「どうした。なんかあったのか?」
まず間違いなく何かあったのだろうが憶測に過ぎないので一応確認してみる。
俺の言葉を聞いた拓海は待っていたと言わんばかりに顔を近づけてきた。よほど興奮してるのだろう。
それほどまでに拓海が気にすることに、次第と俺も興味が湧いてきた。
「実は……さ。昨日立花から返事もらったんだ」
ああ、なるほどとうれしそうに話す拓海の言葉を聞いて俺は納得する。
立花さんというのは拓海と俺のクラスメイトの女の子。大人しい性格で普段はあまり目立たないけれど、行事になると率先して行動をとり、みんなを引っ張っていく。そんな子だ。
拓海は数ヶ月前にあった文化祭で懸命に作業をする彼女を見て好きになってしまった。去年同じクラスで連絡用にアドレスを聞かれていた俺にアドレスを聞いて、他愛ないメールから始めて、地道に仲を深めていった。
特にここ1ヶ月は拓海と立花さんの二人で一緒に帰ることが何度かあり、そろそろくっつくんじゃないかなんて思っていたところだ。
まあ、案の定くっついたわけだったが……。
そして三日前、遂に拓海は告白をした。その日は告白をした後にずっと振られたらどうしようと俺に言ってきた。
大丈夫だと説得してもまるで聞かない。酔っぱらいより質が悪いなどと思ったりもした。
だけど、カップルになったならよかった。拓海ならそう思える。
「よかったな。念願叶って立花さんが彼女だぜ。ホント羨ましいよ」
「ありがとな。これも司が相談に乗ってくれたりしたおかげだよ」
「……たく。調子のいいこといってんじゃねえよ。一人だけ彼女作りやがって」
「……へへへ」
ちょっとした皮肉も今の拓海にとっては自分が照れる材料の一つでしかないようだった。
帰り道、久しぶりに拓海と一緒に学校から帰る。今日は立花さんの用事があったためだ。
途中のコンビニで今日のバスケの賭けの景品のジュースを拓海に買わせた。拓海も自分の分の飲み物を買う。拓海が買ったのはペットボトルのミルクティーで俺は紙パックのフルーツジュースだった。
コンビニを出て、俺はすぐにジュースを飲んだ。甘く濃厚なフルーツの味が口の中に広がる。そのまま一気に飲み干し、ゴミ箱の中に空になった紙パックを捨てた。
「フルーツジュース一気飲みって……」
「まあ、無性に甘いものが飲みたくてさ」
拓海はまだ半分も飲んでいないミルクティーを片手に持ち、再び二人で帰路を歩き始める。二人で授業中にあった教師の面白い話をしたり、拓海の口から自然とこぼれるノロケ話に適当に返事をしたりした。
やがて別れ道に着いた。
「それじゃあ、また明日」
「ああ。じゃあな」
別れの挨拶を互いにしてそれぞれの家に向かう。
拓海と別れてから数分後俺はポケットから携帯電話を取り出し電話帳を開いた。そして、ある人物の電話番号を入力して電話をかけた。
『もしもし……』
『あっ! もしもし、立花さん?』
『司くんですか。どうしたんですか?』
電話の相手、拓海の彼女の立花さんは突然の電話に少し驚いていた。
『拓海から聞いたよ。付き合うんだってね。おめでとう』
『あ、ありがとうございます。司くんにはお世話になりました。拓海くんの相談に乗ってもらったりして』
『別にいいって。無事二人が付き合うことになったわけだし』
『今度お礼でもって考えてたんですけど……』
『ああ、それならもうもらったからいいよ』
『もらったって、わたし司くんに何かあげましたっけ?』
『いやいや、こっちの話し。まあ、それが言いたかっただけだから』
『そうですか、わざわざありがとうございます』
『うん、それじゃあね』
そう言って俺は立花さんとの通話を終了した。
携帯電話をポケットにしまい、空を見上げる。赤褐色に染まった夕日が沈みはじめていた。それを見た瞬間胸の奥底に溜まっていた感情がこみあがってきた。
「あ~あ! ふられちまった! まあ、告白したわけじゃないんだけどさ……」
涙が頬を伝い、視界が滲む。流れ出る涙を服の裾で拭いた。
拓海が立花さんに恋をした時と同じ時、俺も同じく恋をした。去年一緒のクラスだった時からいいなとは思っていたが、恋とまではいかなかった。
だけど拓海が立花さんのアドレスを聞いた時、俺も彼女のことが好きなんだって気がついた。
拓海にこのことを言おうか迷っていた頃、立花さんからメールが来た。正直叫ぶくらい嬉しかった。
けど、メールの内容は、
『司くんって柴田くんと仲よかったですよね? よかったら相談に乗ってもらえませんか?』
俺のこととは関係ないものだった。
これを見た俺は思った。裏方に回ろう。それで、この二人をくっつけようって……。
そしてようやく二人は恋人になった。
そのことによって俺もようやく振られたということを受け止めることができた。
きっと心のどこかでは、もしかしてまだほんの少しでもチャンスがあるかもなんて思ってたに違いない。
でも、そんなことはあり得ない。だって二人を俺は全力で応援したんだから……。だから、チャンスがないのは当然だ。
流れていた涙がようやく止まった。今の顔を鏡で見たら、きっとひどい顔をしてるだろう。目は充血し、目蓋は腫れて顔は涙でくしゃくしゃなはず。
しっかりしよう。明日二人に会った時に泣いたことを指摘されないように。また、毎日を笑って過ごせるように。
いつかまた新しい恋と出会えることを願って……。
It was the one that everyone met. And, he will meet it again some time.(それは誰もが出会うものだった。そしていつか彼は再びそれに出会うだろう。)
この作品は人知れず失恋する少年を描きました。現実でも実際にこんなことがあるのでは? と想像しながら書いていました。
仲のいい友人と同じ相手を好きになりながらも、相手の気持ちを知り身を引く少年。涙を流してくやしさが身に染みながらも、前に進む。いつか再び訪れる恋を待ちながらといった感じです。
この主人公はかなりいい子なので書いていて次の恋があるのなら成就してほしいなと思ってしまいました。