葛藤
私のことを理解してくれる娘に会ってからは
「死にたい」と思うことも少なくなってきた。
けれど、話が出来ないことには変わりは無く、理解してくれているといっても
なんとなくであって、細かくはわかるはずもない。
それでも他の人と同じように話しかけてもらえる・・・それだけでも嬉しかった。
何もかもあきらめていた以前に比べると少しは前向きなことも考えられるようになってきた。
というよりも・・・
人間らしい感情が戻ってきた! その一つが「恥ずかしい」だ。
目を覚ましてからずっとオムツをあてられ、定期的に交換してもらう。
どうでもよかったので気にもならなかったが、
いつも優しいあの娘にオムツを変えられるのは、なんとも恥ずかしい。
向こうからしてみれば「おじいちゃん」なんだろうが、
中身はアラフォーなんだ。
気にしてみるとトイレに行きたい気持ちはある。感覚は衰えていないみたいだ。
身体も半分は動く。もう半分もリハビリのおかげ(強制的にやらされていたが役に立つもんだ)で
少しは動くようになってきた。
一人で行けるんじゃないか?そんな感情が芽生えると、暇があるせいで我慢が出来なくなってきた。
まずはベッドの端に座る。思ったよりも簡単に出来た!(少しふらつくが仕方ない)
次に車椅子に!!?
なんと・・・
車椅子がベッドから離れておいてある?!そうか、いつも手伝ってもらっているから
邪魔にならないところにおいてあるのか。気が付かなかった。
あそこまで歩けるかな?
立ち上がってあしを一歩出した所で右側にバランスを崩した!!
「ドダン!」
右側に倒れては無抵抗に床に叩きつけられてしまった。
音を聞きつけスタッフが駆け寄る!!
「どうしたの?大丈夫?何しているの?動こうとしたの?」
質問づけだ!
応えたいけど話せない!(私はトイレに行こうと思って・・・)
トイレを指差すも伝わらなかった。(やはりあの娘じゃあないとダメか・・・)
次の日、朝一であの娘がやってきた!
「もー。心配するでしょ!たいした怪我が無かったのは幸いですよ」
「で。何しようとしたんですか?どこかに行こうとしたの?それともただの運動?」
「まさか~。怖い夢見たなんて?」
いつもと変わらない笑顔で話しかけてくれた。
何とか伝えようと、昨日と同じように必死でトイレを指差した!!
「あー!トイレに行こうとしたの?」
!!!一発だ!一発で通じた! 激しく頷く!!
「そうねー行けなくは無いよね~。よし!今日からオムツ止めちゃいますか!」
「その代わり!一人では行かないで下さい!!約束ですよっ!必ず誰か呼んでくださいね」
結局はオムツがパンツに変わり。トイレにも行けるようにはなったが、手伝ってもらうことは
変わらずお尻も拭いてもらう始末だ。
情けない気持ちもあったが、トイレで初めて用を足したときにはある種の達成感があった。
なんだか固く閉じていた「未来へのドア」が少し緩んだ気がした。
私は少しずつだが回復していった。ご飯も刻んではいるが普通のものが食べられるようになり・・・
(一度アンパンに喜び、あわてて食べ喉に詰まらせ、パン禁止になってはいるが・・・)
お風呂も寝たきり用の浴槽から座ったまま入れる浴槽になった
(見た目はまるで巨大洗濯機のようで初めは怖かった)
そんなある日、しばらく顔を出さなかった娘が来た。
「お父さん・・・ごめんなさい・・・」泣いている。
どうしたんだ?いきなり!
私が困り果てていると、部屋の前をあの娘がニコニコしながら通り過ぎた。
(とにかく説明しなさい!何かあったのか?)
娘の肩を叩くと、
「あの職員さんと色んな話をしてきたの・・・」
「おとうさんの今の状態や病気の症状。後遺症や対応まで親切に教えてくれたの」
「まさか私たちの言っている事が解っていたなんて夢にも思わなくて・・・ごめんなさい」
「いままで酷いこと言ったよね。」
あのニコニコはこのことか!そうか、説明してくれたのか!
娘にも私の常態は理解してもらい格段に私の生活は華やかになってきた。
元気になってくると「あのこと」が気になってくる。
そう・・・あの事故から消えた私の数十年のことが・・・