転院
自分のみに起こっている事が理解できないまま・・・
リハビリ、食事、オムツ交換、縛られながら入眠という生活を繰り返し
3ヶ月が過ぎた。
もう「何が?」などどうでもよくなってしまった。
毎日思うことは「死にたい。死にたい」
自殺?
そんな事はできやしない!
自由にならない身体。舌を噛み切ろうにも歯が無くては舌が痛いだけだ。
死ぬ事もできない。自由もない。話も出来ない。
もう、ほとんどの人は必要な事しか話しかけてくれない。
そんな時。娘がやって来て・・・
「お父さん。退院が決まったよ~。」
「まだ家には帰れないけど、病院じゃないから今よりはいろんなことが出来る様になるよ。きっと」
娘の説明では、病院が経営している老人ホームに転院するらしい。
・・・何処でも同じだ・・・
おれはもう何の価値も無いんだから。
好きにしてくれればいい。
・・・早く死にたい。
(転院の日)
その老人ホームは病院の隣の敷地にあった。
今までに見たことのない看護士の笑顔に送られ車椅子でとなりまで行く。
丁度見ごろの桜が少しだけ心穏やかにさせてくれた。
老人ホームでは何度かあった事のあるケアマネージャーと、厳つい顔の看護士らしきおばちゃん。
施設長なのかスーツ姿の温厚そうな男性と、
ぽっちゃりとした若い女の子が玄関で待っていた。
玄関に着くと・・・
ぽっちゃりした女の子が
「はじめまして佐藤さん。私が担当させて頂く飯田と申します。」
「宜しくお願いしますね♪」
なんとも屈託の無い笑顔だ。いい子なんだろうな。
けど、すぐに何も話せない私には話しかけてくれなくなるのだろう・・・
館内を案内され。自分の病室(ここではお部屋というらしい)へ行く。
4人部屋で確かに病院よりも広く「お部屋」らしい感じはある。
ベッドに横にされ、私は縛りやすいように手を柵に近づけた・・・
「縛りませんよ♪」
「ここでは縛ったりしません。その代わり殴ったりしちゃ嫌ですよ♪」
驚いた!!
縛らない事にじゃあない!
何故解ったんだ?私が縛りやすいようにした事が。何故普通に話しかけてくれるんだ?
病院からデータは行っているだろう。
「あー。佐藤さん。驚いています?ビックリしているでしょ!」
「私にはお見通しですよ~。なんせ超能力者ですから。わ、た、し。ふふっ!」
超能力??
「うそで~す。」
「本当は!私は失語症のプロなんです!」
「この部屋にいる方たちは皆私の担当なんですけど、症状に違いはあれ皆さん失語症です。」
「なので私はお話してくれなくても大体のことはわかります。けっこうはずれる事もありますけどね」
「あと、佐藤さんも私が話していることは全部とはいかなくても理解してくれていますよね!」
「まあ、これは悪口になっちゃいますけど・・・病院の人はダメでしょ!
イマイチ解ってないんですよね~。頭いいくせにバカですね♪」
「私はバカだけど天才ですから~」
「あっ!今行った事はナイショ!ですよ。」
私は笑った。声に出して!
いつ振りだろうか?何も考えずに笑ったのは。
自分がしゃべれない事も忘れて。自分の今の年齢もおかれた境遇さえも忘れて。
「佐藤さん!笑い顔イケテマスヨ!。じゃあお昼ご飯の時にまた来ますね~。
早く私の顔を覚えてくださいね。名前は覚えなくてもかまいませんから」
まるでスキップでもしているかのように歩く娘だ。
私にとっては天使に見えた。
確か名前は・・・?
出てこない?何だったかな~。(名前は覚えなくてもかまいません)
名前が思い出せないことも解っているのか?
まいった!
彼女は超能力者だ!
お昼ごはんが楽しみだ。何を話そうか?
いや。何を話してくれるのか?
私の中で「死」が小さくなっていく事にも気が付かずに・・・
たぶん笑っているのだろう。