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2、廃園

 祖母の葬儀は三日後に定められた。


 葬儀の告知はすでに出しているが、遠方から駆け付ける人もいないわけではない。ストラスシャーに到着する長距離列車は一日一便しかない。遠方からの参列者の都合を考えると、明日いきなり、というわけにもいかないからだ。


 わたしは夕食までのわずかな時間、懐かしい庭を散歩して歩いた。

 幾何学庭園の中を突っ切り、噴水の脇を通って散歩道(プロムナード)を行けば、壁に囲まれた薔薇園(ローズ・ガーデン)に出る。今はもう、薔薇の季節は終わっているけれど――。


 幼い日に毎日のように通った小道を進んで、しかし、懐かしさにときめいていたわたしの胸は、何とも言えない不安に塗りつぶされていく。


 かつて、一部の隙もなく管理されていた庭は妙に寂れ、樹々は剪定(せんてい)もロクにされずに伸び放題に伸びている。雑草がはびこり、何も植えられていないかに見える花壇が続く。


 ――これでは、まるで廃園のよう。


 わたしが眉を顰めた時、薔薇園へと続くはずの垣根のアーチが、有刺鉄線で閉ざされているのを見て、息を飲む。


「なにこれ……」


 茫然と立ち尽くしていると、突然、背後から声をかけられた。


「その先は行けないよ。……今、売りに出してる」


 ハッとして振り向けば、ひょろっとした背の高い男が咥え煙草で立っていた。帽子もかぶらず、タイは半ば緩んで、上着も微妙に着崩して、伊達男を気取って失敗した感じの。


「久しぶり、エルシー。ようやく、俺と結婚する気になって帰ってきたか」

「……ダグラス……」


 わたしと祖母がこの城を出る原因になった男だ。


「三年ぶりだな? あの頃より、今はさらに綺麗になった。昔の、何も知らない固い蕾のような雰囲気もよかったが、ずいぶん、色っぽくなったな。もしかして、男を知ったか」

「何の話?」


 下衆(ゲス)の勘繰りに、わたしがムッとして睨みつけると、ダグラスはおかしそうに肩を竦める。


「ガンコ婆さんもようやく死んだか。……大人しく俺との結婚を承知しておけば、お前も無駄な苦労をしなくてすんだのに。もうわかっただろう? 王都でなんて、お前は暮らせない。お前は田舎の、薔薇の花だからな」

「お生憎様、それなりに楽しくやってきたわ。余計なお世話です」


 ダグラスはわたしの服装を上から下までじっと見る。


「……ふーん。やっぱり、男か。ずいぶんと、金回りのいいのを捕まえたらしいな。でも、結婚はしてない。つまり、愛人か?」

「下世話な想像はやめて」

「……もしかして、あのマクガーニ中将か? そうでもなきゃ、婆さんの葬式のために、わざわざこんな田舎までこないよな?」

「ふざけないで!」 


 ダグラスは右手で煙草を挟んで、ぷはーと煙を吐く。煙草の匂いにわたしが眉間に皺を寄せる。


 でも、それよりも気になることがあった。


「どういうことなの? 売るって? この庭を?」

「だって、こんな無駄に広い庭、どうしようもないだろう。その奥は数年間、ほったらかしの庭園と果樹園しかない。……世話をしていた庭師の爺さんがくたばって、代わりの庭師を補充する金もないし、戦争で庭師も手が足りない。税金はガバガバかかるし、親父はおかしな投資話に引っかかって大損するし……借金を抱えて、庭の一部を切り売りする以外になくなっちまった」

「……サム爺、亡くなったの……」


 わたしが鉄条網の向こうの荒れ果てた庭に目を遣る。

 あの庭を守った人はもう、いなくなってしまった。――わたしの大切な薔薇園も……。


 しばし茫然と立ち尽くしていると、不意に腕を引っ張られて、わたしは悲鳴を上げた。


「きゃあ!」

「ああ、エルシー……本当に帰ってきたんだな……」


 ダグラスの、ギラギラした茶色い瞳に至近距離で見つめられて、わたしは恐怖と嫌悪感で身を竦める。


「やめて、触らないで!」


 わたしはダグラスの手を振り払い、その場から逃げ出した。


「なあ、エルシー! 俺と結婚するなら売らずにおいてやってもいいぞ!」


 背後からダグラスの声が追いかけてきたが、わたしは無視して走った。




 着換えて正餐室(ダイニング・ルーム)に降りた時には、時刻ギリギリだった。マクガーニ閣下もサイラス夫妻も、もう席に着いていた。それから、ジェーンおば様の姪の、ヴィクトリア。相変わらず派手な赤毛で、それに合わせたのか、鮮やかなオレンジ色のドレスを着ている。――二十歳を過ぎてもまだ、嫁にも行かず、当然、ダグラスとも結婚していないと聞き、わたしは嫌な予感しかしなかったけれど、とりあえず目礼はしておく。


「すみません。……つい、懐かしくて庭を見ていたので……」


 葬儀の打ち合わせも兼ねていたので、夕食には教区の牧師様をも城に招いていた。わたしは、弟の葬儀でも世話になった彼に挨拶をする。


「エルシー……ずいぶん綺麗になって! 見違えたよ」

「牧師様、お久しぶりです」

「おばあ様は残念だったね」

「ええ……ずっと入院していましたが、急に悪くなって……」


 わたしは最後の一人ではなくて、わたしの後からダグラスが咥え煙草でやってきた。


「ダグ! 遅かったじゃないの!」


 ヴィクトリアが立ちあがり、赤い髪を靡かせてダグラスに走り寄り、首筋に抱き着いた。そして牽制するようにわたしを見る。


「ああ、悪い、ちょっと散歩してて……何しろ懐かしい人に会ったからね」


 ダグラスがニヤリと、意味ありげにわたしに笑いかけ、ヴィクトリアがわたしを睨みつける。


「……エルシーと一緒にいたの?」

「ちょっとね」

「偶然、すれ違っただけでしょう。誤解を招く言い方はよしてくださる?」


 逢引きしていたかのような言われように、わたしがムッとして否定する。しかし、ヴィクトリアは嫉妬心剥き出しにしてわたしを威嚇するように睨んでくる。……本当に不愉快。そんなにその男が好きなら、とっとと結婚すればいいのに。


「まあまあ、ヴィクトリア、お行儀悪いわよ?」


 まだダグラスの首に縋りついたままのヴィクトリアを、ジェーンおば様が窘めるが、本気でやめさせる気があるとは思えない。……こういう不作法さを、祖母はとても嫌った。この家族と一緒に暮らすのは、きっと無理だっただろう。


 食事が始まり、わたしと牧師様、サイラス、そしてマクガーニ閣下で葬儀について打ち合わせる。


「――さきほど電報が届いてね。アルバート殿下の方からも、代理人を葬儀に寄越すそうだ。列車は一日一便なので、明日の午後に着く。この町にはたいしたホテルもなさそうだし、こちらの館に泊めてもらうことは可能かな。……いや、男性二人だそうだから、たいした世話も必要ないとは思うが」

「アルバート殿下……というと、第三王子の?! ……そんな方が、なぜ、ウルスラ夫人の葬儀に?」


 サイラスがギョッとしてマクガーニ閣下に尋ねれば、閣下は何でもないことのように言った。


「公(おおやけ)にはされていなかったが、先代伯爵のマックス・アシュバートン中佐はアルバート殿下の護衛でした。マックスはあの時、殿下のお命を守る形で死んだ。殿下はマックスの代襲相続の勅許が下りていないことに非常に驚かれて、当時の事情の再調査を命じられた」

 

 その言葉に、サイラスがガチャンとフォークを取り落とした。


「……な、それは……もしかして、調査の結果によっては、爵位が取り上げられることも……?」


 サイラスの懸念に、マクガーニ閣下は冷静に言った。


「いや、明らかな犯罪が関わっていなければ、相続関係は遡及されない。よほどのことがなければ、一度、決定された相続が覆ることはない。……だが、アルバート殿下としては、マックスの娘と母親には相応の補償をしたいと考えておられて、その矢先のウルスラ夫人の死だったので。それゆえに、代理人を派遣されるのでしょう」

「そういうことでしたか……」


 サイラスが慌ててハンカチで汗を拭きつつ言う。


「なんだ、アルバート殿下ご本人が来るわけじゃないの」


 ヴィクトリアの不遜な発言に、思わずわたしは咽てしまった。

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