52、割れる世論
結婚を強行したアルバート王子に対し、世論は二つに割れた。
王宮の舞踏会で婚約破棄を宣言した王子への批判と、そこまで追い詰めたレコンフィールド公爵への批判と。
恩人の娘と真実の愛を貫こうとする王子への応援と、周囲に望まれた婚約者であったステファニー嬢への同情と。
国王エドワード陛下は、アルバート王子の妃として、わたし、エルスペス・アシュバートンを認め、妃殿下の称号、およびアルバート王子をオーランド公爵に叙任し、わたしにオーランド公爵夫人の称号を許す勅書を下した。
だが、議会は国王の勅書と、アルバート王子とレコンフィールド公爵令嬢との、婚約破棄を認める決議を、僅差で否決した。その上で、第三王子アルバート殿下と、リンドホルム伯爵令嬢エルスペス・アシュバートンの証人喚問を行うと決定した。
国王の詔勅と議会の承認の関係は極めて複雑だ。称号には本来、議会の承認は必要ない。だが、王族であるアルバート殿下の結婚には議会の承認が必要だと、国法で決まっている。つまり議会の承認を得て初めて、わたしとアルバート殿下の結婚が正式に認められるのであり、そうなってようやく、妃殿下の称号で呼ばれることになる。
だがその一方で、殿下がビルツホルンの大使館で提出した結婚証書は、すでに王都で受理されてしまっている。婚姻証書が受理されれば結婚は成立する。これもまた、我が国の法で定められている。
……要するに、法律の大きな矛盾が発生してしまっているのだ。
この矛盾を解消する方法は二つ。すでに国王の裁可も下りた今、議会がわたしたちの結婚を承認すればよい。あるいは、わたしたちが婚姻の解消を届け出るか。だがそれくらいなら、殿下はとっととこの国を捨てるだろう。
国王の裁可もおり、さらに法的にも届け出、受理された結婚を承認しない議会にも、批判は向けられている。
『やり方は強引だけれど、国王陛下が認めたものを、外野があれこれ言って承認しないのは、議会の傲慢であり、権力の濫用だ。そもそも婚約破棄だって、議会がレコンフィールド公爵の話を鵜呑みにして、まともに調べもせずに婚約を承認したせいだ。リンドホルム伯爵の継承者で、自ら領地を持っている令嬢との結婚は、王家や国にも益がある。議会は速やかに結婚を承認するべきだ』
アルバート殿下が株式のかなりの部分を所有する、高級紙の一つは、社説で大々的に結婚容認説を展開した。アルバート殿下の婚約破棄は止むにやまれぬ結果であり、殿下の命の恩人、アシュバートン中佐の忘れ形見で、リンドホルム伯爵の継承者である、レディ・エルスペスとの結婚は国益にも利し、かつ正当であると。
一方、別の高級紙――首相バーソロミュー・ウォルシンガム卿の応援紙と化している――は、王宮舞踏会のような公式な場で、公爵令嬢を婚約破棄する暴挙、さらには愛人関係にあった女性を王子妃に据えることを批判し、議会の拒否は正当な理由があると擁護する。
『我が国は法治国家だ。王族の結婚に議会の承認を必要とするのは、バーミンガム内閣時代に決定されて以来の国法である。それを無視し、勝手に婚姻届けを提出するなど、許されない。どのような事情があれ、愛人あがりの女を、未来の王妃に据えたりすれば、我が国の品位が諸外国から疑われてしまうだろう。アルバート王子は速やかに、レディ・リンドホルムとの婚姻を解消し、王子の本分に立ち返るべきだ』
大衆紙の論調は、もっとぶっちゃけているらしい。わたしは読ませてもらえない――一枚捲るとお色気系の記事が多過ぎて、とてもじゃないが見せられないというので、内容をロベルトさんがざっくり要約してくれた。
『王宮舞踏会での婚約破棄! すげぇ! カッコイイ! やるな、王子! 美人の、それも領地持ちの愛人を妃にしようだなんて、羨まし過ぎる! 四年も待ちぼうけの婚約者をあっさり捨てるなんて、マジ鬼畜! そこに痺れる憧れる!』
『捨てられた公爵令嬢ざまぁ! 戦争にも行ってねぇくせに、威張ってんじゃねーよ! マックス・アシュバートン中佐万歳! エルスペス嬢美人萌え~!』
『どん底から這い上がったエルスペスたん、すごすぎね? このまま王妃になっちゃう? おっちゃん応援しちゃうぜ!』
『王子、鬼畜すぎ。伯爵令嬢も手籠めにしたって噂じゃん。しかも公爵令嬢はポイ捨て。こんなやつが王様になるとかマジで我が国終わってない? 王太子殿下、王子誕生頑張れ!』
「……本当にそんな内容なんですか? 真面目に要約してください。嘘くさ過ぎるわ」
わたしが不満を零せば、ロベルトさんはヘラヘラ笑う。
「そもそも大衆紙を真面目に要約したら、中身無くなっちゃうよ。基本、半分はお色気記事だし、残りの半分の半分は|捏造〈ねつぞう〉とデマだから。まあ、俺の見た感じでは、七割がたは殿下の結婚容認派、三割くらいは王家に対しては何でも批判する派だから」
というわけで、オーランド邸内では「妃殿下」と呼ばれる生活に、なんとなく落ち着かない日々を送っていた。あまり外出できないわたしの無聊を慰めるために、シャーロット嬢とドロシー嬢が訪れて、熱い紅茶とメイヴィス夫人のアップル・パイを味わいつつ、あれこれ情報交換する。……ダグラスによるリンドホルム伯爵ビリー・アシュバートン卿殺害は、なんだか以外な方向に話が広がっていた。逮捕されたミセス・デイジー・フランクが、夫のフランク氏とさらには、昔の婚約者であるクリストファー・カーティス卿の殺害をも自供したからだ。
現在、ロックウィル伯爵であるカーティス家も、グレンフィリック子爵であるパーマー家も、てんやわんやであった。
「うちの親戚も頭に血が上っちゃって!」
ドロシー嬢も溜息をつく。長兄のクリスは王都の高級娼婦に入れあげて、その夫に殺された不祥事だと思っていたが、どうやらデイジーとダグラスが画策した、計画的犯行だったらしいのだ。
「ジョナサン兄様もはっきりとは、説明してくださらないので、よくわからないの。どうやら、デイジーはかなり古くからフランク氏と接点があったらしくて。わたしたちも、醜聞を広げたくなくて口を噤んだけれど、どう考えても、あのクリス兄様に、高級娼婦に入れあげる時間があったとは思えなかったのよね」
ドロシーの言葉に、ダグラスの親族のわたしはいたたまれない気持ちになる。
「……ちっぽけな欲のために人を殺すなんて……」
「クリス兄様はデイジーを愛していたと思うと、正直、辛いわ……」
カーティス大尉は、シャーロット嬢との婚約は破棄しないと、きっぱり宣言してくれたらしく、シャーロットはホッとしている。と――
リンゴ―ン!
と呼び鈴が鳴り、ヴァルタ―さんが応対に出る。入ってきたのは――。
「ひさしぶりい~、エルシーちゃん! いいえ、妃殿下ってお呼びしないとね!」
「ミス・リーン!」
カップを置いて立ち上がると、真っ赤なケープを着たミス・リーンがわたしを抱き締めた。ユールは毒々しい赤色に仰天して、するりと逃げていく。
「議会のジジイどもから呼び出されたんですってね! とびっきり素敵なのを用意したわ! これさえ着れば、枯れ果てたジジイどももイチコロよ!」
「ミス・リーン……別に、議員の方がたを悩殺しに行くわけではないので……」
ミス・リーンの持ってきたのは、最新流行のスーツ。
わたしは明後日、これを着て議会に乗り込むのだ。
翌々日、わたしと殿下は馬車で国会議事堂として使用されている、シェリンガム宮殿に乗り付けた。
殿下は昼の正装である黒のフロックコートにトップハット、ステッキ。わたしはミス・リーンがデザインした最新流行のスーツに、毛皮のついた毛織のケープ。スーツの色は深めのブルー・グレイ。しっかりとした毛織地で、左側に細かい包みボタンが並び、ややハイウエストで切り替えて、ふわりと広がった膝上丈の上着に、脹脛を覆うまっすぐなスカート。シンプルなハイ・ヒールのブーツ。ヴェールのついたトーク帽を斜めに被り、毛皮のついた小さな抱え型のハンドバッグ。
本日、わたしたちが国会に招致されているのはすでに広く報道されていて、門の前にはずらりとカメラを抱えた記者が並ぶ。ジョナサン・カーティス大尉とラルフ・シモンズ大尉が護衛として着く。
バシャ、バシャ、と幾度もフラッシュが光り、宮殿の衛兵が記者を排除しようとするが、彼らも負けない。殿下はわたしをエスコートして、悠然と赤い絨毯の上に踏み出した。
「アルバート、それからレディ・エルスペス・アシュバートン!……いや、妃殿下とお呼びするべきだが……」
前方から声を掛けられ、見れば法服を纏ったマールバラ公爵が立っていた。
「何分、頭の固い老人が多くてね」
とウインクする。
「お久しぶりです、オズワルド小父様」
「お久しぶりです、公爵閣下」
挨拶を交わし、殿下が不敵に笑った。
「何、認めさせてみせますよ、エルシーこそ我々の妃殿下だとね」




