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女将と若者


ニコラが去った店内で、立ちすくんだままぼろぼろと泣き出した男に、女将はやれやれと手ぬぐいを投げた。

ただの痴話喧嘩ではなかろう。もしそうなら、あのニコラが雄の急所を外すわけがない。


じゃじゃ馬が騎士団に入団したことは、四年前から王都の人間みなが知っている。

一見すれば儚げな天人のようなのに、やると決めた相手への容赦のなさはいっそ無慈悲だった。


街中で不埒な輩が触れようとするものなら、一発で的確に急所を蹴りつける。

これは確かにじゃじゃ馬。

その光景を見た誰もが、目を逸らしながら納得したものだ。


「……っ、俺っ、あいつに、ほんとに、ひどいことしたんです 」


「そうかい」


「憧れてたし、尊敬してたのに、たぶん、嫉妬してた。仲間だったのに、裏切った。夢のあいつは、今も呪い殺しそうな目をしてる」


懺悔ではない。溢れ出してしまった、ただの慟哭。

赦しを得たいなら、彼女を可愛がっている女将の前で言うわけはない。

さっきまで向かい合っていたくせに、この青年は涙も吐露も必死に堪えていたのだから。


「よかった。生きてた。知ってたけど、嬉しい」


死を願っても仕方ないような非道を、この男はきっと彼女にしたのだ。

同じ性別に生まれたのだから、それが何かなど女将にはすぐに察せられたが。


「青いねえ。罪ってのは、何をしたって何を言ったって、背負い続けるしかないんだよ。あの子の傷がどれくらいかなんて、外からは見えないんだから」


「そうですね、はい。そう思います。ニコラ、しゃべれなかった。それは、俺たちの、俺の、罪です」


「おや。あの子、昔はしゃべっていたのか」


女将が知るのは、戦士団に入団してからのニコラだ。

引っ越してきた日に近所の色欲な爺を蹴飛ばして、その日のうちに有名人になった。

当時から表情はほとんど動かなかったし、声を聞いたことは一度もない。


「口、強いです。めちゃくちゃ。早口なのに滑舌がよくて、もう、全然追いつかない」


「はは。そうかい、あの子が」


「周りなんか全然興味なさそうで、輪に入るより単独行動の方が得意で、でも不思議と中心にいる奴でした。まあ、本人は無自覚ですけど」


「なんか想像がつくねえ。で、そんなあの子の目に映ってみたかったわけだ。あんたたちは」


「……はい」


「青い青い。はー、若いっていいねえ」


あえてさっぱりと笑い飛ばすと、青年も苦く笑んだ。

ニコラの分とまとめて代金を手渡し、深く腰を折る。

綺麗な所作はなるほど、騎士だったのだなと素人目にもわかった。


「場所を提供してくれて、ありがとうございました。感謝します」


「今度はちゃんとご飯を食べに来なよ」


顔を上げた青年が目を丸くするから、つい声を上げて笑ってしまう。

ああ本当に、若いっていい。素直なのがさらに。


「二度と来ないなんて言わないだろ? 旦那の定食は王都一だよ」


「は……はい、ぜひ。次は師匠も誘ってみます」


「まあほら」


そろそろ夕ご飯の時間。食事処の繁忙はこれからだ。

メニュー看板を用意しながら、女将はからっと笑う。


「とりあえず名乗りな」




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