戦士団
よろしくお願いします。
『 、 !』
どうしようもない衝動を、なんと呼べばよかったのか。
ずっと、ずーっと欲しかったのだ。
無骨で、不器用で、過ぎるほど優しいこの人のことが、ずっと。
出会ったあの瞬間から。本当に、ずっと。
五、四、三。
同僚たちの野太い掛け声に合わせ、ニコラは低く腰を落とした。
腰に穿いた剣の柄が手のひらに馴染む、この感覚がとても好きだ。
二、一。
最後のカウントと同時に地を蹴ると、同僚たちがざっと道を開けた先で巨大な鳥型の魔物の爛々とした目がニコラを捉える。
駆けた勢いのまま、両手を組んで待っている男の手に片足を乗せ、引き上げとタイミングを合わせて高く飛ぶ。
「旋回するぞ! 尾に気をつけろ!」
長く長く、体長の三倍ほど伸びた尾に追いつかれる前に、ニコラは思いきりギョロ目に剣を突き立てた。
深追いはせずに柄を手放し、重力に逆らわず落下する。
待ち構えていた同僚たちの太く硬い腕に受け止められながら見上げると、怒り狂う魔物がいた。
「そりゃそう。目なんか刺されりゃ、俺でも怒る」
「だよなあ」
のんびり言いながら、ニコラが体勢を整えるより先に、同僚たちは次々と石や矢を放ち、挑発を重ねていた。
今にも突進しそうに旋回する魔物は、滅多に手の届く距離に降りてこないという特徴を持っている。
そのくせ、地上の獲物に長い嘴を突き刺す時だけ、かなりのスピードを出すのだからたちが悪い。
あまり人里には降りて来ず群れる仲間からはぐれたのか、腹を空かせて人を襲い始めたという一報が入ったため、ニコラたち『戦士団』が出動することとなった。
この国には、魔物・魔法・魔道具などに関連した事件や事象を専門とする戦士団がいる。
通常の騎士と区別するために『戦士』と呼んでいるが、国に仕えるという点では何ら変わりない。
本拠地を王宮の外れに構え、通常の騎士として入隊した後に、適性を鑑みて抜擢される。
ニコラは、騎士になって一年経った頃に異動を命じられ、今年で三年目になる。
戦士団は、団長副団長を含めて、わずか十四人。
最近、ようやくニコラに後輩ができたことからも、適性があると判断される人間は少ない。
魔物の生態に精通しており、一定以上の魔法の知識があり、また魔道具の仕組みを理解していること。
それ以上の条件は、団員たちも知らない。
ただ、入団には年齢も経験値も性別すらも問わず、騎士団からの要請に応じて出動する。
ニコラは、十四人のうち唯一の女だった。
「よーし、そろそろ下がるぞー!」
「縄矢ぁ!」
「あーい!」
ふざけたような声が飛び交うが、いつもの光景だ。
縄を括りつけた特殊な矢を、木と木の間に設置した簡易装置にセットし、男二人がかりで引く。
「よぉし!」
「いっくぜー!」
「今日はご馳走だな!」
「肉だ肉ぅ!」
縄に絡まり高度を落とした魔物に、屈強な男たちがわらわらと群がり、力づくで落とす。
わいわいとタコ殴りにしている同僚たちを眺めながら、ニコラは縄矢を射った装置と矢の点検に移った。
魔法、というものが廃れて久しい現在では、魔法を使用できる人間はいないとされている。
それでも、昔の名残りで魔力を保持したまま取り残された道具や、技術というものがある。
ニコラは先祖返りなのか、ある程度の魔力というものを持っている。
魔法という形にして使用することはできないし、万一のために体外に出ないよう封じられているが、内に秘めたまま使う分には特に制約はない。
戦士団のそれぞれが、内に有した何かしらの〝特技〟を持っているので、それが入団の理由の一つではないかと言われている。
「ニコラ、何か気になることがあったのか」
声をかけてきたのは、団長。
ニコラウス、という似た名を持つ彼とニコラを区別して、普段は『ニコ』『ラウ』と呼び分けがされている。
だというのに、この人だけは頑なにニコラの名を縮めては呼ばない。
分ける意味あるのかな、と常々思ってはいるものの、明るく快活な人間の多い戦士団だ。
たいていのことはノリと勢いで決まる。
否、という意図を込めて首を振ると、ライラックを思わせる薄菫色の瞳がじいとニコラを見つめた。
「……魔力を使っているな?」
団長の〝特技〟は、目に宿る。
本人が語らないため詳しくは知られていないが、なぜか彼にだけ見える、ということは多々ある。
あり過ぎて、これが普通だとみなが思う程度には、日常茶飯事だった。
素直に頷くと、ニコラが手にした縄矢とニコラの目を交互に眺め、なるほどと頷く。
背の高い団長に見下ろされると、なんだかひどく弱々しい存在に成り下がるようで居心地が悪い。
身動いだニコラに目だけで笑い、表面がつるりと滑らかになった矢を受け取って踵を返した。
「ニコー! おーい、ニコぉぉお!」
「こっちだ! おおーい!」
賑々しい男たちの声に呼ばれて、ニコラも団長が去った先を見やると、解体中の魔物の肉が積まれ始めていた。
若干暑苦しいし鬱陶しいが、気のいい奴らではあるのだ。これでも。
「ニコ! やっと来た! 頼むよ、旨い飯が食いたい」
「調味料は完璧だぜ! ほら、薬草も取ってきた!」
いそいそと袋の中身を見せてくる男たちの手元を眺め、こくりと頷くと大袈裟なガッツポーズが返ってくる。
焼くか焼くか焼くしかなかった戦士団での野営だが、ある程度の調理ができるニコラの入団でずいぶん様変わりした。
調味料は塩のみ、臭みも取らずに強火で炙られた肉を見た時には戦慄した。
魔物の肉は、人間には毒や灰汁の強いものも多い。戦闘でもないのに死ぬ気だろうか。
魔物の生態には成通しているくせに。
内心ぼやきながら生焼けの肉を回収し、辺りに生えていた薬草を揉み込んで毒素を薄め、湯通しして滅菌し、改めて調理したニコラは英雄のように崇められた。
それからは、遠征のたびに調理を強請られる。
乗り気でないニコラを唆そうと、同僚たちはあれこれと手を回してくるから、いつも放り出すこともできず調理する羽目になった。
「俺、ニコの〝特技〟は手だと思う! 魔法みてえに旨い飯作れるから!」
「おまえは単純だなあ。やっぱ料理は〝舌〟だろ?」
「腐った肉も気づかないおまえに言われたくねーよ!」
詮索するでも、特別視するでもない、ただ『そうである』ことを受け入れられる場所。
不本意だが、抵抗なく身を置けることが、救いでもある。不本意だが。
豪快にかぶりつく男たちを尻目に、スープをかき混ぜながらニコラはただそこにいた。




