第一章 悪役令嬢の登場
ヴェルデルト王国の王立貴族学院。
貴族の子女達が集い、礼儀・魔法・戦術を学ぶ、華やかで厳格な学園。
その中でも特に注目を集めるているのが、気高く美しい──そして誰もが恐れる『悪役令嬢』アンジェリカ・デーソル。
アンジェリカは学院の廊下で偶然ぶつかった平民の少女に、冷たい声を浴びせかける。
「フン、平民のクセに私の前で堂々と歩けるとは、度が過ぎるわね」
その声は言葉とは裏腹に澄んでいて、まるで水晶の風鈴のようだった。
けれど言葉の裏には鋭い棘が潜んでいる。
ぶつかった少女は震えながら頭を下げ、逃げるように去っていった。
「まったく……下賤の者は礼儀を知らぬわ」
アンジェリカは鼻を鳴らし、長い髪を翻してその場を歩き去っていく。
その姿はまさに『悪役令嬢』そのものだ。
物語のヒロインを陥れ、王子を奪い、最終的には追放される。
そんな運命を背負った、典型的な悪役令嬢。
だが──彼女は実は男だった。
寮の個室に戻ったアンジェリカは、重い扉を閉じると一気に肩の力を抜く。
被っていた長髪のウィッグを外し、鏡台の椅子に座った。
映るのは整った顔立ちの少年──エリオ・ノクティア・デルソル。
「今日も無事に悪役令嬢を演じきった……」
エリオは深いため息を吐く。