画料先生編
【静寂の聖域】
放課後の美術室には、誰も入ってこなかった。そこは、美術教師・画料点睛の聖域であり、同時に学校の「心臓部」だった。壁一面に並ぶ絵画は、どれもがこの世界を凌駕するような迫力を持ち、息を呑む美しさだった。それらすべてが、ひとりの龍の手によって描かれたものだった。
画料先生――彼の絵は、学校の財源のほとんどを支えている。
だが今、その画家は、目の前のキャンバスに筆を走らせることもなく、黙って王とユウを見つめていた。
「画料先生……俺、やっぱり……誰かを守るなんて、無理だったのかも」
王はその場に崩れ落ちた。
朝日ヨルの最後の言葉。
ユウの泣き声。
そして、自分の無力さ。
その声に、画料先生は少しだけ微笑んだ。昔のことを思い出していた。まだ子供だった自分に、王が絵を教えてくれた日のことを。
「まさか、君をこんな形で匿うことになるとはね…じいじ。
僕に絵を教えてくれていた頃、君が自分のことを“じいじ画伯”って呼んでいたのを、今でも覚えてるよ」
王は黙って頷いた。その目に、かすかな疲れが滲んでいた。朝日ヨルの死と、それに続く逃亡、そしてこの学校の裏に潜む闇。彼の心は限界を迎えていた。
「君には言っておかねばならないことがある。」
画料先生の声は、まるで何かを背負ったように沈んでいた。
「これは私の罪の告白だ。見て見ぬ振りをして来た私はきっと君に裁かれるべきなのだろうね」
沈黙の後画料先生はゆっくりと語った。
「応龍たちは…生徒たちは、弾丸状の兵器に変えられている。龍族の新たな力として、彼らを兵器に変えているんだ。そして朝日さんのような強力な龍を兵士として仕立て上げる。……それが、校長の真の計画だよ。」
沈黙が落ちた。
「こんなの、間違ってる。」
王の声が震えた。
「俺たちは、道具じゃない。ただ、弱いというだけで…使い捨てられるなんて…誰がそんな世界を正しいと決めた?強い力があるからって妹と引き裂かれていい?」
王は画料先生の胸ぐらを掴みかかろうとして、ぐっと拳を握りしめた。
「あんたもなんで見て見ぬ振りなんか…!そんなことのために自分の絵を財源にされてもいいのかよ!」
初めて王の目に、激しい炎が灯った。
「朝日さんのために、そして仲間のために、俺はこの学校を変える。」
「じいじ…」
画料先生は目を閉じた。あの日の小さな龍が、今、自らの意志で立ち上がろうとしている。
「もう戻れないよ。たとえ、勝ったとしても。」
「わかってる。でも、俺にはここしかない。ここが…俺の最後の居場所なんだ。どこにも居場所のなかった俺にとっての、居場所なんだ」
画料先生は、ゆっくりと立ち上がった。そして、棚の奥から古びた小さなスケッチブックを取り出して渡した。
「これは、君が昔描いてくれた花の絵だ。あのとき、私は絵を信じることにした。今度は、君の意志を信じよう。」
王はそれを胸に抱きしめた。もう迷わない。
「本当の学校を、取り戻してみせる。」
「奪われた光は、俺の手で取り返す。朝日さんの願いも、ユウちゃんの笑顔も――全部、俺がこの世界に描き直してみせる!」
そして彼は、再び戦いへと歩き出した。