朝日ヨル編
【光と命の境界線】
モグラちゃんの元に向かおうとしたその道で彼女は佇んでいた。
校舎裏の広場。
朝日ヨルは静かに立っていた。
目を伏せ、世界を暗闇に沈めて――そして、ふと見開いた瞬間、灼熱の光が全てを白に染めた。
「……近づかないで。君を倒さないといけないの」
その言葉に、王は疑問を感じる。
「優しいことで知られる朝日さんがどうして戦おうとするんだよ!」
その直後、激しい光と闇の波がぶつかる。
ヨルの力はまさに圧倒的だった。
見えないほどの白さえ凌駕する光。
見えないほどの黒さえ凌駕する闇。
そんな中で戦うことができない王は一歩も動けないうちに朝日ヨルの激しい斬撃に切り刻まれた。
光に肌を焼かれながらだけど、王は気づいていた。
――彼女の力は使うたびに、生命力を削っている。
攻撃のたびに手が緩まりそれは手心ではなく単純に彼女が疲弊していることの証だった。
だから、王はあえて攻撃を受けた。
吹き飛ばされ、血を吐き、それでも笑って見せた。
「なあ……そろそろ、朝日さんの目も……疲れてるんじゃないか?」
その言葉に、ヨルは初めて力を緩めた。
「気づいているのね、私の能力に。光と闇、相反するふたつを同時に操る。完全なる光と絶対なる闇の刃……それが“サンアンドナイトメア”。私の命と引き換えに使うの。だからと言ってあなたへの攻撃を止めることはないわ」
ならば。
王くんはその身を差し出しヨルの渾身の斬撃を受け止めた。
⸻
【ふたりの選択】
倒れた王にヨルは近づき、小声で言う。
「私に近づくためにわざと攻撃を受けたわね、王くん」
「バレてたから聞くけどなんで俺と戦うの?」
沈黙の後ヨルは語った。
「……妹が校長に人質に取られたの。応龍の中でも反抗的なあなたと引き換えにと。」
「……なら俺に預けてくれ。朝日さんの妹も、朝日さんの未来も。俺は、みんなを“敵”だと思ってない。」
沈黙のあと、ヨルは頷いた。
「……ありがとう。じゃあ……頼んだわよ、王くん。」
⸻
【あまい決断】
拘束され校長室に連れて行かれるとそこにはヨルの妹ユウがいた。
「お姉ちゃん!」
しかし本来いるはずの校長はおらず、あるじなき椅子があるだけだった。
「カチッ――」
どこかで聞こえる機械音。
銃の安全装置が外された音だった。
「甘いなお嬢ちゃん」
その瞬間強大な殺気が王を襲った。
ヨルが振り返る。
王が目を見開く。
ドス黒い邪気に身構えるとしかし刹那に感じるはずの激痛も死の苦しみもない。
ダァンッ!という銃声が響き目の前には自分に覆い被さり赤い花を散らしたように倒れてゆくヨルの姿だけ。
「“裏切り”は罪。消えるべきは光の方か、闇の方か……。
その力は学校のために使うはずだろうお嬢ちゃん。
校長はお嬢ちゃんの力をいたくお気に入りだったのになぁ。
力は秩序のためにある。自由な光は世界を乱すだけだ。と校長は仰せだ」
そこに立っていたのは小銃を携えた副校長の五頭龍。
笑みを浮かべ泣き崩れるユウを面白そうに眺めていた。
王が駆け寄ると、ヨルは微笑んでいた。
「ユウ……大丈夫、この人がきっとあなたを救ってくれるわ……。
妹を……ユウを頼むわよ……もう、わたしのあかりじゃてらせないけど……きみなら……」
虚な瞳はもう王を映してはいなかった。
伸ばされた手を掴もうとするとスルリと掴み損ねてしまった。
その瞬間、ヨルの手から霧の煙幕が立ち上る。
王はユウの手を掴むと一目散に走り出した。
ここでないどこかへ。
そうきっと彼なら。
あそこなら安全だから。
残されたヨルの妹ユウを抱えながら王は何が間違いだったのか考えた。
泣きじゃくるユウの頭を、王が優しく撫でる。
「お姉ちゃんの声がまだ耳に残っている!もう一度、呼ばれたいのに。」
「だいじょうぶ君のお姉さんは最期まで、君のために戦った。今度は俺が、君を守るよ。」
この戦いは、勝ちでも負けでもなかった。
ただ1人の、ヨルの誇りの証だった――。
王の頭の中はグルグルと同じことを繰り返していた。
だからだいじょうぶ。だいじょうぶ。
なにがまちがいだった?どこからよまれてた?なにがいけなかった?よるはなんでじぶんをかばって……。
どうして自分ではなく彼女が死んでしまったんだ?
なぜ守れなかった?
十分に警戒していたはずなのに気配さえなくて……。
その隙をつかれた。
その一瞬で全て奪われた。
許せない。こんなのが学校のやり方だなんて許せない。ただ幸せに暮らしたかった姉妹をこんな形で引き裂く学校を俺は決して認めない。