序章2
【狩りの始まり】
「本日、昼休みに体育館にて一部生徒対象の特別指導ミーティングを実施します。対象生徒には担任から個別に連絡があります」
一瞬、教室の空気が止まった気がしたが、すぐにざわめきの中に紛れていった。
「またかぁ。最近やたら多くない? あの“特別指導”ってやつ」
「前に呼ばれた白龍のやつ、次の日ちょっと変だったよな。なんか、やけに言葉選んでた」
「気のせいっしょー。成績とか問題行動とかじゃないの?」
王はその会話を聞いていた。
けれど、自分には関係ないと思って、飴玉を口に放り込む。
いつもと同じ朝。
それが、いつも通りでいられる最後の朝になることも知らずに――。
先生が名前を呼んだ生徒をまだ春の日差しが入り込む廊下に並ばせる。
何人かの生徒が教室を振り返る。
その目は、まるでガラス越しの動物を眺めるような――遠く、よそよそしい視線だった。
残されたのは王をはじめとする応龍だけ。少し静かなクラスが居心地の悪さを感じて口の中で桃味の飴玉を転がす。
クラスメイトたちはまたいつもの応龍差別か…と制服の桃色のラインを見つめてため息を吐いた。
少しした後遠くからドカドカと足音が響く。
それも大量の。
嫌な予感がして王は椅子ごと後ずさるとクラスのドアが勢いよく開かれた。
「見つけたぞ応龍!」
怒声と共に暴徒と化した生徒がなだれ込んできた。
ついさっきまで談笑していたクラスメイトが怒気をはらんで襲いかかってくる。
殴られる生徒がいた、泣き叫ぶ生徒がいた、窓から飛んで逃げ出した生徒がいた。
「薄汚い応龍め!」と突き飛ばされ現実に引き戻された王は何が起きたかも分からず必死に逃げだした。
入り口目掛けて走り出すとそこを塞ぐように黒龍の生徒が氷の刃を振りかざし、ーーその瞬間、モグラちゃんのシャベルが黒龍の背に叩きつけられた――
背後からはシャベルを持ったモグラちゃんが強張った表情で現れた。
「これで前に自分を助けてくれたことチャラね!
急ぐよ! もう体育館で命令が出たの!あんたたち応龍を“狩れ”って…」
王の手を掴むや否や窓の外に踊り出し地中に穴を掘るモグラちゃん。狂乱から逃げるように2人は穴の中を急いで進む。
外に出たらそこは2人の秘密基地・焼却炉だった。
「応龍は地上の人間と結託して穢れを運んで他の龍たちを弱らせて地上の人間に引き渡すって言ってた!そんなデタラメある?!」
「……そもそもあの放送、変だと思ってた」
「校舎裏の雑木林にとっておきの秘密基地があるの!とにかく王くんはそこに隠れてて!」
「モグラちゃん1人でどうするんだよ!制服のライン土竜の茶色の最下級の1だろ!」
そう指さされたのはこの学校の純然たる階級の証たる制服のライン。最下位級であるモグラちゃんにできる能力は少ない。
「他の応龍も狙われてるんだろ?だったら俺たちが助ければいい。」
まっすぐな瞳でモグラちゃんの瞳を見つめる王。
「なあ、モグラちゃん」
不意に、王が真面目な声で言った。
「俺、ガキの頃ずっと信じてたんだ。誰かが来てくれるって。――でも、来なかった。」
焼却炉に沈黙が落ちる。それはモグラちゃん自身も体験したことのある経験だったからだ。
それが“普通”じゃない世界に、自分たちはいた。
「だからさ、今度は俺たちが“来る側”になろうぜ。」
一瞬、モグラちゃんは王の目を見た。その中に、過去と怒りと、そして願いが混ざった光が揺れていた。
【力を借りる者】
作戦は簡単だった。
教室に戻る、以上だ。プランBもない。
逃げ遅れた応龍たちがいるはずだという外れてほしい感ほどあたる。
教室は、もう“学び舎”ではなかった。
燃えたカーテンの焦げた臭い。倒れた椅子。
泣き出す子、逃げようとする子、笑いながら暴れる子。
その渦中に王は飛び込んだ。
「逃げろ!!今のうちだ!!」
響いたのは、教室に似つかわしくない怒声。
集まる暴徒化した生徒たち。
その瞬間轟音を立てて床が崩れ去った!
土龍・モグラちゃんの地割れの能力だった。
突然のことに対処できず倒れ込む生徒たち。
その瞬間、怯えていた生徒たちが我に返る。
「王くん、何言って――」
「いいから!!今しかねぇ!」
誰かが窓を割って飛び出し、誰かが机を乗り越えて扉へ走る。
蜘蛛の子を散らすように、生徒たちは逃げ出していった。
でも。
「おいおい、そうはいかないぜ」
そこに立ちはだかる、金色の鱗が輝く少年。
七瀬ヒカリ――このクラスの学級委員長だった。
「そんな命令、誰が出した?まさかお前が“上”なのか?」
ヒカリの瞳は、鋭く、怒りと哀しみの入り混じった光を宿している。
「お前たちには贖罪のチャンスだったんだぜ?応龍ごときがよりによって穢れた地上の人間とこの平穏な学校を壊せると思うなよ!」
その瞬間、王の中で“何か”が目を覚ます。
――禁術の起動。
それは、相手の「特性」を一瞬だけ取り込み、自らのものとする禁忌。そしてその代償に寿命が削るもの。
(……お前の力、少し借りるぜ)
風冷たくが走った。
王くんは迷いを振り切った。
傷つくのはわかっていた。風の刃が肌を裂く感触。
痛みよりも先に、彼はヒカリの首筋に噛みついていた。
「……応龍喰」
心臓が一瞬、止まったように跳ねる。
血と力が一体となって体内を駆け抜け、王くんの瞳に“風”が宿る。
「これで……お前の力を借りる」
胸の奥で小さく囁く禁忌の言葉。
心臓の鼓動が早まるのを感じながらも、もう後戻りはできなかった。
「何しやがる!この龍のなり損ないが!」
その瞬間ヒカリの周囲が瞬時に轟音と共に暴風を吹き起こす。
ヒュオオオ!
だが――それを上回る速度で、王くんの手から凄まじい疾風が放たれた。
空気が切り裂かれる音とともに、風と風が激突した。
「……っ!? 同じ技……!?」
「違う。“お前の技”だよ」
王くんは一歩――それだけで間合いを詰める。
拳が、雷鳴のようにヒカリの腹を貫いた。
ドンッ!
肉が打たれる重い音。光が炸裂する。
ヒカリは黒板へと激突し、血を吐くようにその場に崩れ落ちた。
しばらく、誰も動けなかった。
ただ、王くんの低く静かな声が響いた。
「誰も、“戦いたい”なんて言ってねぇだろ。だったら逃げろよ。俺は、そういう奴の背中くらいは守ってやる」
沈黙の中、生徒のひとりが立ち上がった。
泣きながら、でもはっきりと、言った。
「ご、ごめんなさい……! やりたく、なかったの……!」
その言葉を皮切りに、数人が教室から駆け出す。
その光景を見て、王はふっと目を伏せた。
(始まったな、“狩り”が……)
もう、止まらない。
誰が味方か、誰が敵か――そんな線引きも曖昧なまま。
でも王くんは知っている。
「……ここからだ」
自分の戦いが、始まったことを。