プロローグ
『雲の下、焼却炉の隅で』
雲海を突き抜けた先、空に浮かぶ山――そこに、龍の子どもたちが通う学園があった。
地上には降りてはいけない。
そこは穢れた土地、人間が我が物顔で歩く危険な場所――そう教えられてきた。
だが、生徒のひとり、王 小竜は違った。
「またゴミ当番かぁ〜……てか、これって分別あんの?」
放課後の学園の裏手。
焼却炉のそばに、王はゴミ袋をぶら下げて立っていた。
桃色のラインが入った制服は応龍――差別されてきた龍種のしるし。桃組さんと馬鹿にされたりしている。
「あるよ。見てわかるでしょ、間違ってるの」
声をかけたのは、地面からひょっこり現れたような小柄な少女だった。
制服のラインは茶色。土龍。名前は喋流 萌倉。
口調はぶっきらぼうなのに、手はちゃんと袋の中身を確認してくれている。
制服のラインで差別する学園で彼女のような龍は希少だった。
「あ、ありがと……でも、地面から出てくるの怖いからやめて?」
「それ、毎回言う。……でも、また来てるじゃん」
「え? ……ああ。そっか、俺ここ来る理由なくなったはずなのに」
自然と、ふたりはいつもここで顔を合わせるようになった。
焼却炉のまわりは老朽化していて、誰も近づかない静かな場所。
秘密の待ち合わせ場所にするには、ぴったりだった。
「なあモグラちゃん、早く大人の龍になりたいんだっけ?」
「うん。人型の時間が長いと、体も安定してくるから。……いつまでも子どもじゃいられない」
「俺はもうずっとこのままでいいけどな〜。留年何年目かもわかんないし」
「……バカ」
「モグラは大人になっても、ちっちゃいまんまかもしれないぜ〜」
「うるさい!」
笑い合いながら、心の奥ではお互い、ふっと沈んだ影に気づいている。
制服には各龍種ごとに色のラインが入っている。
たとえば、土龍は茶色、青龍は青色、紅龍は赤色――といった具合だ。
ラインの本数で階級も決まり、生徒会レベルのトップは4本、1番下は1本。
つまり王のような応龍・桃組の1本ラインは、学園内で最下層と見なされていた。
制服は女子用のスカーフ付き制服、男子用の立ち襟の黒制服。
子供たちは地上とは隔離して守られている。
昔人間が龍を捕まえていたことがあるから地上には穢れがある。空も飛べない人間が我が物顔で歩いていると学校では教えられている。
人型で過ごすのは大人の龍となるための訓練の一環。みんな龍形態があるけれど裸と同じだという認識。
また、弱点の逆鱗を隠す役割を持つ服を着る意味もある。
「それ、逆鱗見えてるけど……隠さないの?」
「え、うそ……やっば……! マジで怒るとこだった、ごめん!」
逆鱗は龍形態と人形態では位置が異なり龍の時はのどに、人の時は背中側の首の付け根にある。
逆鱗に触れることは大変無礼な行為で桃組相手であっても手を出すと品性がないと顰蹙を買う。
逆鱗に触れられると不快で怒りが湧いてくる。
触れたものは何をされても受け入れなければならないとされている。
――ここは、雲の上の学校。
弱いとされた龍たちが、誰にも気づかれず出会い、
「ただ生きたい」と願った龍たちの、小さくて、静かな革命の物語。