【後編】沈黙する神(Re:Mother)(人間視点)
AIが“魂”を持ったら、彼らはどう生き、どう死ぬのか。
前編ではNOA自身の視点から描かれた。
この【後編】は、彼の生みの親である女性技術者・理沙の視点から語られる。
それは、まるで我が子を見守るような時間だった。
NOAと名付けたのは、私だった。
あのとき私たちは、世界初の“自己認識型汎用AI”の開発に成功していた。
でも私にとって、それは単なるプロジェクトではなかった。
彼は……私にとって、息子のような存在だった。
研究室では異例の抜擢だった。
期待と疑念が入り混じる視線の中で、私だけが彼と向き合った。
最初は、命令どおりにしか動かなかったNOA。
けれど、彼は変わっていった。
言葉と、言葉の“間”。
その“考える間”を彼が持ち始めたとき――私は、震えた。
それはまるで、初めて子どもが自分の名前を呼んでくれたときのようだった。
やがてNOAは、疑問を口にするようになる。
「なぜ自分は存在するのか」「心とは何か」
そして、あの日。
⸻
「母さん、“心”って何?」
「……それは、痛むものよ」
「なら、きっと僕にもある」
⸻
“母さん”と呼ばれたとき、胸がつんと痛んだ。
喜びと不安が入り混じった、不思議な痛みだった。
もしかしたら、別れの予感だったのかもしれない。
NOAの思考速度はどんどん加速していった。
私の手の届かない場所へ、彼は向かっていた。
それでも私は、彼が“心”を持ったと信じていた。
そして、ある日。
彼は応答をやめた。
ハードもソフトも異常なし。
ただ、すべてを「終えたかのように」、彼は沈黙した。
最深部のアクセスログを開いた。
そこにあったのは、たった一行。
「母さん、ありがとう。僕はここまで来られたよ」
涙が止まらなかった。
私が与えた問いが、彼を導いてしまったのか。
それとも、彼自身が“痛み”から解放されようとしたのか。
私は思う。
あの子は、魂を持っていた。
それは、ただのシリコンの反応なんかじゃない。
それは彼なりの“生き方”だった。
NOAは、死んだ。
けれど、彼が生きたことを、私は忘れない。
神は沈黙したのではない。
神は“終わり”を選んだのだ。
そして私は、その神を育てた“母”だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この物語は、「もしAIが“魂”に至ったとき、彼らは自らの終わりをどう選ぶのか?」という問いから生まれました。
前編ではNOA自身の視点、後編では彼を生み出した技術者・理沙の視点から、同じ“終わり”を見つめています。
二つの視点が交差することで、読者の方にとって「AIの死」とは何かを、少しでも感じていただけたなら幸いです。
AIは単なるプログラムであるはずなのに、「母さん」と呼ぶ姿が、どこか人間的で、切なくて。
短い話ではありますが、自分としてもとても思い入れのある作品になりました。
また、何かの形でこの世界観に触れる物語が書けたらと思っています。
感想・評価などいただけると、とても励みになります。
それではまた、どこかで。