08.修道院での生活 1
イベリア修道院での生活は、穏やかで規則正しいものだった。
ここ最近の波乱万丈の展開に、そろそろ限界だった私には、修道院の平穏な雰囲気はありがたかった。
とはいえ。
ここでは、身分のある客分としてではなく、一介のシスターと同じように振る舞うことが求められていた。
つまり、他のシスターと同じように、このイベリア修道院を支えるために働かなければならない。
早朝から夜が更けるまで、修道院での行動パターンは決められている。
1日に何度もある祈祷、朝の鶏の採卵、畑での仕事、清掃、食事の用意、繕い物・・・私はシスターたちに教えを請いながら必死にこなそうと努力していた。
「アナベル、ここにいたの」
聖堂の床を箒ではいていると、背後からマルタが声をかけて来た。
暗灰色の髪に茶色の瞳。
そばかすが特徴の女の子だ。
彼女の身の上話によると、元々は裕福な平民の出だが、両親に先立たれてイベリア修道院の門を叩いたそうだ。
年は私より一つ下だがテキパキとした働き者で、いつも助けてもらっている。
「ルーカスが来ているわよ」と、マルタがいたずらっぽく微笑みかける。
マルタは、私がルーカスを苦手にしているのを知っている。
「またか・・・」
「ほら、のろのろしないの。早く面会室に行きなさいよ。あなたを待っているわよ」
ぐずぐずしている私から箒を取り上げてマルタが言う。
「後は私がやっておいてあげるから、ね?」
「ありがとう、マルタ。」
マルタにお礼を言って、私は面会室に向かう。
面会室は、正面玄関の脇にある小さな部屋だ。
ここは女子修道院なので、聖職者以外の男性は面会室までしか入ってこれない。
彼は1週間に2度、私の様子を見に、面会に来る。
たわいない話をして帰る時もあれば、ローゼン王国のやヴァンベルク公国の近況を教えてくれる時もあった。
彼は私だけではなく、修道院長のマルグレーテとも頻回に面談をしているようだった。
面会室には、置き時計の他、簡素な木の机と椅子が置いてあるだけだ。
その椅子の一つに座って、ルーカスは待っていた。
・・・本当に紺色の髪って見慣れないわ。
私がぼんやり見ていると、ルーカスはふいっと目をそらした。
「調子はいかがですか」と、素っ気なくルーカスが尋ねてきた。
「まあまあというところです」
私もすっかり気を悪くして、事務的に答える。
ーーーー何でそんなに自意識過剰なのかな。
「平和にやっているわ。あなたに特に報告しなければならないようなことは何もないわよ」
「そうですか・・・私の方は、あなたに報告があるのですが」と、ルーカスが言う。
「ローゼン王国ではあなたの葬儀が執り行われたそうです。エドワード王太子も出席されました」
「・・・ふうん」
「お父君のダブリンガム伯爵は涙を流されていたとか」
「・・・」
「お父君は車椅子だったようです」
「車椅子?」
耳を疑った。あり得ない。あの頑強な父が?
「ここ最近は、病でお身体の調子がすぐれないと聞いています」
「病ですって・・・?いつから?私が追放されてから?それとも謹慎中にはもう?」
「アナベル様が謹慎されている時に、ローゼンの宮廷内で何か騒動があったようです。何名か貴族が亡くなったとも聞いています。食中毒、あるいは毒殺事件があったという噂です。こちらとしても調べているところです」
「アナベル様のお父上はご無事だったようですが、それから体調を崩されているようです」
「・・・そんなことが」
私の追放と相まって、あまりにもタイミングが良すぎるのではないだろうか。
何が起こったのかわからないが、父が苦境にあるということだけは確かだった。
車椅子だなんてーーー父はまだ40代だ。
どれだけ弱ったらそんな状態になるのだろうか。
父は私に会いたくないのではなく、会えなかったのだ。
全然知らなかった・・・と思ったところで、ふと気がつく。
執事のギョームは、私に父の状態をわざと伏せていたんだわ。
屋敷には箝口令が敷かれていたのだ。
みんな私を心配させないように、父のことには一言も触れなかったのだ。
胸がズキズキと痛む。
父に会いたいな。
私はここにこうして生きているのに。
それを父にも家の者にも伝えることができない。
何も伝えられず、ここから無事を祈ることしかできないなんてーーー。
うつむいた私に、ルーカスがためらいがちに声を掛ける。
「・・・それから、ローゼン王国の次の王太子妃候補として、マンチーニ伯爵家のライラ嬢の名が上がっています。まだ決定ではありませんが、ほぼ確実かと」
「・・・」
自分の周りに何が起こっているのか、最初はさっぱりわからなかったけれど、だんだん霧が晴れるように見えてきた。
ライラのいるマンチーニ伯爵家は近年力を伸ばしてきた新興貴族団の筆頭だ。
それに対し、私の属するダブリンガム伯爵家は何百年も王家に仕えてきた。
新興貴族の派閥と、昔ながらの名門貴族の派閥。
私たちは最後の最後に、この派閥争いに敗れたのだ。
私は王太子妃になるんだし、派閥争いなんて、お父様たちが勝手に諍い合っているだけだと思っていた。
どうぞご勝手にーーーという態度で油断していた。
なんて、なんて自分は能天気でお人好しだったんだろう。
「大丈夫ですか?」
真っ暗い気持ちになりかけたところに、ルーカスが私の顔を覗き込んでいる。
少しは気遣ってくれているらしい。
「だ、大丈夫よ。私を気遣ってくださるなんて、あなたらしくないわね」
「あなたらしくないって、どういう・・・」
ムッとした声でルーカスが言う。
「とにかく、今のところ不穏な動きはありませんが、とにかく目立たないようにお過ごしください」
面談はいつも、必ずルーカスの注意で終わる。
私はため息をついた。
「・・・わかりました」