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07.ウソ告。そして追放 7

ヴァンベルク公国は、東に〈漆黒の森〉を抱え、その他三方は山に囲まれている。

国土の多くを森林や山岳地帯が占め、狩猟が盛んな国だ。

多くの鉱山も抱え、金属資源にも恵まれているために、武器の製造も盛んだった。


一方、ローゼン王国は、港湾都市をいくつも抱え、大規模な穀倉地帯やワイン畑が広がっている。

ヴァンベルク公国とは異なり、芸術分野が有名で、農業大国としても名高い。


国の風土は、国民性にも影響すると言われる。

ヴァンベルクの国民は華美を好まず、どちらかと言えば荒々しい質実剛健とも言える気風を持っていた。

対してローゼンの国民は、きらびやかな宮廷文化に代表されるように、芸術や文化を重んじると一般的には言われている。


これは食文化の違いにもはっきりと現れていた。

ヴァンベルクが、どっしりとした黒パン、エール、狩猟で取れたジビエや塩漬け肉が料理によく出されるのに対し、ローゼンでは、白パン、ワイン、家畜の肉や海産物を使った凝った料理が好まれていた。


大公の一行は、〈漆黒の森〉で狩をしていたのだが、ヘラジカの群れを追っているうちにどんどん奥へ分け入り、ローゼンとの国境にほど近いこの場所まで来たのだという。

私が見つかったのは、奇跡のような幸運だったようだ。


「大公閣下は、1年前大公妃さまを亡くしたばかりです。不用意な色目を使いませんように」


〈漆黒の森〉から出る道中、失礼すぎる進言をしてくるのは、私の護衛についたルーカスという若手貴族だ。

大公の率いる狩の一行の中、私はこのルーカスと馬を並べて進んでいる。


大公妃が亡くなったのはお気の毒だが、最後のセリフは聞き捨てならない。


「色目?私が?使うわけないでしょ」


「だといいんですが」


軽蔑した眼差しで、ルーカスが私をちらっと見た。

ルーカスは、紺色の瞳を持っていて、同色の長い髪を太い三つ編みにしていた。

ローゼン王国には珍しい髪と瞳の色だ。

私はもの珍しくて、先ほどから、ついルーカスの方を何度も眺めてしまっていた。


「私の顔が気になりますか?」


ルーカスがバカにしたように言うので、私はため息をついた。

話しているうちに分かってきたことだが、ルーカスはかなりの堅物だった。

ヴァンベルクの貴族としてはこれが普通なのかもしれないが、ローゼンの宮廷ではきっと浮いてしまうことだろう。

そのルーカスに、私はすっかり、軽薄で男好きな要注意人物として警戒されているらしい。


「ただ、珍しい髪の色と瞳の色だと思っただけです!」


「へぇ」


ルーカスが不愉快そうにふっと顔を背けた。

まるでこれ以上自分の顔を見るなと言わんばかりだ。

流石にちょっと失礼じゃない?


私はため息をついた。

・・・私は美男子と呼び声の高いエドワード王太子の婚約者だったのよ。

あなたも別に悪くはないけど、そこまでじゃないでしょ。

こんな勘違い男とずっと一緒にいなければならないなんて。

できることなら護衛を変えてほしい。

私の立場で言えたことではないが。


ルーカスを始め、ヴァンベルク側の騎士達に、私が歓迎されていないのは明らかだった。

もともと、ローゼン王国とヴァンベルク公国は、隣国同士であるものの、それほど仲がいいというわけではない。

風土や産業も違えば、国民の気風も全く違うのだ。


ローゼン側はヴァンベルクに対し、山国で暮らす無骨な田舎者というイメージを持っている。

一方で、ヴァンベルク公国側はローゼンに対し、軽薄な宮廷文化にうつつをぬかす軟弱者という印象を持っていた。

ウソ告騒ぎで追放された私が、ヴァンベルクの騎士たちにいい感情を持たれないのは当然だった。


・・・ロクでもない軽薄女、というわけね。

そう思いたかったら思っていればいいわよ。

フンっと私は馬上で背筋を伸ばす。


別にみんなに好かれたいわけじゃないもの。


「何か問題を起こしたら、すぐにローゼンに送り返されてしまいますからね」


「起こしませんし、あなたにそんな権限ないでしょ」


何度目かのルーカスの警告に、私はすっかり疲れていた。



★★★



森を出ると、人家や畑がまばらに見えてきた。

その中に、ひときわ古びた大きな石造りの建物が見える。

柵で囲まれた中には、大きな建物の他に、宿舎のような建物や小屋、畑があり、まるで小さな村のようだった。


「あそこが、イベリア修道院です」と、ルーカスが言った。


「アナベル様には、当面、あちらに滞在していただきます」


私をこの修道院に預け、大公一行はこのまま街道を進み、城に戻るようだ。

イベリア修道院から城までは、馬の足で半日ほどらしく、ここからも、はるか丘陵の向こうに、城壁の一端を見ることができた。


最初の頃、ディートリヒは私もともにに自らの居城に連れて行こうとしたらしい。

しかし、部下たちの強い反対があって、大公家とのゆかりのあるイベリア修道院に私を預けることにしたという。

ルーカスが、決定までの詳細を聞いてもいないのに教えてくれる。


「ディートリヒ様にはお子さんがいらっしゃいません。大公妃様が亡くなって、次こそ妃にと望む方は多くいます。あなたのような方がディートリヒ様のお側にいれば余計な火種になりかねません」


「あなたのような方って、どういうこと?」


ルーカスはそれには答えず続ける。


「何か間違いが起きても困りますし」


「間違い?私は今、そういう冤罪をでっち上げられて追放されたばかりなんですけど。もうその手のゴタゴタは、たくさんなのよ!」


別にヴァンエルク大公の居城に滞在したわけではなかったが、私に向けられる偏見にはイライラする。

「居城にお連れしないのは、まあ、当然のことですよ」と、私の隣で1人頷いているルーカスにもーーー。


修道院の入り口まで来ると、別れ際に、大公が私に言った。


「何か、あなたの身の証になるものを一つ頂きたい。ローゼン王国に、あなたが亡くなったという知らせとともに届けようと思うんだが。その方があなたにとって、当面安心できるのではないかな」


「お気遣い、ありがとうございます」


私は少し考えて、左腕にはめてあった腕輪を外した。

これはエドワード王太子が、昨年、私の誕生日に送ってくれたものだ。

私と同じ髪の色のピンクサファイアが3つ、エドワードと同じ髪色の真っ黒いオニキスが3つ、交互にはめ込まれている。

裏には王家の紋章と、伯爵家の紋章が彫り込まれていた。

私の身分証明にこれ以上のものはないはずだ。


あの日、エドワード自らがはめてくれた、特別な腕輪。

「おめでとう、私のアナベル」というささやきとともにはめてくれた腕輪。

ーーー生涯、私の宝物になるはずだった腕輪。


「では、これを。二つとないものです。これなら私の実家も、エドワード王太子も私だと一発で分かるはずです」


婚約破棄を宣言したあの日の、エドワード王太子の冷たい眼差しを思い出して、私は歯を食いしばって、腕輪を差し出した。


ーーーさようなら。私のエドワード。


「よし。この腕輪をローゼンの王宮に届けさせよう。あなたは〈漆黒の森〉で亡くなったことになる。当面の間、ここでおとなしくしていた方がいい」


「ありがとうございます」


「それから護衛のルーカスだが・・・」


「ええ、ありがとうございました」


私は笑顔でお礼を言った。

修道院で暮らすのなら、護衛のルーカスも要りませんよね?という意味を込めて、私はディートリヒの顔をうかがった。

なるべくなら彼の話は過去形で終わらせたい。

本人もそれを望んでいるでしょうし。

ヴァンベルク大公は、何を勘違いしているのか、私を安心させるように微笑んだ。


「ああ。心配しなくていい。ルーカスは、修道院近くに滞在してもらう。私との連絡役でもあるから、何かあったら頼るといい」


「・・・・・・ご配慮いただき、ありがとうございます」


思わず低い声が出てしまう。


「それから、分かっていると思うが」と、大公が急に真剣な顔をして身を乗り出す。


「?」


「ここでは問題を起こさず、大人しく生活するように」と、小声で、まるで問題児に注意するように言った。


「問題?私が?もちろん起こしませんわ」


「・・・・・・」


ともかくも、ここで大公一行と私は別れることになった。

最後にヴァンベルク大公が何か言いたそうな顔をしていたのが少し気にかかったけれど。

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