04.ウソ告。そして追放 4
私は布を元に戻し、坐り直すと目をつぶった。
悲しい気持ちとともに、困惑は未だに収まらない。
確かに私は、羽目を外しすぎたた。
酔った挙句に、カードの賭けに負けてウソ告なんて、王太子の婚約者としてあるまじき行為だったと言えるだろう。
でも、少しくらい話を聞いてくれてもいいじゃない。
誰もが私の言うことに全く耳を貸さなかった。
どうして聞いてくれなかったのだろう。
せめて、せめてエドワード王太子だけでも私の話に耳を傾けてくれていたら。
いつの間にか寝入ってしまったらしく、ガタンという衝撃で目が覚めた。
馬車が急に止まったようだった。
布をあげて窓の外を見てみる。
・・・暗い。
日はすっかり落ちていた。
(よく見えないけれど、バルバラ修道院に着いたのかしら?)
「お降りください」
護衛の固い声が聞こえる。
「今降ります」
目をこすりながら、カバンを持って馬車の外に出て固まる。
「えっ」
月の薄明かりの中、周囲の景色が浮かび上がっている。
私は木々に囲まれた鬱蒼とした森の只中にいた。
足元の道も、石で舗装された街道のような道では無い。
土埃の立つ、馬車がギリギリ通れるくらいの林道のような道だ。
「・・・これはどういう・・・」
「ここにあなたを置いていくようにとのご命令です」
騎士の固い声が、暗い森に響く。
「は?」
言われた言葉を理解するのにしばらく時間がかかった。
「だ、誰が?誰がそんなことを?」
「あなたがお知りになる必要はありません」
「ここはどこなのです・・・」
喉がカラカラだ。
「それもお知りになる必要はありません」
いきなり、もう1人の騎士が無造作に、私に向かって袋を投げてよこした。
物を投げつけられるのは初めてで、袋は地面に落ち、私はよろけて尻餅をついた。
「せめてもの慈悲です。そこにパンと飲み水が入っている。では、我々はこれで」
「えっ、ちょっと、ちょっと待って!!」
起き上がって、近くにいた騎士に追いすがろうとすると、突き飛ばされて、私は再び地面に転がった。
男たちは馬に飛び乗ると、私が起き上がれないうちに、馬車とともに大急ぎで来た道を引き返して行った。
「待ってよ・・・お願い・・・」
ーーー蹄の音も、車輪の音も聞こえなくなった。
油断してはいけないって、反省したばかりなのに。
窓の外の風景をずっと見張っていればよかったのか。
「ここはどこなの?バルバラ修道院に向かっている道ではないの?」、「馬車を止めて」って言えるように。
いや、そんなこと言ったところで、止めてくれるわけがない。
ますますスピードを上げて走るのがオチだろう。
あの騎士たちは、私を森の中に捨ててくるように命じられているんだから。
途中までは確かに街道を北上して、北方のバルバラに向かっていた。
時折、布を上げて外の風景を見ていたから分かる。
進路を変えたのは、私が寝入ってしまってからだろう。
王国の北部にある森はいくつかあるが、もし、私の予想が正しければ、ここはローゼン王国の北西に広がる〈漆黒の森〉に違いない。
〈漆黒の森〉は広大で、ローゼン王国と隣国のヴァンベルク公国にまたがって広がっていた。
周縁地域ならともかく、森の深部に人家は皆無だ。
人を捨てるにはもってこいの場所だ。
ここは人間の住むところではなく、ヒグマ、バイソン、イノシシ、灰色狼などあらゆる獣が生息している。
山賊すらいないのだ。
ーーー私は、ここで死ぬことを期待されているんだ。
ーーー一体、誰が。誰が私の死を望んだの!?
痛い。
あちこち擦りむいたところが痛い。
地面に打ち付けられた背中が痛い。
でも一番痛いのは、胸だった。
心が引き裂かれるように痛かった。
つい先日まで宮廷で幸せに暮らしていたのに、まるで悪い夢でも見ているようだ。
こんな深い森の中に自分が捨てられた、という事実はどうしても受け入れ難かった。
だって、あり得ないでしょう?
風が吹くたび、葉のざわめきが大きくなる。
怖くて、動けない。
私はずっと顔を覆って立ちすくんでいた。
獣に食い殺されるのって、どれくらい痛いのかしら。
多分すぐには死ねない気がする。
ヒグマに引き裂かれるのと、灰色オオカミの群れに食いちぎられるのとでは、どっちがマシなの・・・!
ーーー誰か助けて!!お願いーーー
恐怖の真っ只中、今日一日の疲労と心労で私はそのままバタンと、顔を覆ったまま地面に伏せった。
このまま魔法のように土になって、地面と一体化できたらどんなにいいだろう・・・!