03.ウソ告。そして追放 3
私は自室の窓から、流れ行く雲をぼんやり眺めていた。
自室への謹慎が言い渡されてから2週間が経っていた。
外部とのやりとりは禁じられ、父の伯爵も会ってはくれない。
今頃、社交界では私の婚約破棄の噂でもちきりだろう。
どうしてこうなってしまったのかーーーもう今となっては何もかもが取り返しがつかないのに、私はぐるぐると際限なく考えていた。
そもそもみんな、友人だったのだろうか。
友達のふりをしていただけ?
まだ、将来の王太子妃の座をめぐる競争は終わっていなかった・・・とでもいうの?
だとしたら・・・だとしたら私はなんて愚かだったんだろう。
今まで、何もかもがうまくいっていると思っていた。
私は調子に乗りすぎていたんだわ。
「・・・こういう時にお母様がいてくれたら・・・」
母は、2年前に流行病で亡くなったばかりだ。
謹厳な父とは違い、ユーモアがあって人好きのする母は、私の最大の理解者であり、いつも保護してくれる存在だった。
「あなたの屈託のない性格が、私は大好きよ。でもそんなに簡単に人に心を許してはダメ。いつか足をすくわれますよ」
「あなたには、自然豊かな地方でのびのび生活する方が向いているのかもって思う時があるのよ。アナベル、本当はここでの生活はちょっと窮屈って感じているんじゃない?夏が来たら、また別荘に行って一緒に馬で駆け回りましょう」
「大丈夫よ。エドワード王太子は、あなたのことをよく理解してくださってます。きっと大事にしてくださるわ」
ゆっくりと形を変えながら流れていく綿雲を眺めていると、母に言われた言葉が次々と浮かんでは消えてゆく。
いつの間にか、自分でも気がつかないうちに、頰に涙が伝っていた。
「・・・お母様。私、全然周囲が見えていなかったわ。見事に足をすくわれてしまったの。あんなに注意してくださったのに」
思い出に浸っていると、コンコンコン、と控えめだがしっかりとしたドアのノック音がした。
「どうぞ」
涙を拭いて、窓枠から離れる。
身なりと髪を簡単に整えた。
扉を開けて入って来たのは、執事長のギョームだった。
「お嬢様。お支度をお願いします。本日よりここを発ち、北方のバルバラ修道院に入るようにとの伯爵様のご命令です」
「バルバラ修道院・・・聞いたことがないわ」
「王国の最北端にある修道院です。こじんまりとしたところだと聞いております」
最北端・・・小規模・・・聞いているだけで気が滅入ってくる。
修道院行きは覚悟していたけれど、これはちょっとひどいんじゃないだろうか。
もっと近場の修道院なんていくらでもあるでしょう?
けれども、今となってはどんなに私が騒いだところで、行き先の決定は覆らないと分かっている。
王室の命令なのだろうか、それとも父の方から王室に忖度した結果なのかしら・・・。
うなだれている私の手を、ギョームはやさしく手に取った。
ギョームのしわだらけの顔は無表情だったけれど、感情を抑えているのがすぐに分かる。
ギョームは、小さい時から私のことを、本当に可愛がってくれていた。
お嬢様みたいなお転婆は見たことがありません、が彼の口癖だった。
ギョームの声が震えていた。
「お嬢様。またお会いできる日を心よりお待ちしています・・・私だけでなく、屋敷の者は皆」
こんなことになって、ごめんなさい、と言い掛けて、私はその言葉を飲み込んだ。
ごめんなさい、っていうのは違う。
ギョームだって謝って欲しくないはずだ。
私はそこまで悪いことはしていない。
「ありがとう。・・・その言葉だけで十分よ。ちょっとはしゃぎ過ぎだったわ・・・足を掛けられて、見事に転んでしまったの」
私の言葉に、ぎゅっと、ギョームは握っている手に力を込めてきた。
★★★
バルバラ修道院へ行く馬車は王室が用意したものだった。
一応、王家の紋章が彫られているが、質実剛健といったような頑丈で簡素な馬車だ。飾り気は一切ない。軍用の馬車なのかもしれない。
周りには護衛らしき騎士が3騎いる。
騎士たちは、3人とも寡黙でほとんど口を利かなかった。
重苦しい雰囲気の中、侍女1人連れていくことも許されず、私は1人で乗り込んだ。
父の意向で見送りはなし。
今まで仕えてくれたみんなとは、屋敷内で別れを済ませてある。
屋敷の門を出てから市街地を抜けると、馬車は速度を上げた。
どれくらい時間が経ったのだろう。
馬車の窓にかかっている布をめくり、外の景色を確認してみる。
馬車は丘陵地帯に入ったようだった。
集落が点在し、水車小屋が遠くに見える。
日は西に傾きつつある。