02.ウソ告。そして追放 2
★★★
「で、殿下、誤解です。ジークのことでしたら・・・」
「黙れ」
氷のような眼差しがまっすぐこちらを見ている。
エドワード王太子に黙れなどと言われたのは、初めてだ。
今まで王太子の優しい顔しか知らなかった私は、恐ろしさに縮み上がった。
けれども誤解だけは何とか解きたい。
黙れと言われても、釈明だけはしなければ。
「えっでも、あれは遊びで冗談で言ったものです。他にも証人が・・・」
震える声で、私は釈明する。
その時、エドワード王太子のそばにライラがそっと寄り添っているのに気づいた。
「・・・ライラ」
一瞬、助かったような気になった。
あなたからも口添えを・・・そう、助けを求めるようとして、何かがおかしいのに気が付いた。
ライラはまるで、エドワード王太子をいたわるように、その腕に手をかけている。
私を前にして、その距離感は異常だ。
ライラはーーーかつて王太子の婚約者の座を巡って、わたしと争った令嬢たちのうちの1人だ。
新興貴族のマンチーニ伯爵家の自慢の娘。
ライラは勝気なところがあって、最初はお互い反りが合わなかった。
でも、私は王太子妃に内定してからは友好な関係を築き上げて来たはずだ。
くだらないことで笑いあったり、気分を損ねて喧嘩をしたり、外には出せないような家族間の問題を抱えている時はお互いを心配しあったり・・・
婚約が決まってから3年が経ち、私たちは親友になっていた、はず。
一体、何が起こっているのーーー
「殿下、すみません・・・私の力不足です。私がアナベル様をもっと強くお止めしておかなければならなかったのに」
ライラが肩を震わせ、エドワード王太子に頭を下げている。
自分が謝るように見せかけて、その実、私を非難しているライラの声は、涙声だった。
「えっ・・・あなた、いったい何を言っているの」
目の前の状況を理解するまでしばらく時間がかかった。
頭がうまく回らない。
「あなたが・・・あの時、カードで負けたら告白をって・・・提案したのはあなたでしょう?」
私の声に被せるように、ライラは大声で言う。
「本当に申し訳ございません!私がいながら・・・私がもっと強くアナベルさまをお止めしていれば!!」
あまりのことに、思考が停止する。
他の友人達は・・・周りを見渡すが、おかしいことに誰1人姿を見せていない。
あのとき、一緒にカードに興じていた、シモーネは、デルフィーユは・・・みんなどこへ行ったんだろう。
大広間は恐ろしいほど静まり返っている。
「あの男は南方の前線に送った」
青ざめている私に向かって、エドワード王太子が冷たい声で言い放った。
「あの男・・・前線って?・・・まさか、殿下はジークを・・・戦争に送ったのですか!!」
私たちの住むローゼン王国は、数年前から、南方に位置する隣国と常に領土を巡って紛争を起こしている。
運動神経の鈍そうなジークが、前線に送られて何事もなく帰って来られるとは思えない。
ドレスを掴む手が震える。
わたしのせいで・・・なんということだろう。
「俺の前で、その男の名前を口にするのはやめろ」
エドワード王太子の口が歪む。
「本当はすぐにでも処刑したかったんだがな。お前と通じているという決定的な証拠が見つからなかった」
処刑、という言葉を聞いて、私は思わず声にならない悲鳴をあげた。
「なんてこと!・・・決定的な証拠ですって?そんなもの見つからないのは当たり前です!だって通じてなんかいないんだもの。あれは、冗談なんだって、何度言ったら分かってくれるのですか。私たち、カードで賭けをして・・・」
「申し開きはいらない」
エドワードが一喝する。
だめだ。全然聞いてくれない。
こんな形相をしたエドワードは、今まで見たことがない。
エドワードの隣にいるライラは、扇で顔を完全に隠していた。
「お前がこんな女だったなんて。俺はすっかり今まで騙されていたようだ。おい、好きな男が消えるのはどんな気分だ」
エドワード王太子が憎々しげに笑みを浮かべる。
「好きな男ではありません!!第一、わたしはあなたしか・・・」
「おかわいそうなアナベルさま・・・」
ライラのつぶやき声が耳に入り、私はついにブチ切れてしまった。
「全部、あなたの企みでしょう。大体、ジークだって、あなたのせいで!!」
ライラに掴みかかろうとする私を周囲の者が取り押さえる。
肩や腕を強い力で押さえつけられながら、私は絶望していた。
やってしまったーーー!
傍から見れば、どこからどう見ても、私はジークの為に逆上した浮気女だろう。
「この女を連れて行け」
エドワードの氷のように冷え切った声が耳に入った。
両脇をがっちりと抱え込まれ、広間から引きずるように連れていかれる。
罪人のように連れ出されていく中で、私の両目から、涙があふれ出した。
確かに私にとって、エドワード王太子は最初はただの見目麗しい政略結婚の相手に過ぎなかった。
婚約が決まった時、、私のことを、あなたが一番いいと思ったんだ、と王太子は言ってくれた。
俺の一方的な片思いかなって、いつも笑ってくれていた。
いつもなら少し羽目を外してしまった時は、はしゃぎすぎだ、と優しくたしなめてくれた。
いつだってエドワード王太子は私の側に立ってくれると思っていた。
こんな状況になってやっと分かった。
私はずっとエドワード王太子に甘えていたんだ。
王太子が自分を信じてくれなかったことが、こんなに辛いことだとは知らなかった。
今頃、やっと気がつくなんて。
エドワード王太子のことがこんなに好きになっていたなんてーーー全部手遅れになってから、やっと気がつくなんて。