01.ウソ告。そして追放 1
「ダブリンガム伯爵家令嬢、アナベル・ストップフォード。わたしはあなたとの婚約を破棄する」
大広間が一瞬にして静寂に包まれた。
これは夢だろうか。
小さい頃から、何度か婚約破棄の場に出くわしたことはあった。
でも、まさか自分が、こんな大々的に宣告される立場になるなんてーーー。
わたし、アナベル・ストップフォードは、エドワード王太子の婚約者だ。
つい先ほどまでは・・・。
「いったいどうして・・・王太子殿下、理由をお聞きしても」
呆然としながら、なんとか口を動かす。
目の前に立っていたエドワード王太子が汚らわしい者でも見るように、目を細めて私をにらみつけてきた。
黒髪に碧眼。圧倒的な美貌をもつ王太子が睨むと、すごい迫力だ。
エドワードのこんな表情は初めて見た・・・。
しかもそれが、私に向けられているなんて。
「はっ。理由だと?そんなに恥をかきたいのか。いいだろう。私という婚約者がありながら、他の男と通じているくせに」
「えっ、他の男?・・・一体、なんのこと・・・」
本気で分からない。
「あなたの方から言い寄ったらしいではないか。随分熱烈だったそうだな・・・アナベル、あなたのような女性はこちらから願い下げだ」
「私の方から言い寄った・・?」
言いかけて、ハッと気がついた。もしかして、2週間前の罰ゲームのことかしら。
★★★
ーーー2週間前の昼下がり。
わたしは気心の知れた友人たち数人と、王宮のバラ園の木陰でテーブルを囲み、カードに興じていた。
1時間ほど遊んでいて、だんだん勝負もマンネリになりかかっていた頃だった。
暑い日で、侍女が用意してくれていたサングリアを沢山飲んでしまっていた。
ーーー後から考えてみると、あの時のサングリアは妙にがアルコール度数が高かった。
いつも私たちが好んで飲んでいるのは、アイスティーに少しだけ赤ワインを混ぜた、ジュースのようなサングリアなのに。
ポーカーの4回戦目。
私の隣に座っている、親友のライラが札を取りながら言った。
「ねえ、ただ遊ぶだけではつまらないわ」
ハニーブロンドに美しいグリーンの瞳を持ったライラは、私と同じ伯爵家の令嬢で、私の親友の1人だ。
「何か、そうね、罰ゲームを設定しましょうよ。・・・ほら、あそこにジーク・ギルフォードがいるわ。ねえ、負けたらあの人に告白するって言うのはどう?」
ジークは私たちと同世代の若手貴族だ。
見た目はイマイチだったが、お調子者で、皆から愛されているキャラだった。
ジークは友人2人と、黄色いバラが覆い茂ったパーゴラの下で何やら話し込んでいた。
時折、ゲラゲラと、少し下品で陽気な笑い声が聞こえてくる。
どうせ、またくだらないジョークを言っているのだろう。
「えーっ。どうせ告白するなら、もっと格好いい人がいいわよ」と、同じ卓を囲んでいるシモーヌが言う。
同感だ。
「それじゃあ、罰ゲームにならないでしょう。素敵な男性に告白して、いい感じに進んでしまったら、それはただのご褒美よ!残念な相手に告白するからこその罰ゲームでしょ!」と、ライラ。
確かに、それはそうなんだけど。
「ねえ、ライラ。私にはエドワード様がいるのよ。デルフィーユだって、婚約したばかりじゃない。あなたやシモーヌだって、変な噂がたったら困るでしょう」
私の言葉にライラは、うふふと笑った。
「お遊びの告白だから大丈夫よ、アナベル。あとで必ず訂正するんだから。ジークならあの性格だし、シャレが分かるから、絶対許してくれるはず」
ライラは、私にサングリアのグラスを勧めながら言った。
「その場で訂正するのは流石に失礼だから、後日そっと他の子を通して事情を話して訂正するって言うのはどう?」
私たちはそれに乗ったのだ。
そのあとのカードゲームはめちゃくちゃ盛り上がった。
絶対に告白役にはなりたくない。
でも、誰かがウソ告するのは見てみたい。
ーーーそして。
ギリギリの攻防の末、あろうことか、私は敗者になってしまった。
「えええ、でも私にはエドワード王太子がいるのよ!ダメよ、無理!」
あり得ないでしょ、とドン引きしている私をよそに、周りはすっかりはしゃいでいる。
「アナベルさま。女に二言はないっていうでしょ。今更、嫌だっていうのはなしですよ」
友人達に散々煽られて、そう、それで私はジークにウソ告をしたのだ。
私は、のこのこパーゴラの下まで出かけて行った。
ジークの友人2人には席を外してもらった。もっとも彼らは少し場所を移しただけで、聞き耳を立てていたけど。
遠くから、仲間が見守る中で、
「私、あなたのことが好きよ」って確かに言った。
ポカンとするジークが突っ立っているのを残して、私はくるりと後ろを向いてそのまま去った。
これでいいでしょ!と、仲間たちの方をチラリと見る。
私は多分酔っていたのだと思う。羽目を外しすぎていたーーーー。
でも、今日中に、ライラが訂正してくれると言っていたし、大事になるとは夢にも思っていなかった。
ジーク自身が、いたずらや悪ふざけをするタイプなのだ。
そう、だからいつもみたいに、ただの笑い話で済ますはずだった。