プロローグ:母ちゃんが死んだ / 3
母ちゃんがピカピカにしてくれていた自室で、押し入れから引っ張り出した家族写真のアルバムを眺める。今日の夕食は出前を取ることになって、配達待ちだ。
ちなみに、俺はともかく、父ちゃんも悠介も料理が出来ないわけではない。父ちゃんはあれでいて「飲んで歌える焼き鳥屋」の店長なのだ。店はいずれ悠介が継ぐことになっている。今日は疲れ切っているのだ、悠介はもちろん、父ちゃんも。
こんな状況だし、母ちゃんと一緒に実家の台所を切り盛りしてくれていたという、悠介の奥さんを頼りたいところだったが、実家に帰っていて不在だそうだ。なんでも親御さんの体調が悪いとか。母ちゃんがこんなことになったばかりなので、父ちゃんも悠介も追い出す勢いで生家に帰したという。まだ小さい、やんちゃ盛りな子供も一緒に行ったということで、実家は静まり返っていた。
俺は1人、アルバムをめくる。
「……懐かしいな」
ひまわり畑で豪快に笑う母ちゃんの写真を眺める。俺は、母ちゃんの葬式で泣かなかった。父ちゃんと悠介は叫ぶように泣いていたのに。でも、俺が薄情とか、そういうわけではないと思う。母ちゃんが死んだと聞いてからずっと悲しいし、辛い。今だってそうだ。上手く言えないが、恐らく、葬式の時はまだ現実を認められていなかったのだ。母ちゃんにはもう2度と会えないという現実を。今こうしていて、ようやく──。
そんなことを考えながら、目線を窓の方へ向けた。何の気なしに。
「……母ちゃん?」
俺の目には有り得ない光景が映っていた。窓の手前に母ちゃんが立っているのだ。白装束を身にまとい、サンタクロースのように大きな袋を持った母ちゃんが。母ちゃんの死のショックで幻覚が見えているのか?俺は目をゴシゴシと擦る。しかし、母ちゃんの姿は消えない。そして、母ちゃんが言葉を発する。
「あんた、あたしを生き返らせて親孝行しいや」
──これが、全ての始まりだった。
階下から父ちゃんの声がする。大介、寿司が届いたぞ、と。俺はとりあえず、寿司を食いに行くことにした。低血糖で母ちゃんの幻覚が見えているのだ、と、そう解釈することにして。母ちゃんを室内に残し、自室を出て深呼吸をする。死んだ母ちゃんが現れるなんて、そんな非現実的なことがあるはずない。
幽霊?絶対ない。