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(15)旅は道ずれ 後くされ

 ゆっくりと歩く女児の横を小走りに黒ネコが並走している。

「なに話してたんだい?」

 喋る黒ネコの問いに街を追放された浮浪女児アーヤマーナは、ん? と首を傾げる。

「さっきさ、領主とになにか内緒話してたじゃないか。それにオーブにもなんかしてたし」

「大したことじゃないよ。知らない誰かがわたしのポケットにゴミ入れてったって話」

「ああ、それね」

「そういえば黒ネコさんはいつまでついてくるの? アンタッチャブルのオオマエさんはいいの?」

 元の世界で明夜(あや)()()()で撮影していたカメラマンのオオマエ。彼の理性と心を宿した使い魔の黒ヒョウ改め黒ネコに尋ねる。

「旅は道ずれ世は情けってね。というよりキミに着いていかない選択肢はないんだよ。だってご主人様……オオマエと離れるわけにはいかないからね」

 よく判らないというように首をかしげるアーヤに、本当に覚えていないんだね、と黒ネコ。

「じゃあ、一緒に行ってくれるの?」

「もちろんさ。ボクの方こそお願いしたい。一緒にいっていいかい?」

「うん、いいよ。あったかそうだし」

「ボクはすっごく寒いよ。それにこのまま歩いて着いてくのは辛いな」

 黒ネコが疲れた声でぼやく。そうしている間にも黒ネコがどんどん遅れ、慌てて小走りで走ってくる。

「ねえ、ボク、ポケットに入ってていい? あったかいとこで寝たい」

 寒さに体を震わせながら大きく欠伸する寝子(ねこ)

「それ、ずるくない?」

「ネコ型動物と人間の移動能力を一緒にしないで」

「ネコの方が速いよね?」

「素早さと移動能力は違うんだよ」

 と、解説を始めるがアーヤは大半を聞き飛ばす。因みに今は黒ネコがアーヤの頭の上に載って彼女が持つ護符の暖気を享受している。

「やっぱズルい気がする」

 いまいち納得のいかないアーヤであった。


 ()がアーヤマーナの前に現れたのはほんの数日前、領主の下で拘束されていたときだ。突然虚空から目の前に姿を現したのだ。

 大氾濫の時にニアミスしただけで(アーヤの記憶では話したことも無い)黒ヒョウの小さくなった姿だということを、納得してもらうまで少し時間がかかった。だが、キチ〇イ爺さんことオオマエの使い魔っぽいものと知ってからは一応信用され、彼女に次元収納能力“ポケット”の使い方を教える先生役を務めていた。

「ご主人様のオオマエがキミのポケットに収納されたままだからね。彼の一部であり、使い魔でもあるボクは離れすぎれば消えてしまうんだ。その上、彼からの魔力供給も断たれているから省エネモードなんだ」

 とのことで小さな猫の姿になっている元黒ヒョウの黒ネコ。

 アーヤは教わった通りに自分のポケットと言う名の次元収納に意識を向け、改めて死に掛けのオオマエなどの収納物を確認していく。

「オオマエさんとか、わたしじゃないわたしが収容したものは時間が止めてあるけど、さっきわたしが収納した餞別のご飯とかはそうじゃないみたい。このまんまじゃ腐っちゃうかな。どうしたらいいんだろう」

「そうなのかい? ボクの知ってるポケットとは仕様が違うのかな。ご主人様(オオマエ)のは時間停止がデフォルトだったよ」

「時間停止していつでもあったかい汁ものが食べられると嬉しいな」

 オオマエのセーフハウス内でのことも聞いたので、あったかいイカ天そばを想像し、アーヤの口の中に涎がたまる。

「セーフハウスに案内できるといいんだけど、いまのボクの力じゃ無理そうだね」

 例の大氾濫が鎮圧された後、黒ヒョウはアーヤのポケットに収納されたオオマエのポケットの中に退避して魔力の省エネを図った。ところがポケットの機能も制限されてしまったようで出るのに時間を要し、ようやく出られたのが数日前ということだ。

「それで思い出した。今のキミに言っても仕方がないけど、三度目のキミをセーフハウスに残していったのはボクが悪かったけど、ちょっと散らかし過ぎだよ。控えめに言っても汚部屋」

「それ、ホント、わたしに言われても困ります」

「だよねぇ」

 アーヤのコートのフードの中で丸くなり、更に彼女の持つ古き太陽の護符の力で暖気に包まれウトウトしだす黒ネコ。

 一方、その重さを肩に感じながら、一歩づつ歩き続けるアーヤマーナ。

「……やっぱ、なんかズルい気がする」

「すぴーっ、すぴーっ」

 と小さな鼻息がすぐ後ろから聞こえてきた。

「まったくもう、えい」

 アーヤは黒ネコを自分のポケットに収納した。


      *     *     *


 街から離れ、丘陵をいくつか抜けるころには人の気配もなくなっていった。わずかに轍の残る道沿いに進んでいるが、気を抜けばそれも見失ってしまいそうであった。

 道を外れないよう気を付けながら進んでいると、ゾワリと全身に虫唾が走った。

「な、なにいまの」

 心なしか天から注ぐ陽の光が明るくなったように感じる。しかし空に陽の光を遮るような雲などはなく、また眩しさは増したにもかかわらず、むしろ一段と寒くなった気がするのだ。

「ネコさん」

 黒ネコの首の後ろを摘まんで収納から取り出す。

「……寝てる間にしまっちゃうのは勘弁してほしいな。びっくりするじゃないか」

「だって重いんだもん。それより、おひさま、変じゃない?」

 その言葉に、ああ、と納得する黒ネコ。

「領の結界を出たんだよ。この先は本格的に領外。人が支配する領域を離れたってことさ」

「お日さまが眩しいのは?」

「これがこの世界の普通なんだ。眩しくて冷たくて大きくて赤い太陽。でもそれじゃあ眩しすぎて困るから結界を張って光にフィルターをかけ、同時になるべく熱を逃がさないようにしてるんだ。ビニールいハウスみたいなもんだね。それが領主や国王などの支配層の専権事項であり権力の源ってことだね」

「じゃあ、その結界の外で人は生きられないの?」

「生きられないわけじゃあない。生きにくいだけさ。いま目指してる廃村だってかつては人が住んでいたからこその廃村なんだよ」

 強くはないが風が吹き、アーヤは身を縮こませる。護符の暖気があっても風が吹くとやはり寒さを感じる。

「領主様に貰った護符様々だね」

「そいつはお前なんかが持つもんじゃない」

 聞き覚えのある声がアーヤに投げかけられる。と、同時に前後から人影が現れて女児を取り囲んだ。

「あなたは……捕縛されたんじゃなかったの?」

 昨日、領主の追放刑執行に異を唱え、アーヤの身ぐるみを剥いで放り出そうと主張した若い冒険者の男と、やはり見覚えのある男の仲間の冒険者の男女たちであった。

「ふん、そんな鈍くさい真似、ボクがするわけないだろう。抗議の声は一番前で、反論されたら仲間の後ろ。それがボクの必勝術!」

「うわぁ」

「うわぁ」

 ドヤ顔の男に、思わず声に出してしまうアーヤと黒ネコ。しかし彼の仲間たちはその発言に疑問を抱いていないどころか、称賛と憧れの籠った目すら向けていた。

 そんな男と仲間たちにアーヤは余計に辟易する。

「なにかご用ですか? わざわざ領の外で待ち伏せて」

「領の結界内だと万が一、領主に気取られる恐れがあるからね」

「なるほどぉ。そういうずる賢さだけは働くんだね」

 若い男の返答を待たずに納得し合う女児と黒い小猫。

「何とでも言えばいい。負徳の者の言葉には何の価値もない」

「で、なにかご用ですか?」

「お前が領主からだまし取った護符を出せ。あれはボクこそが持つに相応しい」

「つまり強盗行為ってことですか。それが功徳(カルマ)を高める善い行いなのですか?」

「負徳者を害するのは功徳を積む、正しいことさ。そして奪われた物を取り返すのも、その褒章としてそれの所有権を自分の物にするのも正しい。その証拠にボクの功徳(カルマ)(ちから)は5千を超える!」

 若い冒険者の主張に拍手と称賛を浴びせる仲間たち。

「そんな戦闘力みたいに言われても……」

「さあ、おしゃべりはこの辺にしておこうか。さあ、キミが街から持ち出したものを全てここに置いていくんだ。愚かな寝坊助どもを騙して恵んでもらった物も着ているものの全て置いていけ。そうすれば命だけは勘弁してやる」

 その言葉にアーヤは追放刑に際して貰ったずた袋を掲げる。

「これは刑の一部としてもらった物ですが」

「ここはもう領外だ。領主の命令など関係ない」

「うわぁ、ホント、すごいなこの人。えっと、本当に全部(・・)ですか?」

「もちろん、全部だ」

 まるで楽しいことを思いついたようなニコニコ笑顔の女児に、興が乗っているのか、テンポを合わせて軽快に答える若い冒険者。

 一方彼の仲間たちは余裕の表情の女児を気味悪げに見て警戒の色を浮かべている。

「多分、皆さんもいらない、ゴミみたいなものですけど」

 小首を傾げながら再度確認するアーヤ。

「たとえゴミであっても貴様が持ち出していいモノなんか一つもない。全て置いていけ」

「わっかりましたぁ」

 居丈高な若い冒険者の言葉に、むしろアーヤは楽しそうに応じて手を伸ばし、虚空にある何かを掴んだ。


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