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企画参加作品

ズッ友

作者: 柿原 凛

 友達だなんて、一度も思ったことなかった。

 だって、出会ったときから好きだったから。


「彼氏がさぁ〜なんか煮えきらなくてさぁ〜」


 可愛らしいカップに注がれたホットココアが、さっきからひとつも減ってないままアイスココアになろうとしている。

 頬杖をつきながら、もう一方の手のひらをくるくるさせて、とにかく言いたいことをガンガン言うのが好きな雛野ひなのをずっと見つめてても問題にならないのは、”友達”の特権である。


「久しぶりに会ったのに結局話題はあの頃のまんまだな。ま、らしいっちゃらしいけど」


「こんなん相談できるの、吉岡くらいだもん。やっぱ一人くらいは頼りになる男友達がいないと恋はなかなか進まんね」


 せっかく別々の大学に進学して、別々の会社に就職したのに、高校の頃から話すことは恋バナくらい。

 しかもだいたい俺が男性代表として雛野に男とはなんぞやを話し、それに雛野が満足するまで延々と続く。

 なのに、結局毎回同じようなことを聞かれるのは、なぁぜなぁぜ?


「タイミングを伺ってるのかもね。やっぱ、男ってカッコつけたい生き物だしさ。納得するまでこだわったりしたいわけよ」


 そんな俺も、今日は店員さんに選んでもらった新しい服で身を包んでるんだよ。言わんけど。言えんけど。


「タイミングは今なんよ〜早くしないと三十路まっしぐらなんだからさぁ。こっちの気持ちもわからんもんかねぇ」


「男って、行けると思ったらガッツリ肉食だけど、そうなるまでに長い草食時代があるわけよ。だから、そのガッツリ肉食に進化するのを待つか、雛野自身が肉食になるか、どっちかなわけよ」


「いやぁ、それは待ちたいじゃん? うちにだって理想のプロポーズくらいはあって、最低条件はやっぱ向こうからなんよ」


 じゃあ、今俺が勇気を出せば、最低条件はクリアできるってわけだね。それ”だけ”は。


「じゃあ気長に待つとしますか」


 雛野の”アイスココア”とは違って、俺はホットの紅茶をぐいっと飲み干した。


「はぁ〜吉岡が彼氏だったら良かったのに」


 それはずるいよ。俺が告白する前からフッたくせに。


「一回友達になったら、一生恋愛対象として見れない。そう言ってたの忘れたのかな〜」


「あーね。そりゃそうじゃん? 友達は友達で、恋人は恋人じゃん?」


「じゃあ俺は彼氏になれないじゃん?」


「ねー」


 ねーじゃねぇわ。自分で言うんじゃなかった。久しぶりだけど、やっぱ結構ダメージでかい。


 紅茶を飲み干してしまったから、急に訪れた変な間も、手元が寂しくて乗り切れそうにない。

 BGMはジャズ。斜向かいは本を読む女性。背後には数人単位の女子会。

 せめてあの数人の女性だけでもいいから、俺と雛野が付き合ってると勘違いしてくれたらいいのに。

 虚しいか。やっぱいいや。


「吉岡は? 童貞卒業した?」


「うっせばーか」


「しっかりしてよ〜相談してるこっちの事も考えて。勇気出して肉食に進化しないと!」


 考えてますけど。多分高校入学したときからずっと考えてると思います。

 でも勇気云々は違うんです。だって勝負の舞台に立たせてもらえてないから。


「ま、いつかね」


 いつかいつか。そう自分に言い聞かせて何年目だろうか。

 そのいつか、が来なければ良いのにとさえ思ってしまっている。

 いつか、が来てしまったら、もう二度と会えない気がして。


「そのいつかって、いつですか〜」


 勝負の舞台に立てていないのは、別に雛野のせいじゃないもんね。

 そこに立てない自分の弱さを、雛野のせいにしているだけだ。

 わかっているけど、ね。


 勇気、出すか。


「今」

「え?」


勇気、出てこい。

出てこい、勇気。


 薄荷飴をがぶ飲みしたみたいに、喉の奥がスースーする。

 火照った体に汗が滲む。

 鳥肌が立って、顎が震える。

 緊張したら喉が渇くって聞いてたのに、とめどなく溢れてくる唾液を、言いかけた言葉とともに飲み込むことしかできない。


 完全に気の抜けた表情でポカンとしている雛野に対して、爪がめり込むほど握り拳が固くなる。


「今……何時?」


 出なかったか。勇気。


「今……げっ、もうこんな時間!? そろそろ彼氏帰ってくるから、行くわ! ごめん、ありがと! あ、ここのお代」

「いいよいいよ、次奢って!」

「ごめんね! 次絶対奢るわ! じゃあ、またね!」


 素っ気なくて、呆気ない。

 また言えなかった。でも、ほっとしている自分もいる。むしろそっちのほうが大きい。

 また、って言ってくれたし。


 早足で、こちらを振り返ることなく店を出ていった雛野が見えなくなるまで、ギリギリまでその背中を目で追った。

 今の雛野の頭の中には、彼氏のことしかないんだろうな。

 そう思うと、何かが溢れてきそうになって、慌てて空のティーカップに口をつけて、空虚と一緒に飲み込むふりをした。




 きつく握りしめていた拳が解けたくらいのタイミングで、メッセージが数件届いた。

『電車間に合った!』

『今日はありがとう! 色々話せて楽しかったよ!』

『またよろしく!』

『うちら、ずっと友達だよ!』

 スタンプ。

 スタンプ。


 ずっと友達、か。

 そろそろ出すか、諦める勇気。

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― 新着の感想 ―
[一言] うおー! つい叫びたくなるほど虚しい……。 好きな気持ちを匂わせたシーンの描写が凄くて、私までドキドキしてしまいました。 掌編ながらうまくまとまっていて、良い作品だと思います。
[良い点]  難しい問題ですね、きっと何度かチャンスはあったと思うのですが、次でいいやと思うと次が中々こないみたいな。    実際このような境遇にはなったことがありませんが、男女間の緊張感、あいまいな…
[良い点]  それも確かなひとつの勇気。  現状維持は精神的には楽な選択なんですよねえ。  周囲環境が変化するって実は相当ストレスかかっているという話ですし。  主人公は報われない恋を続ける「楽」より…
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