加奈子が
悟は森へ導かれる人たちを何度も引き留めようとしたが、誰一人助けられなかった。
自分と同じかそれよりも下の年齢の子が歩いていくのを見た時には胸を締め付けられるような思いになるが、悟にはもはや目を背けてうつむく事しかできなかった。
ぬかるみの中を悟はゆっくりと歩く。家の前のあぜ道は昨夜の雨で相当水気を含んでいて、泥をはねないよう神経を使っていた。その少年の脇をピンク色のカッパを着た加奈子が早足で通り抜ける。
加奈子の歩き方はぬかるみや水たまりを避けようという物ではなく、むしろ積極的にその中へ足を踏み入れていっている。
「こら、気を付けろって」
加奈子は聞こえていないようなそぶりで悟の方を振り返らず、むしろ逆の方に顔を向けていたが、少なくとも道をまっすぐ歩くようにはなった。
悟が安心して見ていると、加奈子は何かにつまずいたのかよろけだした。慌てて駆け寄るが、加奈子は何とか体勢を立て直す。
「ゆっくり歩かないからそうなるんだよ」
悟はしかるが加奈子は気にする様子もない。
「でもゆーーっくり歩いてたら学校おくれちゃうよ」
「ゆーーっくりじゃなくてちょっとゆっくり行けばいいんだって。まだ時間あるよ」
「でもね――」
そこまで言った所で加奈子は喋るのを止めてうずくまってしまった。
「おーい、大丈夫か」
悟はすぐに近づいて妹の容態を見る。苦しそうな顔で呼吸をしているが、次第に表情は和らいでいく。
「ちょっと苦しくなっただけ……」
「本当か?」
「……うん、大丈夫」
ゆっくりとだが加奈子は立ち上がる。悟は、
「今日はもう、学校休むか?」
と心配そうに訪ねるが、加奈子は首を振る。
再び二人は歩き始めた、先ほどよりも歩をゆるめて。加奈子は先程のようにはしゃぐこともなくおとなしくしている。
5分ほど歩くと家から学校までのほぼ中間点にまで来た。ここから森が見えてくるので、悟は最近ここに近づくと毎回憂鬱な気分になった。この道を通る時はできるだけ森の方を見ないようにしているが、それでも三回に一回ぐらいは森に入ろうとしている人に気づいてしまう。
そして今日もまた森への道を歩んでいる人が目に入ってしまった。
目を背け、何も考えないように歩いていると、加奈子が隣にいないことに悟は気がついた。振り返ると加奈子はどこか遠くを見つめていた。視線の先にあるのは、あの森だ。