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僕はまた誰かを愛せるだろうか  作者: 矢崎聖夜
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第二章 僕らの始まり

 第二章

 僕らの始まり。

    

 好きな人のために自分を捨ててでも守りたい。死んででも守ってやると言う感情は、大人になれば変わってしまうものだ。あの頃は恋に夢中になり、うまくいくはずがない、絶対に無理に決まっているとわかっていてでも気持ちを伝えられた。そして、その返事を受けれる覚悟を持っていた。

 けど、それは大人になると変わる。なんと言うか、大人になるとずる賢くなるのだ。告白なんて馬鹿正直にしなくなる。しかも、相手にされないなと思った瞬間に簡単にその人のことを諦められてしまう。こんなふうに純粋な心などどこか昔に置いて来てしまうのだ。

 もし大人になった今に、恋などを語っている奴がいたら殴ってやりたいものさ。恋を語れるのはせいぜい高校生までだろう。そして大抵の大人になれば恋を語らず、愛を語り出す。

 

 僕は彼女を守る方法を実行するために松戸に電話をかけた。そして松戸には全てを話した。その話途中の松戸の反応は、苛立ちが声のトーンから感じられた。彼も僕と同じく正義感に満ち溢れているのである。いや、僕の正義感とやらは松戸からの教えなのかもしれない。

「で、どうすんだ。」

 松戸は低い声で尋ねて来た。僕には秘策があった。それは僕らの学校の特色を使った方法である。

 僕らの学校では生徒の独立性を尊重している。だから、大体のことは生徒たちで学校を回しているし、ルールを決めている。

 なおかつ、松戸は生徒会長だ。生徒会ではさまざまなことを日々決めている。その分、他の学校とは比べものにならないくらい忙しい。もちろん、僕らもまだ中学生ということもあり、決めることには先生たちの承認が必要だったが。

 そこで、今月の生徒会のメイン活動をいじめ撲滅にしてもらうのだ。そして、いじめについての調査を行うことを宣言してもらい、彼女をいじめている先輩の行動を封じ込むことができるはずである。

 三年生は最後の大会を控えていることもあり、部停にでもなれば大会に出ることができなくなる。その様なリスクを背負ってまでいじめをするとは思えなかったので松戸に提案してみた。

 松戸は思ったより渋っていた。もちろんいじめについては絶対にあってはいけないことだ。けど、生徒会の活動を私的利用しては、学校の秩序というものはなくなってしまうという。

 それに、そんな簡単にいじめなどが解決できるものではないと断言されてしまった。

 確かに松戸の言うことはわかる。けど、無力な僕には松戸に頼る以外なかった。

 悪いけど、先生達に頼る以外ないんじゃないかと彼は言う。どうにかそれだけは彼女の思いに反していると思い反対したが、このまま彼女がいじめられ続けるのも許せなかった。また、考えて連絡すると松戸に告げ、僕らの作戦会議はそこで終わった。

 その日の夜は彼女のあの泣いていた顔が脳裏に焼き付いており、すぐに眠ることはできなかった。

 

 次の日。夏休みに入った瞬間に猛烈に暑さを感じる様になった気がした。朝練に行く途中で榊原にあった。こいつは小学校の頃からの友達であり、部活の二人組練習はいつもこいつとやっていた。けど、こいつはなかなかのバカだ。勉強もそうだが日常的に馬鹿すぎてイラつくことがよくあった。デリカシーがないとでも言うのだろうか。

「お前昨日女子のこと泣かしてたんだって?」

「なんで知ってんだよ」

「田中先輩が昨日部活後みんなに話していたぜ」

 僕の動揺はうまく隠せてはいなかっただろう。

「なんかその女子泣きじゃくってたんだって?先輩がめちゃくちゃ馬鹿にしててさ。お前何したんだよ。」

 そのことを聞いた時、無性に腹が立って来た。第一に僕がサボっていたことがキャプテンに知れ渡るのではないかという不安が芽生えた。でもそれよりも、怒りの感情の方が抑え切れなかった。僕は咄嗟に榊原を置いて学校まで走って行った。学校に着き、サッカー部の部室になんか寄らず、もう自主練を始めていた部員達がいる校庭に走って入った。僕は猛烈に怒っていた。彼女がどんな思いで泣いていたのかも知らずに、馬鹿にしていた田中のことを。彼は二つ上の先輩であったがその時の僕にはそんなちっぽけなことは関係がなかった。

 僕は田中のところに近づき、思いっきり顔面を殴ってやった。これほどに体に力が入ったことがないほどに思いっきり。でもその時の膝は震えていただろう。

 田中はすぐに殴りかかって来た。それは彼からしてみればいきなり殴られたのだから当たり前だろう。そのまま喧嘩になったが、当時一年生であった僕は、三年生にかなうわけもなく、ボコボコに殴られた。何秒だっただろうか。すぐに皆が止めに入った。田中はすぐに冷静さを取り戻していたが、僕はまだ冷静になれず、みんなが僕を止めている腕を払い除けようと必死だった。

「何やってんだこの野郎。」

 それは校庭に落ちた先生の雷であった。僕らを職員室から見ていたのだろうか。あまり朝練には顔を出さなかった先生が降りて来た。

 サッカー部の顧問の先生の見た目はいかつかった。けど、基本温厚な性格であったため、その怒りというのはとても心にくるものがあった。

 僕と田中は練習には参加させてもらえず、職員室の隣の小さな客室の様なところに入れられ座った。そして、何があったかはキャプテンから話を聞いていたのか、先生は僕になんで殴りかかったのかを聞いて来た。

 それには明確な理由が存在していた。でも、ここでそんなことを言えるわけがない。だから僕は黙り続けた。先生からしてみれば上級生に殴りかかるということはよっぽど大きな理由があると考えていたのだろう。でもここで、昨日泣いていた女子のことをバカにされたからと言ったら恥をかくに決まっている。だからどうしようもなかった。

 彼女を守れないのと、この状況をどうしようもできない僕が情けなくて、涙が一粒、強く握っている手に溢れた。

 その日は先生に帰る様に言われて、家に帰った。帰るとすぐに心配性の親がどうしたのか尋ねて来たが、今日は部活がなかったいい、なんとか誤魔化した。

 それからというもの、田中先輩とは和解をし、なんとか次の日から部活に参加はできた。けど、夏休みに入ってから彼女の姿を見ていない。陸上部と部活の時間が被るのは一週間に二回程度であった。彼女の連絡先も知らない僕は、どうしようもなかった。

 彼女と会ったのは偶然、もう夏休みが始まり十日ほど経った八月に入ったばかりの夕方である。部員のメンバーと帰り道で別れ、一人歩いていた時に、ビニース袋を持って歩いている彼女を見つけた。

 僕はすぐに清水さんと大きな声で呼んだ。

 彼女は僕に気付き、少し気まずそうな表情を浮かべた。

「最近部活どうしたの?」

 僕が単調な声で聞くと、彼女はまた気まずそうな表情を浮かべた。

「もういいかなって」

「いいかなって。まだいじめられてる?」

 彼女は小さく頷いた。

 僕はその彼女の悲しそうに俯く表情を見て、胸が締め付けられる様な思いに駆られた。僕が守ってあげると言ったのに。何も有言実行できていない自分が情けなくて仕方がなかった。だから小さな声で自然とごめんと口にした。

「清川くんのせいじゃないよ」

 彼女は必死に僕を庇った。その彼女の表情は無理して元気な表情を浮かべている様だった。僕の胸はまた締め付けられた。このままではダメだ。彼女を守ってやるって決めたんだ。僕は力強く決心した。

「俺と付き合お。俺と付き合って、その女の先輩に物申してやるんだ。俺の彼女をいじめんじゃねーぞってさ」

 そんなことしなくていいよ。彼女の答えは実に淡白だった。これは僕なりの告白なんだぞ。僕はその瞬間は正直頭の中が真っ白だった。さりげなく振られたのだから。人生初の告白は実に相手に理解がされづらい告白となった。

 でも、彼女は話を続けた。それも小さな声で。

「そんなんじゃ、嫌だよ」

 その言葉の真意がわからなかった。でも、その当時の自分はどう解釈したのか、僕はまた唐突な告白をした。

「違う。好きなんだ。清水さんのことが。だから付き合ってほしい」

 人生二回目の告白はすぐに訪れた。それもほんの数十秒の間でだ。もし世界一告白するまでの時間が短いギネスブックでもあったら、間違いなく一位になるだろう。でも、その二回目の告白は、一回目の告白とはどこか違っていた。胸の鼓動が速くなっていた。どこかまっすぐ伝えた思いというのは、恥ずかしいぐらい緊張するのだ。いや、もしかすると大好きな人に好きと伝えること自体が緊張するのかもしれない。

 彼女の答えはまたしても予想外だった。


「わたしも」

 

最初は理解ができなかった。まるでモールス信号で送られて来た暗号の様に頭の中でゆっくりと解読していった。わ・た・し・もというふうに。理解ができた時、僕の呼吸のスピードは少し速くなっていた。返事が聞こえるまで息をするのを忘れていたのだろう。

 わたしも。それは今の僕にとってどんなに長いラブレターよりも、どんなに好きだと伝えられるよりも、深い深い言葉に聞こえた。わたしも。実にいい響きだ。

 僕らはその日、そのまま近くの公園に行き、日が沈み切るまで話をした。またあの多目的室の様に彼女と笑いながら。話の途中に、唐突になんで告白を受け入れてくれたのかを聞いてみたら、彼女も僕のことを目で追いかけていたらしい。わざわざ、掃除の時は僕らの教室の廊下の方から来ていたらしい。でも勇気が出ず、ずっと話かけられなかったそうだ。僕と同じじゃないか。

 あの日。彼女が泣いていた日。あの日も僕の影が見えて、わざとあの廊下に来ていたというのだ。僕とすれ違った後、清川くんがいたらなと思っていたら涙が出始めたらしい。そこに僕が声をかけたのだ。まるで、漫画に出てくる白馬の王子の話の様だ。

 僕らはその日連絡先を交換した。帰り、彼女に家まで送ると言ったが、家が近いらしく断られてしまった。本当は、もう少し話したいだけなのだが。

 

その日の月はどこか遠くに見えた気がした。


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