第十話『ここをキャンプ地とすル』
第十話です。よろしくお願いします。
第十話『ここをキャンプ地とすル』
「て、ことがあったんだヨ。実力的には拮抗……。いや、認めたくなイ……。認めたくないけど、相手の方が一枚上手だっタ。そ・れ・な・の・に・ダ!!」
対面する形で備え付けられた車内の座席。その間に、置かれている机を副隊長が強く叩く。机に置いてあったすべての物が少しだけふわりと宙に浮き、倒れそうになるアンティーク調のランプを、倒れる寸前で望が手で支えてそれを阻止する。
「あいつ、なんて言ったと思ウ? 『降参だ。投降する』だってサ! あっさりすぎないか!? なんかもうちょっとお互いギリギリになるまでやりたかっタ!」
「別に穏便に済んだのだからいいのではないですか?」
そう質問したのは樹だ。
「そうではあるんだけド……。任務的にはそうではあるんだけれどモ……。でもサ‼ なんかすごいだロ? なんていえばいいかナ……?」
「不完全燃焼?」
「そう! ソレ! てか、あの戦いを終わらせたの瑞樹だロ!? あそこで瑞樹が撃ってなければ、こんなモヤモヤを残すことはなかったはずなんダ!!」
急に話を振られた瑞樹は愛銃のバレルを拭きながら、飄々とした態度で副隊長の不満に対して正論をぶつけて返す。
「あの場面で私の位置に誰がいたとしても撃っていましたよ。あのまま放っておくと街への被害がさらにひどくなりそうでしたし、なんなら、止めた時点でもひどかったです」
「うぐッ!」
「街への被害を考えていれば、隊員全員が始末書を書くような事態は避けることができましたよね?」
「うぐぐッ!」
「というか、楽しんでいましたよね?」
「うぐぐぐッ!!」
「任務中なのに」
「うぐぐぐぐッ!!!!」
ばたんきゅ~……。
横にそのままの姿勢で倒れていく副隊長の頭を望の太ももがキャッチする。
「ん~~~☆ 泣き顔の副隊長も可愛いですぅ♡」
どさくさに紛れて目上であるはずの副隊長の頭を撫でる望。
こいつ、やりおったな……。
と思ったが、案外立場など副隊長にとって些細なものだったらしく……、
「う~~~……。望はわかってくれるカ?」
となどと、瞳に涙を浮かべながら望に対して同情?を求めている。
「ん~、わからないですね」
しかし、ソレを切り捨てる望。まぁ、始末書大変だったもんなぁ……。
「むうぅ~……」
ふてくされて頬をぷくりと膨らませる副隊長。
この人、いつもはあんなにかっこいいのに……。なんで、少しメンタルが崩れるとこうなってしまうのだろうか? まぁ、いっか。かわいぃっっいててててっ!! 誰だ! 俺の耳を引っ張ったのは!?
振り返った先の後ろには誰も居らず、痛みを感じた左耳側に座っている瑞樹は相変わらず愛銃のバレルを熱心に磨いている。
気のせいか……。
「あ、大男と言えば、梟。お前、あいつに何か言われてなかったカ?」
「あ~、なんか言われましたね。確か~……」
頭の中で二週間前にさかのぼり、その記憶を探り出す。
「久しぶりだな。ケイ」
その大男は、俺の顔を正面から見てそう言った。
「ケイ? 俺の名前は梟なんだけど?」
「そうか、今のお前はそういう名前なんだな。でも、お前はケイだ。それすら忘れているようじゃ、お前のことを探したいやつがいても探しにくい。しっかりしてくれよ」
「?」
わけがわからない。そう首をかしげていると、目の前の大男はフッと悲しげな笑みを浮かべる。
「そうか、お前は完全に忘れてしまったんだな……。これは、アイツが困るわけだ」
やれやれといった様子でそう語る姿に、俺は疑問を隠せなかった。忘れる? アイツが困る? 何のことだ。
「いいか、これだけは覚えておけ」
補導をする係の人が来て、大男の大きな体を五・六人がかりで運んでいく。遠ざかる距離を気にも留めず大男は続きの言葉を口にする。
「一番つらいのはお前じゃない」
大男の身体が護送する車の中まで連れていかれ、その扉が閉まる直前。
「困ったら俺を頼れ。いつでも相談に乗る」
閉まる扉。大男を乗せた護送車は収監所に向けて走り出していった。
「みたいなこと言われましたね。何のことなんでしょう? やっぱ、人違いですかね? 世界には同じ顔の人が三人いるとも言われていますし」
「同じ顔……。なるほどネ……」
それだけ呟いて副隊長は黙り込んでしまう。え~、何それ意味深で、気になるじゃ~ん。
「皆、少しいいか?」
話が途切れたタイミングで、運転席に座っている隊長が後ろのスペースで談笑していた隊員全員に向けて呼びかける。
「少し行ったところ……。そうだな、二・三キロ先ぐらいに大きめの異形が複数体いる。道路を遮るようにいて、どうもそこを動きそうにない。誰か対処に当たってくれないか?」
俺の目の前で膝枕されていた人物の瞳がキュピーンと光ったような気がするが、気のせいか?
「ジブン行ってもいいですカ!?」
気のせいではなかったようだ。
副隊長が車内後方にあるハッチを開け、今にも外へと飛び出そうとしている。
「いや、お前は残れ。いざというときにお前がいないと困る」
がっくりと肩を落とし、自分の席に戻っていく副隊長。自分の席に着き、望愛の太ももに再び頭を預けようとするもその空間からは求める太ももが消えており、軍事用に作られた少し硬めの椅子に頭を強くぶつける。
「代わりに私が行きます」
望の志願に、隊長は首を縦に振る。副隊長は「イヤイヤ、行かないでヨ~」と首を横に振る。アンタ何やってんだ……。
「お嬢。僕も行きます」
席を立ちあがり用意をしようとする樹を望は掌を向けて制す。
「あなたは来ないで。今回は私一人でやりたいの。それにあなたこの手の戦闘向いてないでしょ?」
そう言われて、確かにと樹は座り直す。
「じゃ、いってきます☆」
ハッチの扉がバタンと締まる。
ハッチの扉についている円形のレバーを回し切り、引っ張ってしっかりと扉が固定されているかを確認した後、立ち上がる。
「あのね。副隊長」
自分の体の周りで、感覚を確かめるようにくるくると斧を回す。
「不完全燃焼なのは、あなただけじゃないんだよね」
そんなこんなありながら、一行は本日の野営地点。伊豆に辿り着く。
「ここをキャンプ地とすル!」
腰に両手を当て、副隊長は宣言する。
「なんすか? そのネタ」
「これはネ~……、元ネタ何だったっけナ?」
首をかしげる副隊長の疑問に答えを示したのは、隼の次に車を降りた隊長だった。
「元ネタは、一九九九年に放送されたとある番組内での言葉だな。食事を優先して宿屋の予約をしなかった結果、野宿する羽目になり、その際に放たれた名言だ」
「へ~、そうなんすね」
そんなやり取りを横目に俺は野営用の機材を車内から取り出し、三人が話している場所の近くに運ぶ。
“皆さん何やら楽しそうですね”
そうだな。全員での県外任務なんて久しぶりだからな。前が、半年前の北海導遠征だったっけ?
“そうですね。でも、あなたはあまり浮かれないでくださいよ。ここは懸外。周りは異形だらけです”
わかっているよ。それにしても、こんな場所があるなんてな。
再び、車に戻りながら進行方向の左側に広がる景色に目を向ける。そこに見えるは陸地と島をつなぐ天然の橋。
“トンボロですね。潮が満ちてくると陸地と島を結ぶ道は閉ざされる。異形は夏以外海に入ろうとしない。まれに、四季問わず海に入ろうとする個体がいるようですが、ほとんどの個体はそうではない。故に、潮が満ち陸地と切り離されたとき、島は天然の要塞と化す。また、道が繋がっている際であっても、ほぼ一方からしか異形が来ないから守りやすい。それを野営拠点として利用するとは……、隊長はやはりなかなかの切れ者ですね”
だな。お、噂をしていたらなんとやら。隊長がこちらに向かって歩いてくる。
ん? なんか様子がおかしい。
“気を付けてください。彼の様子、何か変です”
わかっている。
「梟」
狭まる距離。来る!
俺は、どの方向から攻撃が飛んできても対応できるように構えを取る。
腰に差している刀を抜く隊長。それを肩に乗せ、手前一メートルの距離まで近づいてきてそこで立ち止まる。
来るなら来い! 勝てるかどうかはわからないが、あがいてやる。
「何やってるんだ? お前」
苦笑いをする隊長。さっきまでの様子はどこへやら、発していた殺気も纏っていた異様な雰囲気もいつの間にやら消えていた。
「俺は焚火に使う木を切ってくるから、設営の指揮をお前に任せてもいいか?」
いつもの隊長じゃん。え? さっきのはなんだったの?
「お~い、聞こえてるか~?」
「あ、はい! 聞こえてます。設営の指揮ですね。承りました」
「なんかいつもより堅いなぁ……。しっかりしてくれよ? 比較的安全とは言え、ここは縣外だ。気を抜かずに、とはいっても気負いすぎずに。よろしく頼むよ」
それだけ言い残し、森の中へと行ってしまった。
え、何? 俺の勘違い? はっず!! 勘違いなら先にそう言ってよ! ねぇ!!
“…………”
黙ってないでさぁ! ねぇ!!
読んでいただきありがとうございます。
ここをキャンプ地とする!! この言葉、一生に一度は使ってみたいですね(笑)
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では、次回。またね




