9:恩讐、『紫怨風刃フラガラッハ』
前回のあらすじ:
ある日、仕事に疲れていたアイリス(27歳)は(中略)
彼女の前でクロウ(17歳)は服を脱ぎ(中略)
その若くたくましい身体にアイリスは興奮し(中略)
そして終わり際、アイリスは震える手で彼に紙幣を渡したのだった――……!
治療行為のあと。よほど真剣にやってくれたのか、アイリスは「はぁはぁ」と息を荒らげていた。
胸を押さえて苦しそうだ。
「大丈夫かアイリス? 辛いならば横になるか? 膝枕するぞ?」
「って膝枕ぁ!? い、いやいいっ! そんなことされたらもっと息が荒くなってしまう!」
「なぜ……?」
「とにかく駄目なものは駄目だっ! いや一生駄目というわけではなく今は色々限界だから駄目というだけでせっかくだからまたの機会にしてくれると……って膝枕の話はいい!
それよりも、前を見たまえクロウくん! あれが『ベルリンの霊壁』だぞっ!」
雑木林を抜けると、そこには半透明の壁が横一面に広がっていた。
すごい光景だな。まるでオーロラってやつみたいだ。
「千年前、ベルリンの壁という民族を分け隔てた存在があってな。
魔力の影響で、その壁の残骸は『土地の分断』という能力を獲得。
粉塵にして地に散布しただけで、概念的な防壁を出現させられるようになったわけだ」
「なるほど。それにより、あの長い壁を形成したと……」
ほえー。故郷からほとんど出たことないから知らなかったわ。
魔物のせいで隣村に行くのも一苦労だし、得られる知識は限られてるんだよなぁ。
「さて、アレのおかげで外地の魔物は帝都周辺に近づけなくなったわけだが……正直言って面白くない」
不意にアイリスさんは顔をしかめた。
彼女は言う。「私もかつては外地の村娘でね」と。
「近年でこそ外地の魔物も減ってきたが、それでも野を分ければ山ほど出てくる。
それに比べて壁の向こう……帝都周辺の『安全圏』は本当に平和だよ。心に余裕があふれすぎて、人を差別できる程度にはね」
「なに?」
人を差別? どういうことだ?
「命の危険がない分、勉学やらオシャレやらにうつつを抜かせるというわけさ。
その結果、それらに頓着する余裕のない外地の者は『野蛮人』と呼ばれて蔑まれている」
「それは酷いな……」
カーッ、このクロウくんを野蛮人扱いたぁ失礼してくれちゃいますわ!
俺ってば人斬り魔剣に呪われてんだぞ!? 勝手に動いてぶった斬っちゃうぞこの野郎ッ!
……あ、それもう野蛮ってレベルじゃないですね、ハイ……。
「まぁ覚悟したまえクロウくん。全員が全員というわけではないが、馬鹿にしてくる者はいる。
……特に私の後輩に酷いヤツがいてな。私の何が気に食わないのか、ことあるごとに突っかかってくるんだ」
「なんだと?」
おいおいおい、大天使であるアイリスさんを馬鹿にするとは許せねえな! どんな野郎なんだそいつぁ!?
思わず怒りマックスになってしまったクロウくん。つい感情が顔に出ると、アイリスさんが「私のために怒ってくれてるのか?」と微笑ましい表情になりました。
もちろんっすよ。大切な恩人ですからね。
「ふふっ、嬉しいけど気にするな。アイツは貴族の家の者だからな、まともに相手をすると面倒になる。
……そんなことよりもクロウくん……」
急にもじもじするアイリスさん。かわいい。
なにやらチラチラチラッとすごい速さで俺の服装を見てきました。
「そろそろ霊壁前の街に着くんだ。上着をちゃんと纏ってだな……」
ああ、この人にポーションを塗り終えてもらったばかりで、上はワイシャツ一枚の状態だったな。
ボタンもいくつか止められてない着崩れた姿だ。
こりゃいかんな、今の内に身だしなみを整えないと。
「すまないアイリス。見苦しい姿のままだったな」
「あぁいやっ、むしろ見苦しいというよりエッ――っていやいやいやいや!?
ごっ、ごほん。とにかく、そんな恰好は人前では控えるように……!」
「ああ。こんなあられもない姿、アイリス以外には見せないさ」
「ふへぇ!?」
アイリスの顔がまた上気した。「私以外には見せないって、えっ、それ、えっ……!?」とうわ言のように呟いている。
俺の心を開いた発言が『師として』すごく嬉しかったらしい。
まだ出会ってから短いが、俺はこの人のことを信頼しまくっているからな。
変に強がることなく、『弟子として』どんどん頼っていこうと思う。
そして。
「――アイリス。俺が君に弱みを見せたように、君の心が弱った時には、どうか俺に打ち明けてくれ。無力な身だが、君のことを(弟子として)支えさせてほしい」
「ほにゃぁぁぁああああっ!?」
手を取りながら想いをぶつけると、師匠はまたも変な鳴き声を上げた。
本当に恥ずかしがり屋な人だ。
「さてアイリス。もうすぐ街に着くが、それからはどうすれば……ん?」
とそこで。俺は前方から何かが駆けてくるのに気付いた。
ドドドドドッと響く足音。大量の土煙を上げながら、超高速で人影が迫る。
「なんだ一体……?」
ほにゃってるアイリスを横に目を凝らす。
よく見れば、それは小柄な女の子だった。
アイリスと同じ白い軍服(※よく考えると、スカートが短めだったり肩が出たりで妙にエッチなデザイン)を着ているあたり、彼女も魔導騎士なのだろう。
銀色の髪に赤い瞳の、ものすごい美少女さんだ。
――だがその両目はガン開きになって血走り、鬼のような表情を浮かべていた……!
って、なに!? なんなのあの子!?
「貴様ぁぁぁぁあああああぁぁあッッッ!」
絶叫じみた声で少女が叫ぶ。紫色に輝く短刀を握り、俺のことを睨みつけてきた。
って俺のこと狙ってるぅ!?
「『紫怨風刃フラガラッハ』よッ、私に風の加護を与えなさい!」
次の瞬間、少女は鎌鼬の化身となった。
背中から風を放って猛加速すると、馬車の手前まで飛ぶように駆けてきたのだ。
「おぎゃぁああああああああああぁあああああ死ねぇええええええ!!!」
そのままユニコーンの頭を踏みつけ、俺の元へと急接近。
気づいた時には懐にまで入り込んでおり、もはや回避は不可能となっていた。
(えっ、俺もしかしてここで死ぬ!? こんな訳もわからないまま!?)
死を前にして加速する思考。どうしてという単語が無数に脳裏を駆け巡る。あとコイツは一体誰なんだと。
まさか、知らないところでこの女の子を傷付けてしまったんだろうか? それで俺を殺そうと?
そう思い至るも、すでに質問できるだけの時間すらなかった。
銀髪の少女の刃は、俺の腹部をぶっ刺す直前で……!
(うぎゃああああああ死ぬぅー---!?)
かくして俺が、恐怖で叫びそうになった――その時。
――負、感情、莫大、魂――!
魔性の声が胸に響いた。
そして、俺は殺人鬼に変貌する。
「――きゃッ!?」
気づいた時には、短刀を握った少女の手を捻り上げていた。
さらに片手で胸倉をつかみ上げ、馬車の中で引き倒す。
「いぎっ!?」
少女が呻くも俺の身体は容赦しない。
最後に片膝を彼女の胸に乗せて押さえつけ、空いた手で腰の刀を引き抜いた。
そのまま少女の白い喉元に、刃を振り下ろし――って!?
(やめろ馬鹿ムラマサッ!)
全力で腕に力を込める!
すると少女の喉を貫くギリギリのところで、どうにか刃が止まってくれた。
うわぁよかったぁ。ミノタウロスの魂が腹に残ってたおかげか、ムラマサも本気で俺を支配してなかったみたいだ。
おかげで殺さずに済んだわぁ。セ~フ。
「ひっ、ひ、ひぃ……!」
一瞬遅れて震え始める少女。
自分が殺される寸前だったことに気付いたのか、両目から涙がこぼれ落ちた。
っていやいやいやいや、泣きたいのはこっちだっつの。正直おしっこちびりかけたわ。
でもアイリス師匠の目の前ですからね。キリッッッとした顔で問いかけますよ。
「――貴様は何者だ。なぜ俺を殺そうとした」
「ひっ!?」
銀髪の少女は答えない。綺麗な瞳をいっぱいに見開き、喉を震わせるばかりだ。
あと俺自身はギリギリでチビらなかったはずなのに、ちょっと変な臭いを鼻に感じた。
あっ……なんかごめんね……?
「……クロウくん。彼女を解放してやってくれ」
とそこで。アイリスさんが俺の肩をぽんぽんと叩いた。
俺に怪我がないことを確認してホッと息を吐き、「さっきの体術はすごかったぞ。よく鍛えてるんだな」と褒めてくれた。
いやムラマサパワーなんですけどねぇ。
「さてと……」
そしてアイリスは、女の子が持っていた短刀を取り上げると……、
「――おいヴィータ。これは、一体、どういうつもりだ……!?」
「ひぃいいいっ!?」
これまでに見たこともない怖い目で、女の子を睨みつけた……!
って、アイリスさんめっちゃブチ切れてらっしゃるぅぅぅうう!?
「……アイリス、この子は……?」
「ああ。彼女の名はヴィータ・フォン・カームブル。
――つい先ほど話していた、性格の最悪な後輩だよ」
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