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8:彼女の秘密

「レイナ、私は言いましたよね? 私の仕事が片付くまで、もう少し待ってほしいと。その後であれば、見張りができると言ったではありませんか!」

「う……すまない。その、どうしても早く温泉に入りたくて……!」

「少しくらい我慢しなさい! もし別の誰かにも見つかっていたらどうするつもりだったのですか!」


 フィーネさんに怒られて申し訳無さそうに顔をそらすレイナルド閣下。

 なんというか、姉に叱られている弟……いや妹か? 今の二人からはそんな感じに見えた。


 レイナルド閣下は確かに馬車で温泉のことを好きだと言っていたしな。

 王都には温泉はないし、久々とあって、よっぽど入りたかったのだろう。

 でも、性別を隠しているならもっと慎重になってほしいものだ。

 そうだったら、今回の事故は起きなかったんだからな。


 そう。俺はまだ生きていた。不思議なことにまだ首が飛んでいない。

 いや、もしかしたらこれから飛ぶことになるかもしれないが。


 今、俺たちはレイナルド閣下の執務室にいる。あの後ここに連れてこられたのだ。


 そして俺の目の前で、レイナルド閣下がフィーネさんに怒られていた。

 レイナルド閣下は今はきちんと軍服を着たいつもの格好に戻っている。

 ただ、髪は下ろされたままだ。

 ……なんというか、こうしてみると確かに、女性にしか見えないな。

 今まで男性だと思っていたのが不思議なくらいだ。

 

「それでレイナ、彼をどうするつもりです?」


 フィーネさんの黒曜石のようなその瞳が、俺を警戒するように見ていた。


 ……綺麗な黒色だな、もしかして彼女は影属性持ちなのだろうか?

 影属性は珍しいものだし、俺も見たことないから分からないし、そもそも魔力のない人間の多くは黒や茶色の色相が多いから、見極めるのも難しいほうだ。


 おっと。つい魔導士の癖で色々と考えてしまったが、今はそんなことを考えている暇はなかった。

 俺の体はなぜか縛られていないから、逃げようと思えばできるだろう。

 だが、あのレイナルド閣下の前から逃げられる気がしない。

 向こうもそう思っているから、縛らなかったのかもしれない。

 まるで死刑を待つ囚人のような気分だ。


「あなたの秘密を知った以上、処分するべきかと思いますが?」

「そうかもしれないが……ロシュの力は今のデモニアの地に必要不可欠なものなんだ。絶対に手放したくない。フィーネもさっきの彼の活躍を見ていただろう?」


 そう言われてフィーネさんが押し黙る。

 さっきの活躍というと、俺が薬草を生やしてポーションを作り出したことだろう。

 手を貸しておいてよかった……。

 そうでないと、すでに首と体が離れていたかもしれない。


「ロシュ、君はこのことを秘密にしてくれるか?」

「もちろんだ! 絶対に誰にも言うわけがない!」


 俺は肯定するように必死で頷いた。

 そもそも、このことを公にしたところで、俺にメリットがあるわけでもないのだ。

 それに、この人は俺の実力を認めてくれた人だ。

 今まで俺の力をここまで真っ当に評価してくれた人はいない。


「それならいい。その言葉を違えないでくれ」

「ですがレイナ、いくらなんでも簡単に許しすぎです! この者がユリアン陛下派のスパイという可能性だって……」

「その点は心配しなくていい。ロシュが弟側とは思えないし、彼の腹心にいるドミニクにも厄介者扱いをされていたようだからね。そういう者だったから私は拾ってきたところもある」


 あぁ、だからあの時、ドミニク団長からの申し入れをきっぱり断ったんだな。

 いくら辺境に追っ払われた人とはいえ、もしも反乱を起こされたらユリアン陛下側が勝つのは難しいかもしれないからな。


「ですが……」

「心配ないよ、フィーネ。何かおかしな真似をするようなら、その時に処分すればいい」


 閣下、その綺麗な笑顔で物騒なことを言わないで欲しい。

 俺は笑顔を向けてくる閣下に引きつった笑みを返した。

 ……疑われるような真似は死んでもしないでおこう。


「改めて自己紹介をしよう。私の本当の名前はレイナティア。まぁ、これは正式な名前ではないけれども……」

「正式な名前ではない?」

「私が男として育てられたからに決まっているよ。女の名前は不要なら用意しなくてもいい、そうだろう?」


 確かに理にかなってはいるな……。


「君は疑問に思っているんじゃいないか? どうして私が女ではなく、男として育てられたのかを?」

「確かに気にはなるが……教えてくれるのか?」

「どうせバレた時点ですぐに分かることでもあるからね。私がこうなったのは全て、私の母親のせいだよ」


 レイナルド……いやレイナティア閣下の母親というと、第二王妃のことだな。


「リーラ王国において、王位継承が許されているのは直系の男のみ。だから産まれてくる赤子は男児のほうを望むのは当然だ。私の母は特にそうだったと言っていい。だけど、私は女として生まれてきてしまった……」

「……なるほど、だから閣下は男として育てられたのか」

「そうだ。母は王都から離れた実家で私を産んだことをいいことに、生まれた赤子は男子だったと嘘を付いたんだ」


 確か第二王妃といえば、第一王妃と前国王の間になかなか子供ができなかっために、迎えられた人だったはずだ。

 そりゃあ、世継ぎを産むために呼ばれたのだから、当然男児を生むことを周りからも期待されるものだろう。

 ただ、第一王妃と比べると血統が低かったのと、かなり強引に第二王妃の座に着いたせいか、貴族からの評判は悪かったようだ。


 だけど、すぐに妊娠したのもあってか、表立って批判する人が居なくなったんだ。

 血統が良くても子供が産まれなければ、そこで血筋が途絶えてしまう。

 そこは血統主義な貴族にとっては、どうしても避けたかったことだろう。


 ひとまずは王家の血統が途絶えることはないという安心が、批判をなくしたのだ。

 だけど、産まれたのは女児だった。

 しかも第二王妃の出産間近になって、第一王妃も妊娠していたはずだ。

 第一王妃の子供がどちらだったとしても、この時点で第二王妃は窮地に立たされていただろう。

 なにせ、国王から迎えられた当初以降、徐々に嫌われ、今では国王と第二王妃の不仲は庶民にも知られているほどだった。


 たとえ第一王妃の子供も女子だったとしても、次のチャンスはなさそうだった。

 逆に国王と第一王妃は妊娠したのもあってか、関係が良かったらしい。


 第二王妃にとっては、あと一歩のところだったんだ。

 第二王妃であっても、先に産んだのが男子なら、そちらが先に継承順位を得る。

 もしも、産まれた赤ん坊が女子ではなく、男子の話ならであるが。

 ……だから、そうしたのだ。第二王妃は産まれた子は女子ではなく、男子として偽ったんだ。


 そうやって育てられた人が、今俺の前にいる。


「このことを知っているのはもちろん、母である第二王妃と私。それからここにいるフィーネとヴェルナーだけだ。前国王はもちろん、弟も知らないことだよ」


 改めて、俺はとんでもない秘密を知ってしまったようだ。

 しかし、ちょっと引っかかるな。


「閣下が母親のせいで性別を偽っていたのは分かる。だけど、その母親である第二王妃はだいぶ前の事故で亡くなっていたんじゃなかったか?」


 第二王妃は戦争が始まる前に不慮の事故で亡くなっている。確か馬車の事故だったかな。

 閣下は母親とはどうにも不仲だったようだが、亡くなった母親の話題を上げるのは少し気が引ける。

 だけど、どうしても聞いておきたいことがあった。


「元凶である母親が居なくなったのなら、性別を偽り続ける意味はないはずだろ? 閣下は王位にも興味がないから、弟にも引き渡したほどだっただろ」


 レイナティア閣下は今も性別を偽っている。

 元凶である母親はもういないのだから、偽りたくないのであればそうすればいいだろう。

 王位だってすでに弟に渡している。


 それ以前から王位に興味はないと言っていたが……確か母親が亡くなった時期あたりからだ。

 世間からは母親が亡くなったショックで、王位を継ぎたくなくなったのだろうと思われていたが……。

 だけど王位を継ぎたくないなら、性別を公表するという簡単な方法で避けることができたはずだ。

 男だと偽っていた理由だって、全部亡くなった母親のせいだと説明すれば、誰もが納得するし、彼女が罰せられることもない。


 なのに、なぜ嘘を付き続けたんだ?


 地位を求めたのなら、今やこんな辺境の地に追いやられているからあってないようなものだ。

 彼女が男であると偽り続ける理由が今はないのだ。


「今は新王が即位したばかりの時期だ。余計な騒ぎを起こしたくない。隠せるならば、今は隠しておきたいのだよ。それに……」

「それに?」

「これはちょっとした保険でもあるんだ。もしもの時の、ね」


 もしもの時……? 一体それはどんな時だと言うんだろうか?


「まぁ、とにかくだ。ロシュ、このことは黙っていてくれ」

「当たり前だ。閣下は俺を拾ってくれた恩人だからな。そんな人の立場を悪くするようなこと、言うわけがないだろう?」


 性別が男だろうが女だろうが関係ない話だ。

 俺がそう答えると、レイナティア閣下は満足そうに笑って頷く。


「改めて、ロシュ・エイダン。君をレイナティア・フォン・エーデルハイトの専属魔導士に任命する」


 いつの間に取り出したのだろうか? 彼女の手には黒のローブがあり、それを俺に差し出していた。

 俺はそれを受け取って広げてみる。

 銀の縁取りがされた魔導士のローブ。形状はドミニク団長が着ていたモノに近い。

 白や銀の色は王家の色でもある。

 その色が取り入られているということは、王家に認められた階位の高い役職ということを示す。


 どうやらこれが俺の制服となるらしい。

 シャツとズボン姿だけだった俺は、それを受け取って袖を通してみる。

 なんというか、重い。責任の重さというものを感じる。


「拝命いたしました。これよりロシュ・エイダンは、貴方様のために仕えましょう」


 俺は跪いて、頭を垂れる。

 見届人はフィーネさんだけだが、これが俺の任命式だな。


 俺はこのローブの重さにふさわしい働きができるだろうか?

 いや、できるようにしよう。

 拾ってくれた恩を返せるくらいはしたい。

 彼女の秘密を知ってしまった俺にはもう逃げ道なんてないようだしな。




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