7:まさかの出来事
「おお、ここが俺の部屋か……」
少し立て付けの悪い扉を開くと、そこは一人部屋にしては広いスペースがあった。
椅子や机は古いが使えそうだ。元々この要塞にあったものだろう。
ベッドはまだシーツが掛けられていないが、大きいものだった。大の字で寝転がっても余裕がある。
俺の荷物も運び入れてくれたのか、入り口近くにまとめて置いてあった。
負傷者の対応をした後、俺の部屋を用意してあると言われ、案内されて着いたのがこの部屋だ。
「本当にここは俺の部屋か?」
宮廷魔導士時代は独身寮に入っていたが、そこはここより狭かった。
……というか、俺の部屋は物置だったんだよな。
ドミニク団長いわく、庶民の部屋にちょうどいい部屋を割り当ててくださったらしい。
なんてありがたいことだ。
下手に広い部屋を貰って他の魔導士から妬まれるくらいならマシだったから文句も言わなかったが。
それに案外狭い部屋というのも悪くはなかった。
そういうわけだから、この部屋を本当に俺が使っていいのか不安になってしまった。
ちゃんと確認したところ、この城にいる人が少なくて、部屋が有り余っているらしい。
だから俺が広い部屋を使っても問題ないとのこと。
そう言うことなら、安心してこの部屋を使える。
「さて、これからどうしたものか。適当に夕飯まで城の中でも見て回るか……」
荷解きもそこそこにして、俺は城を見て回ってみることにした。
石造りの広い廊下を歩くと、心地よい足音が響く。
なんともまぁ、広くて立派な城塞だ。
このデモニア城は元々旧大戦時代、まだリーラ王国が東の帝国の一部だった頃に建てられた城塞だ。
当時はこのあたりも戦場だったようだ。
旧大戦後、リーラ王国が独立してからはすっかり人の寄り付かない辺境の地にぽつんと佇む岩のような存在として放置されてしまったようだ。
少し歩き回っただけでも、城のあちこちは修繕が必要そうだ。
城の修繕も俺の仕事だろう。今のうちから修繕箇所を覚えておこう。
「……ここは?」
歩き回っていたらふと気になる扉を見つけた。
扉のプレートには『大浴場』と書いてある。
「もしかして、これは閣下の言っていた大浴場か?」
これは一風呂浴びるのもよいかもしれない。
ちょうど長旅をした後だ、風呂に入って汗を流すのもいいだろう。
それに温泉というのはずっと気になっていたものだ。
俺はワクワクとした期待感を胸に、その扉を開けて入ってみた。
中は大きな脱衣所が広がっていた。
大浴場とあって、何十人も入れる作りなんだろう。
この大浴場は一つしかなく、男性用と女性用といったように性別で別れて二つあるわけではないようだ。
俺はすぐに服を脱いで裸になってから、浴場へ続く扉を開けた。
扉を開けると湯気と熱気が俺を出迎える。
ドーム状の天井は高く、見上げると神話を模した壁画が書かれていた。
そして、湯気の向こう側にはゆらゆらと誘うように、水面が揺れている温泉がある。
きちんと温度は調整してあり、入ってもあの川のようにやけどはしなさそうだ。
初めての温泉、しかも誰もいない貸切状態!
俺は浮き立つ足で温泉に近づいていく。
さっそく入ってしまおうか? いや、その前に体を洗って入ったほうがいいんだったか?
「……ロシュ?」
「えっ……?」
この声はレイナルド閣下!? まさか閣下も浴場に来ているなんて。
俺は声がしたほうを見る。
そりゃあ、知り合い、しかも上司の声がしたならそっちを向くのは当然だろう?
だけど、俺はそこで振り向かないほうがよかったのかもしれない。
「……えっ?」
俺は白い湯気の向こう側に立つ、その姿に釘付けになってしまった。
銀糸のような白髪は今は解かれ、流れるように広がっている。
晒された白い肌の体は引き締まっていて彫刻のように綺麗だ。
――だけど、その下半身にはアレがない。男にあって当然のアレがなかった。
いや、まさか。見間違いか!? 確かにレイナルド閣下は中性的だとは思ってたけど!?
むしろこの顔にあったらそれはそれでおかしいのかもしれない……いや俺は何を言ってんだ?
それならと思って俺は今度は胸元を見る。そっちにも女性らしい膨らみがありました。
……よし。いや、よしって状況じゃないけど!
「あっ……あっ……!?」
いや、それより閣下、説明の言葉をください! そんな真っ赤な顔してないでさぁ!
その反応じゃ、あなたが女性だって認めているようなものじゃないか!
いや、もうどう見ても、女性にしか見えないけど!
「レイナルドか――ぐへっ!?」
気付けば俺は床に激突して転がっていた。いや転がされたのだろう。
今目の前にいたはずのレイナルド閣下の姿が消えたかと思えば、俺の足は宙を舞っていたのだから。
「ロシュ、見たな?」
「す、すみません! ごめんなさい! ほんと、すみません!!」
後ろから手を押さえつけられ、閣下の低い声が聞こえてくる。
あぁ、これは死んだな。俺の首が飛ぶのは確定だ。
だってレイナルド閣下が本当は女性だったなんて、こんな重要な秘密を知ってしまった俺は、その口を封じるために殺されるのだ。
それがまさか、デモニアに赴任してきたその日に、とは思わなかったが。
逃げようにも手段がない。
魔法を使おうにも媒介するための道具もない裸の状態だから使えないし、そもそも手を封じられている時点で何もできない。
「レイナ!」
脱衣所の扉が勢いよく開いた。
俺は顔を押さえつけられてそちらを見れないが、これはフィーネさんの声だ。
「あぁこれは……遅かったのですね」
ええ、何もかも手遅れです……。