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6:人助けをしよう

「おかえりなさいませ、レイナルド様」


 馬車からレイナルド閣下が降りると、出迎える声が聞こえてきた。

 艶やかな黒髪をまとめ上げ、長いメイド服をきっちり着ている。

 歳は俺や閣下と変わらなさそうだが、大人っぽい。


「フィーネ、ただいま。こっちは変わりなかった?」

「少しゴブリンの襲撃がありましたが、大丈夫でした。そちらは大丈夫でしたでしょうか?」

「こちらもゴブリンの襲撃を受けたよ。でも、彼のお陰で難なく撃退できた」

「そちらの方は……」


 レイナルド閣下がこちらを向きながら話し、不思議そうにフィーネと呼ばれたメイドもこちらをみる。


「俺はロシュと申します。宮廷魔導士をクビになったところをレイナルド閣下に拾っていただきました」

「彼はこれから私の専属魔導士として働いてもらうことになる予定だよ」

「まぁそうでしたか! 私はフィーネと申します。どうぞお見知りおきを」


 フィーネさんは柔らかな笑みを浮かべ、見事な一礼であいさつをしてくれた。


「フィーネは私の乳母兄弟なんだ。私にとっては姉のような人だよ。何か困ったことがあれば彼女に相談するといい」


 レイナルド閣下とフィーネさんは主従にしては、なんだか親しげな間柄だろうと思わせる距離感が出ていたがそれなら納得だ。


「さて、ロシュの部屋の案内を頼みたいが――」

「レイナルド団長、大変です!」


 その時、一人の騎士が慌てた様子でやってきた。

 それにしても団長って……あぁ、そっか。レイナルド閣下の近衛騎士団の団長は、閣下自身だったな。


「どうした」

「東の森を警備していた隊が戻ってきたのですが、負傷兵が多数出ています!」

「なに!? すまない、ロシュ。話は後だ。お前は――」

「俺も行くよ。何か手伝えることがあるかもしれない」


 人命救助は大事だが、首にされないためにも少しは俺の有用性をアピールする必要がある。

 これはいい機会かもしれない。


 閣下に着いていくと、反対側の東門のほうに到着した。

 東門には怪我を負った十数人ほどの騎士たちが、敷布の上に寝かされていた。

 手や足や、衣服など切りさかれた場所から血が出ている。

 幸いにしてか、それとも彼らが優秀な騎士だからか、手足が欠損しているような重傷者は見かけない。

 だけど、傷が深いものもいるようで、放っておけば失血死する恐れは十分ありそうだ。

 今は他の騎士たちが応急手当をしているが、このままでは危ないだろう。


「ここに治療魔法が使える人は?」

「いないよ。それともロシュ、実は使えるのか?」

「俺が使えたら、クビになんてなってない」


 治療魔法は光属性の魔導士が扱えるものだが、光属性を持つ魔導士というのは希少だ。

 宮廷魔導士にも二人いるくらいだったか。

 だから、この騎士団にいないだろうと思っていたが、やっぱりそうらしい。

 となるとポーションで怪我を治すのが一般的だが……。


「団長、ポーションを持ってきました!」


 一人の兵士が駆け込んでくる。その手にはポーションを確かに持っていたが……。


「これは低級ポーションじゃないか」


 数は足りているが、どれも低級ポーションばかりだ。

 傷の深い負傷者を治すことはできそうにない。


「ポーションは高いからな……とてもじゃないが、予算がなかったんだ。だが、無いよりはマシだよ」


 確かに中級や高級のポーションは高いものだ。

 王族で公爵とはいえ、このデモニアの地に殆ど追い出されるようにしてやってきたレイナルド閣下に、潤沢な資金があるようには見えない。

 それに薬草を育て自給自足をしようにも、ここは不毛の大地。

 栽培したくてもできなかっただろう。


 まぁ、それも今日までだが。


「じゃあ、ちょっと待っててくれ、今用意するから」


 確か研究用にいくつか薬草の種を荷物に入れていたはず、それを使えばなんとかなるか。


「どういう意味だ?」

「説明している暇はない。見てれば分かる。それより、傷が深い奴に優先してポーションを使って、用意できるまで時間稼ぎしててくれ」

「……分かった」


 何か言いたそうであったが、最後は俺の言葉を信用して閣下は指示を飛ばす。

 俺は東門まで走って、俺の荷物から必要なものを持ってくる。


「よし」


 西門まで戻ったら、邪魔にならない場所で、地面が露出して開けた場所まで移動した。

 俺はその地面に持ってきた薬草の種をばら蒔いた。


「ロシュ、まさか今から育てるつもりなのか……?」

「あぁ、その通りだ」


 閣下の言葉にそう返す。

 すると周囲の騎士たちから「ありえない」「何を馬鹿なことを言っているんだ?」という声が上がる。

 閣下も少しうろんな眼でこちらを見ているが、俺は気にせず手袋を、魔道具スペルグローブを付けた。


「《接続開始(アクセス)》」


 手から僅かに魔力が流れ、俺の肉体は地下の霊脈と接続される。

 相変わらず、ぐちゃぐちゃとした霊脈だな。いや、人の手が入っていない自然な霊脈か。

 若干、操作しずらいができないわけじゃない。


「《術式構築(コントラクション)》」


 術式を地面に描き出し、魔法陣とする。

 大地の霊脈とは自然の魔力だ。この魔力は作物の成長に関わっている。


 自然の霊脈は整備されていないから、魔力の流れが一定でなく、不安定な事が多い。

 それで地面から与えられる魔力が足らなかったり、逆に過度な魔力が注がれてしまったりして、作物の成長を妨げることがある。

 

 このデモニアの場合は……全体的に流れてくる魔力が少ないな。

 この場合の原因は源流のほうか、それか別の場所に多く流れてしまっているのか……まぁ原因の追求は後だ。


 地下の霊脈の流れを少しいじり、一本化。俺の周囲に集まるように動かす。

 そして、霊脈の魔力をそのまま、薬草の種に注ぎ込む。


「これは……!」


 土に描かれた魔法陣の中、そこに蒔かれた種が発芽した。

 しかもそれだけでなく、薬草はにょきにょきと成長していく。

 この成長スピードは普通ならありえないだろう。

 五分もしない内に薬草は育ちきった。


「……なんて速さで成長したんだ。しかも、魔力量の多い上質な薬草じゃないか。……ロシュ、説明してくれ」

「簡単な話だぞ? 霊脈の魔力を薬草に注いだだけだ」


 薬草は他の作物に比べて、多くの魔力が必要だ。それも自然の魔力でなくてはならない。

 普通なら大地に根を伸ばし、そこから魔力を取り込むんでいき、徐々に成長していくものだ。

 そこに俺が介入し、大地の霊脈から魔力を強制的に送っている。

 そうすることで、成長のスピードを早めたのだ。


「そんなことができるとは……いやなんにせよ、よくやった。あとはポーションに加工すればいいな、おい、いますぐ道具を――」

「必要ない、今すぐできるから」

「……え?」


 驚く殿下は気にせず、俺はまた地面の魔法陣を書き換えながら作業を進める。

 錬金術の術式に魔法陣を変更。薬草の加工から成分の抽出まで行う。

 工程を変えるたびに地面の魔法陣が書き換わっていく様は、我ながら面白いから好きだな。


 と、そんなことを考えている内にポーションの液体が完成した。

 器の瓶は土魔法で簡単に作れるから、作り出してそこに入れていく。

 ……三十個分な。


「ほら、これくらいあれば足りるだろう? さっさと持っていってやれ」

「は、はい!」


 近くにいた騎士に声をかければ、慌てたように彼は負傷者の元に持っていく。

 負傷者がそれを飲むとみるみると怪我が回復していった。

 うん、効力は問題ないようだな。

 ようやく俺はそこで一息ついた。並行して三十個分の魔法陣を書き換えながら作業していたんだ。

 慣れているとはいえ、少し疲れた。


「君は只者ではないと思っていたが、まさかここまでとはな」


 振り返ると、信じられないものを見るような目で殿下がこっちを見ていた。


「そうか? というかこれくらい普通じゃ――」


「普通なものか! 魔法陣は少しでも間違えると魔法が失敗する、一つ書き上げるだけでも並の魔導士なら一苦労だぞ! 緻密な操作を必要とするそれをあんな短時間に、連続で書き換えて、しかも三十もの術式を同時に操るなど聞いたこともない!! 少なくとも私には無理だ!」


「ちょ、ちょっとレイナルド閣下、落ち着いてくれ……」


「教えてくれ、どうしてそんなことができるんだ?」


「それは……戦争の時にポーションを大量生産していた時に、かな? この方法を編み出して作っていた」


 あの時は大変だったな……。

 上級ポーションを一万個用意するように言われた時は、どうしようか悩んだものだ。


 まぁ、半分くらい俺に対する嫌がらせの一貫だったようだが。


 『平民から成り上がった優秀な魔導士様なら簡単にできることだろ?』と上官から言われたんだった。

 あの上官は貴族の出身ながら魔法の才がなかったせいか、俺のことを毛嫌っていたなぁ。


 その嫌がらせを当時の俺は戦争だし当然必要なのだろうと思って、きちんとやり遂げた。

 それだけの数を作ったから、お陰で緻密な術式の変更や、同時動作に慣れていったんだよな。


「戦争の時にやけに品質のいいポーションが大量に届けられていたが、それもお前のおかげだったのか」


「表向きには上官がうまく調達してきたってことになっていたようだが……俺が作ったのは間違いないな」


「お前の言う上官はグレイグ隊長か。確かにあの者はその功績で讃えられていたな……」


 ちなみにリードレフでの俺の活躍を信じることなく、軍務記録に書かなかった人でもあるな。


「不思議に思っていたんだ。グレイグがどこからそのポーションを大量に調達してきていたのか……その理由はこういうことだったんだな……。やはり影の英雄の仕業だったか」


「やはりってそれはどういうことだ?」


「戦場に届けられたポーションは実は影の英雄が用意してくれた、というそんな噂があったんだよ。グレイグが用意したと言われるより、こっちのほうが兵士たちにとっては信用性が高かったみたいだ」


「まじかよ……」


 また影の英雄か……。

 いやまぁ、その正体が俺らしいようで、そのポーションを用意したのも俺だから間違ってはいないのだろうけど……。


「ふふ、さすがは影の英雄、君は想像以上の男だったようだ。やはり勧誘して正解だった」


 国の英雄様にそう言われるとは。

 まぁ、なにはともあれ。これで首になることは減ったかも知れないな。


 ……そう思っていたのだが、この後すぐにまた首になる心配をする羽目になるとは。

 しかも物理的な意味で、だ。



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