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3:悪魔の地へ

 晴れやかな青空の下、土を踏み固めて作られた道を一団が通っていく。

 使い古されたものらしく、独特の鈍い輝きを持つ鎧を着込んだ騎士たち。

 手には槍を持ち、規律の取れた進行をしている。

 掲げる旗章にはペガサス。リーラ王国の国章だ。


 彼らはただの騎士じゃない。他でもないレイナルド閣下の騎士団だ。

 俺はそんな騎士団に連行されるようにして馬車に乗っていた。

 しかもただの馬車ではない。レイナルド閣下の乗る馬車だ。


「……それでどうして俺を雇ってくれたのでしょうか?」


 馬車の中も豪華だった。

 ふかふかのクッションを堪能しつつ、その豪華さにやっとなれた頃に、俺は対面に優雅に座るレイナルド閣下に話しかけた。


「ロシュ、無理に畏まらずに話して構わないよ」

「しかし……」

「君は私の部下になるが、友人としてもいたいからね?」


 人懐っこい笑みを浮かべて、レイナルド閣下が言う。

 軽薄な態度とも取れるが、けして嫌じゃない。むしろ親しみを感じさせる。

 ……なんというか、良い意味で王族らしくない人だ。


「じゃあ、そうさせてもらう。流石に公の場は畏まるが」

「ああ、また私と二人きりで話す時もそのようにしてくれ。そのほうがロシュをよく知れるからね」

「……男に対しても普段からそんな感じなのか?」

「……? なんのことかな?」


 ……これは天然たらしも入っているのか?

 レイナルド閣下が女たらしだと言われる所以が少し分かった気がした。


「さて、私が君を雇った理由だったね?」

「俺を引き抜くっていっていたが、本当なのか?」

「あぁ、本当だよ」


 閣下の笑顔が少々胡散臭く見える。

 だって俺は別に名の知れた魔導士というわけでもない。

 むしろクビにされたところを見て、憐れんで雇ってくれたと言ってくれたほうがまだ理解できる。


「君はデモニアについてどれくらい知っている?」

「えっと……王国の中で一番の辺境の地で誰も住んでいない土地でしたっけ?」

「そうだよ。大地は緑が育ちにくい不毛の大地。おまけに死の川が流れていて、しかも魔物まで出る。まさに悪魔の地だ」


 北西に位置し、領地の北側は中央山脈があるそこは、資源になりそうな物もなく、また隣国との国境でもない、特に重要な領地でもない、無い無い尽くしの神から見放された土地だった。

 加えて、閣下が言ったように人が住むには難しい場所だ。


「この土地を開拓するには骨が折れる。だから土属性の魔導士がいたら少しは楽になるだろうかと思ってね」

「それで俺を雇ったんですか……?」

「君の噂が王国民の間で囁かれていたよ。作物が育たなかった土地を実るようにしてくれた。家や壊れた農具を直してくれたとかね」


 それは知らなかった。

 俺は確かに霊脈の調整で王国内を駆け回っていることが多かった。

 その時に確かに、立ち寄った村の家や農具の修理とかもやったことがあったけど。


「でも、なぜ王族である閣下がそんなことを知っているんだ?」


 俺の噂が本当にあったとしても、庶民の間に流れている噂を王族であるこの人がどうやって耳にしたというのか。


「簡単な話だよ、私は遊び人で日夜王宮の外、城下に出て、国内を渡り歩いていたからね?」


 茶目っ気たっぷりにそう言われてしまった。

 遊び人かどうかは置いておくとして、城下に出ていたならそう言った噂を耳にしてもおかしくないか。


「でも、俺がしたことは、たったそれだけだぞ?」

「開拓地にはもれなく欲しい能力だよ」


 そう言われると、俺の能力は開拓中の領地でなら活躍できるかもしれない。むしろ、適役か。

 作物が育たないのだって霊脈の整備がされていないからだろうし。


 俺には派手な魔法はない。

 地味な魔法ばかりだけど、人の生活を支えることができるんだ。


「理由は分かったけど……なんで閣下はこの土地をもらったんだ?」


 正直、こんな手間のかかる領地をもらっても嬉しくないだろうに、俺の前にいる人はもらっていた。

 むしろこの領地を彼に押し付け、王都から追放し、辺境の地に追いやることが第二王子派の狙いだったんじゃないかと思う。


 レイナルド閣下は先の戦争の英雄だ。

 今まで王位に興味もない放蕩王子だったが、戦争での活躍もあって兵士や民衆に人気が出ていた。

 庶民の一部にはレイナルド閣下の即位を望む声が出たのも当然だろう。


 なにせ第二王子のユリアン陛下は戦争時は王宮に引きこもり、何もしなかったのだから。

 王族なんてそんなものだと思うが、体を張って前線で戦った人と比べたら、断然レイナルド閣下のほうが選ばれるだろう。


 その声を抑えるためにレイナルド閣下に褒賞として公爵の爵位と領地をあげたと見える。

 しかしそれにしては、土地のほうが粗大ゴミすぎると思うのだが、これをレイナルド閣下は異を唱えることなくもらっていた。

 当の本人が異を唱えないものだから、支持者は文句を言えなかった。

 最終的にうつけ者の変わり者だから、その土地をもらったんだろうという認識をされていた。


「私は欲しかったんだよ。自由にできる場所を。その場所がもらえるならどこだって構わなかったんだ」

「それなら王位を次いでしまえばよかったんじゃないのか? お前が王になれば自由に変えられただろ」

「……私は王にはなれない人間だよ」


 なんだろうか、この感じ。

 なんとも言えない、どうしようもない。

 閣下の今の言葉はそんな風に感じられた。


「ところでロシュはリードレフ駐屯地にいたのだろう? そこまで敵軍に入り込まれた時があったが、その時もいたのかい?」


 なんだか、話題を逸らされた。

 少し気になったがこの話題には深く踏み込んではいけないようだ。

 俺は次の話題に答えることにした。


 リードレフはリーラ王国の西にある地域だ。

 戦時中は隣国であるキーゼン公国と争っていたから、後方支援の兵站基地がそこにあった。


 前線からは離れていたし、なかなか攻め入られない場所にあったのだが、一度だけ少数の敵部隊が入り込み、この拠点を襲ってきたことがあった。

 レイナルド閣下はその時のことを言っているのだろう。


「あったな、そんなことが。その時も俺はいたが――」


 言葉の続きを言う前に、馬車が大きく揺れた。

 この道はそこまで整備されていなくて道がガタガタなんだ。

 だから時折揺れていたが、ここまで大きいのは初めてだった。


「――警戒せよ! 右に狼の群れあり!」


 騎士の大きな声が馬車の外から聞こえてきた。

 どうやら馬車が揺れた原因は、急停止したからだったらしい。


 思わず窓の外を見れば、平地の向こうに土煙をあげながらこちらに向かってくる狼の群れが確かにあった。

 いや、よく見たら狼の背には緑の小人が乗っている?


「あれはゴブリンライダーか?」


 ゴブリンなんて図鑑でしか見たことがなかったが、特徴が同じだからそうだろう。


 ……現代において魔物という存在は全体的に減少傾向にある。

 それは旧大陸戦争時代に魔導兵器を作るための魔晶石目当てに乱獲されたのが始まりだ。

 技術の向上による駆除のしやすさも拍車をかけただろうな。


 だから大型の野生魔物は殆ど絶滅しているし、小型の魔物に至るまで狩られていた。

 人間のやることは時にえげつないな。


 その中でゴブリンというのはろくに魔晶石も採れないから家畜にする価値もなく、放っておくと人間に害をなす厄介な存在として、大陸全域で駆除が勧められていた。


 その駆除活躍の甲斐もあって現代では滅多に見られない種族だ。

 いるとしたらこういう辺境の地か、ダンジョンくらいだろう。


「第一部隊は荷馬車を守れ! ヴェルナーはここの指揮を!」

「ハッ、了解しました!」


 すぐに馬車から飛び降りながら、命令を飛ばすレイナルド閣下。

 荷馬車にはデモニアに必要な物資が山と積まれていた。

 食料や武器や農具などなど、ついでに俺の荷物。

 開拓するために必要なこれらを取られるわけにはいかないのだ。


「第ニ部隊は私に続け!」


 おっさんの騎士……ヴェルナーさんから閣下は白馬と武器を受け取った。

 その武器は閣下の背よりも長い槍。

 先端には斧のような刃がついているから、ハルバードというのが正しいか。


 そして白馬だが、この国で白馬に乗っていい人間というのは限られている。


 なにせ国章がペガサスの国だ。

 リーラ王国の王族は昔、ペガサスに乗っていたとされている。

 今はもうペガサスはいないが、白馬はペガサスに近い存在だ。

 故に、白馬に乗れるのは王族の血筋を引くものに限られている。


 白馬に乗ったレイナルド閣下は、半数ほどの騎兵を連れて、ゴブリンライダーの一団に飛び出していった。


 一列に並んだ騎兵は徐々に横に広がりながら、ゴブリンたちを包囲していく。


 ゴブリンたちも粗末な木の槍を向けながら応戦する。

 どちらが有利かと言われれば、騎士たちのほうが有利だった。


 ゴブリンたちでは馬上にいる兵士は高く狙いづらいようだ。

 そして騎士たちは動きが熟練している。

 馬上から的確にゴブリンを狙って槍を突き刺していた。


「天の裁きを此処に。我が声に応え、轟き走れ。悪しきものを貫く雷鳴よ――ライトニング!」


 淀みない怜悧な声が響いたかと思えば、白い雷がゴブリンたちに落ちた。

 レイナルド閣下の魔法だ。瞳の色の通りに、雷属性の魔法を自在に操っている。

 あの力を使って戦争を勝利に導いたのだろう。


 ――だが。


「くっ……威力が低かったか!」


 雷を喰らったゴブリンたちは狼から地面に落ちたが、まだ死んではいなかった。

 カバーするように閣下はハルバードで首を落としていくが、その横顔に焦りが見える。


「……あの武器でもダメでしたか」

「ダメってことは、やっぱり閣下の力にハルバードが耐えてないんだな」


 馬車の近くに待機していたヴァルナーさんに俺はそう聞いた。


 英雄と呼ばれたあのレイナルド閣下の魔法にしては、威力が低すぎたのだ。

 それにレイナルド閣下は仕切りにハルバードの状態を気にしている。


 考えられる可能性としては、魔導具が合ってない。


「さすがロシュ殿ですね。レイナルド様の魔法の威力は強いのですが、その威力に耐えられる武器に今のところあったことがありません。ギリギリで使えていた武器は先の戦争で壊れてしまいました」


 魔導士が魔法を使うには魔導具が必要だ。

 それは杖だったり、箒だったり、剣だったり、人によって様々だ。


 そんな魔導具だが、魔力が強い人が使うと魔導具がその魔力に耐え切れず壊れることがある。


 今のレイナルド閣下はまさにそれだった。

 ハルバードの耐久性が低いから、壊れないように慎重になってしまい、結果的に魔法の威力が下がってしまったのだ。


 レイナルド閣下ほどの魔導士ならこのゴブリンたちも全て倒せるだろうが、全力を出せない今の状態だと難しいようだ。


 それに前線に出ている騎士は30人。

 対してゴブリンたちの数は減らされた今も50は超えている。


 いくら彼らが優秀だろうと数の差は覆せない。

 騎士たちはうまく立ち回っているが、ゴブリンたちに囲まれて馬上から引きずり下ろされたら終わりだ。


 英雄と言われたレイナルド閣下がいるから俺の出る幕はないと思ったが……やっぱり手伝うか。


「ロシュ殿、何をなさっているのですか?」

「何って俺もちょっと手伝おうと思って」


 止めようとするヴェルナーさんの姿を視界の端に映しながら、俺は馬車から降りて前に出る。


「後から無能だと言われてクビにされるのは嫌なんだ。だったら少しは俺が有能だとアピールしとかないといけないだろ?」


 そう言いながら、俺はポケットから黒の手袋を取り出して付けた。

 ぴっちりと俺の手にはまった黒の手袋を眺める。

 黒地に金色の幾何学模様が刺繍されたデザインだ。


 ……この魔導具を堂々と使うのは初めてだな。

 宮廷魔導士の矜持に反するとして、ドミニク団長から使用禁止を言い渡されていたものだった。


 今は宮廷魔導士じゃない。だから使ったっていいだろう。

 もしやめろと言われたら、俺はここでは働かない。


 俺はしゃがみ込み、手を地面に付ける。


「――《接続開始(アクセス)》」


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