10:獣人族
「リタ、意見があるなら聞こうか」
レイナティア閣下がそう聞き返す。
この広場全員の視線が集まる中、リタと呼ばれた少女は臆することなく、堂々した態度のまま答えた。
「団長は、彼を騎士団の仲間として連れてきたのですよね? でも、はっきり言って魔導士の奴らなんて信用できません。しかも、そいつは宮廷魔導士だったらしいじゃないですか。団長だって、前回の戦争であいつらの振る舞いを見ていたでしょう? 味方がいるのに前線にばかすか攻撃魔法撃ちまくるわ、そのくせ当たったとしても、魔導士以外を見下しているから、全然気にしもしない謝りもしなかったじゃないですか」
リタが同意を求めるように周りを見渡せば、確かに他の騎士たちも頷いていた。
……なるほど。彼女がどうして俺を嫌うのか、理由も分かった。俺が魔導士だからだ。
魔導士というのは他の人に比べて特別だ。
特別な存在なら、何をしてもいい。そう思う魔導士がいても不思議じゃない。
実際、そういう魔導士はいくつも見てきたし、宮廷魔導士の連中はその手の人間しかいないだろう。
その魔導士の振る舞いもあって、魔導士以外の人からは結構煙たがられていることもある。
たぶん、やっかみもあるんだろう。
「魔導士は信用できないなら、私もそうなるな?」
「団長はもちろん例外です」
「なら、ロシュも例外だ。彼は信用できる。私が保証しよう」
「でも……!」
「それに、昨日のポーションも彼が用意してくれたのだぞ?」
「えっ……そうだったんですか……!」
驚いたように俺のほうを見るリタ。
「そ、それに関しては確かに感謝できます。私もお世話になりましたから。……でもそれは我々を信頼させて騙すためにわざとやったことかもしれません……!」
しっぽの毛も逆立て、ガルルと唸りながらこちらを見てくるリタ。
これは……ずいぶんと魔導士を嫌っている様子だな。
彼女とは打ち解けられそうにもないかもしれな――。
「どうしてもっていうなら、影の英雄さまを連れてきてくださいよ! あのお方なら信用できます!」
「……へっ」
思わず声が出てしまった。ちょっと影の英雄って……俺じゃないか?
「ほう? なぜ彼ならいいんだ?」
「あっっっったりまえじゃないですか!! 魔導士でありながら、前線の兵士のために動いてくれた人ですよ! 彼のお陰で前線での死亡率が下がって、負傷兵もあまり出ずに済んだんです! 私だってあの時、彼が作ってくれたポーションがなかったら死んでいたかもしれないんです!! はぁ……影の英雄様、どこにいらっしゃるのでしょう?」
リタがうっとりとした表情をしている。その様子は恋する乙女といっていい。
影の英雄……。いや、きっと彼女が言っている英雄は俺じゃないはず……。
いやでも、ポーションは覚えがあるし……。
どうしよう、ここで名乗り出たら彼女のあのまだ見ぬ英雄に夢を見る乙女の表情を崩してしまいそうなんだがっ!?
「言ってなかったな。ロシュがそうだ」
「えっ……?」
「あっ、ちょっと閣下!!」
「だから、ロシュこそが影の英雄だ」
「……ロシュが?」
ほら、夢を打ち砕かれたような表情してるじゃないか!
やっぱり影の英雄に対して、まるで閣下みたいな、白馬の王子様のような想像をしてたんだろうなぁ!
本当に悪いな、地味な俺みたいなやつで……。
いや、影の英雄といわれているのだから、地味な見た目でもいいのかもしれないし、もしかたらワンチャンそういう方向で考えていたかもしれない。
「……うそだ」
あっ、ワンチャンはなかったようだ……。
「すみません……その影の英雄、どうやら俺みたいです」
「えっ……えっ……ええええええええぇぇぇぇぇええええぇぇええ!!!???」
◆◇◆◇
「先程は無礼なことをしてしまい、申し訳ありませんでしたああああああああ!!!!」
朝礼が終わったら後、リタは俺の方にすっ飛んできて謝りに来た。
俺に向かって頭も尻尾も下げている。
「まさかロシュさまがあの影の英雄さまだったなんて思わなくて……」
「いや、うん……俺も自分が英雄って呼ばれてるのはこの前知ったばかりだし、別に気にしなくていいよ」
言われている本人も気づかないほどに影だったんだ。気づかないのも仕方ない。
「魔導士に対して信用できないのも分かる。獣人は特にそうだろうからな」
「よくお気づきで……!」
「そりゃぁ、奴隷契約があるからな……」
魔導士はただでさえ、他の人から疎まれるものだが、獣人族は特に嫌っているだろう。
それというのも、獣人族の生まれにまで遡ることになる。
獣人族とは旧大戦時代に作られた人造生物兵器の一種だ。
旧大戦時代は動物や魔物をかけ合わせた合成獣を作り出しては、戦争に兵器として運用していたようだ。
だが、所詮は獣。人間の指示など、まともに聞くわけがない。
もしも、人間の指示を忠実に聞き、かつ人間よりも上回った力を持つ存在がいれば、戦争を有利にできるだろう。
その考えに行き着くのは当然で、そして過去の魔導士たちは実際にやってしまったのだ。
戦争終盤にはついに人間と動物をかけ合わせて作り出してしまった。それが獣人である。
獣由来の驚異的な身体能力を持ち、そして人間でもあるので、指示も理解できる。
実に素晴らしい理想の生物兵器だな。人道的にはクソだが。
まぁ昔の魔導士たちはさらに人道を外れていったがな。
獣人も人である以上は意志がある。
合成獣とは違った理由で、指示を聞かないということもあるだろう。
だから彼らはそのための奴隷契約の魔法を作り出した。
これは獣人専用の魔法で、獣人の遺伝子の中にはこの魔法に対応するための遺伝子情報が組み込まれている。
奴隷契約とは、簡単に行ってしまえば契約者の命令には絶対服従をするという魔法をかけられるのだ。
獣人を生み出す魔法自体は失われてしまったけど、契約魔法のほうは残っていて、そんなに複雑でもないので、魔導士なら誰でも扱えるものだ。
だから、獣人は魔導士を嫌うのだ。
大昔に彼らを生み出した存在であり、奴隷兵器として扱うことができるのだから。
「まぁ、俺はそんなことしないさ。……そもそもすでに契約しているみたいだし」
ちなみに現代においては、一部の国は獣人の人権を認め、奴隷化を禁止している。
獣人であり、生体兵器という生まれからか、人権はあっても忌み嫌う人というのはいるけどな……。
一応、我がリーラ王国でも禁止されている。
だから、奴隷契約魔法を使うと俺が捕まるだろう。それにすでに契約済みの場合は無理である。
リタの首をよく見れば、契約の証である黒いチョーカーのような痣がある。
違法な奴隷化から獣人を守るために、わざと彼らと契約することもあるから、そういうのだろう。
すでに契約を結んでいる場合は、新しい契約を結ぶことができないんだ。
「彼らの今の契約者は私だ」
答えたのはレイナティア閣下だった。
「今の……ということは前は違っただな」
「ここにいる獣人たちは前の戦争で、敵国から保護した者たちだ。……彼らは隣国の、元奴隷兵だったんだよ」
「そうだったのか」
それなら余計に俺のような魔導士なんて警戒もするな。
隣国のキーゼル公国は現代でも獣人を奴隷として扱い、そのように運用している。
リタたちの元契約者の魔導士は、戦争の最中で閣下に首を撥ねられたそうだ。
契約者が死ぬと契約は解除されるからな。閣下はその場で彼らと契約し直したらしい。
「前に閣下が獣人を迎え入れたという話は聞いたことがあったが、彼らのことだったんだな」
その時、人権保護を訴える人たちが閣下のことを批判していたのを覚えている。
保護を理由に契約したとその時も説明していたはずだ。
だけど、それならどうして騎士団に彼らが入っているのか、という点が疑問視されていた。
「あぁ。だけど、断じて本当は彼らを兵士にするつもりはなかったんだ。私は自由にしろと命令したんだが……」
「自由にしろと言われたから、私たちは団長の兵士になることにしたのです! 自分たちを開放してくれた閣下への恩返しのために!」
ビシっと敬礼しながらリタが答えてくれた。なるほど、真相はこういうことらしい。
「なるほどな。……実は俺も閣下に救ってもらったような者だ。俺も閣下に恩返ししたくてここにいる。改めて、これからよろしくな」
「はい! よろしくお願いします、影の英雄さま!」
「……それはやめてくれ」
「では、ロシュさまとお呼びしますね!」
影の英雄とはあまり言わないでほしいところだ。本当は違うかもしれないからさ……。
あれ? でも、本当に影の英雄じゃなかったら俺はどうなるんだ?
閣下は俺が影の英雄だって信じ切っているようだけど……そうじゃなかったら?
……着ているローブの重みが増えた気がした。
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