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■6.そして会戦へ。(前)

「第13狙撃兵師団の独力では突破出来ないのか?」


 エルマ村の大敗から十数時間後、パナジャルス王国攻略を担当する民主共和国連邦軍第6軍司令部では、軍参謀らが今後の対応を協議していた。

 彼らは王国軍が新式装備を整えていると知っても特に慌てることはなかった。戦略的な優位は一戦闘における敗北や、戦術的失敗で覆るものではない。戦場における将兵の勇気や優秀な兵器が戦局を転覆させうる時代ではもうないのである。戦う前に勝敗が決まっているのが現代戦、というのが軍参謀達の感覚であった。そして此度の戦争、勝利者は当然ながら国力に優る民主共和国連邦側であろう。


「師団司令部からの報告ですが、エルマ村に布陣する敵の規模は連隊ないし旅団規模とのことですが」


 軍参謀らは劣等種から奪い取った古城の食堂で、食事に舌鼓を打ちながら悠然、話し合いを進めていく。


「それは嘘だな。敗北を喫した前線部隊は、自らが対戦した相手の陣容を過大に評価して報告する傾向がある。面子を守るためだ」


「成程。では敵の実際はおそらく2個中隊程度であろう。出血を恐れなければ、第13狙撃兵師団独力で抜ける」


「しかし、第13狙撃兵師団司令部は増援の催促をしてきています。いかがしましょうか」


 生真面目な情報部長の言葉に、他のスタッフ達の食事の手が止まった。


 新たに割ける戦力はないと、作戦部長は言った。

 実際そうであった。第6軍は4個狙撃兵師団(第8・13・23・133師団)を主力とするが、第13狙撃兵師団のほかは占領地域の安定を目的として、後方に配置している。劣等種を効率よく駆除するため捕虜を収容所への護送、未だに森林や山岳地帯に潜む抵抗勢力に対する備えには、どうしても彼らが必要であった。

 第13狙撃兵師団は甘えているのだ、と言う作戦参謀も現れた。


「ここのところ一方的な勝利が続いたせいで、どうも勘違いしている者もいるようだが、戦争に勝利するためには刺し違えてでも任務を達成しようという覚悟が必要なのだ。それなのに少々苦戦した、1個連隊による攻撃が失敗した程度で軍司令部にすぐさま泣きついてくるようでは困る」


 この義務を果たさんとする責任感が薄いのではないか、という指摘に多くの軍参謀は頷き、その場は増援不要という意見が支配的になったかのように思われた。


「みなさんの意見は、よくわかりました」


 ここで初めてヴェゴリ第6軍司令官が口を開き、軍参謀達の注目を集めた。

 ちなみに、この歳の割に恰幅のいい老年の将官は、まったく部下達の意見を聞いていない。部下に気を遣わせないように、食事のペースに全集中力を費やしていたからである。早過ぎても駄目、遅すぎてもいけない、彼にとってはこちらの方が難しい仕事だった。


「第8狙撃兵師団をエルマ村攻略に差し向けましょう。我が軍の指揮下にあるゴーレム部隊、砲兵部隊も同様です。後方地域の安定を無視してでも、パナジャルス王国領への突破口、エルマ村を奪りにいきます」


「か、閣下――」


「我々が第13狙撃兵師団に苛立つように……」ヴェゴリ軍司令官は、参謀達に対して諭すように言葉を続けた。「そろそろ民人社(民主主義人類社会前進党)の方々も、我が軍に猜疑の目を向ける頃」


 軍参謀達は思わず、互いに目を見合わせた。


「攻撃計画の遅れは、未だ誤差の範疇。党が口を出してくることはないと思いますが」


「そこは遅かれ早かれ、ではないでしょうか。第13狙撃兵師団がこのままいつまでも足踏みをする可能性は十分にある。それに対して私達は特に手を打つことなく、眺めているわけにはいかないとは思いませんか。指揮系統の複雑化を防ぐため、軍司令部は独立性を保っていますが、派遣委員が監督のために司令部へやって来る可能性は十分に考えられます」


 確かに第13狙撃兵師団の攻勢挫折は、他人事ではない。下手をすれば党への忠誠を疑われ、粛清の憂き目に遭う可能性も否定は出来なかった。自らの身を運命を、第13狙撃兵師団のみに任せてはおけない。

 というわけで第6軍司令部の方針は決定した。

 出来得る限りの戦力を掻き集めて、エルマ村を突破する。




 さて。エルマ村から遥か西方――パナジャルス王国の王都でも、国王と国王を補佐する内閣による緊急閣議が開かれていた。華美を極めた豪奢な議場。パナジャルス王国内で絶大な権力を有する諸侯達は、閣議の初っ端から騒々しかった。民主共和国連邦に対する恐怖心がそうさせるのではない。むしろ彼らはまるで祭典でも迎えるかのような雰囲気で、この議場に存在していた。


「諸侯連合の先陣は、我が隊にお任せください。先の平定戦の折、先鋒は常に我らが務めて参りました。物事には先例というものがございます」


 民主共和国連邦軍、王国辺境に迫る――その報に触れた王国の諸侯達ははやった。端的に言えば、彼らは民主共和国連邦軍を舐めている。所詮、敵は身体能力に秀でた特徴のない人類種主力の軍であり、弱敵であろうと思いこんでいるのだ。平和に退屈していた諸侯達は、手柄を立てる好機だとしか考えていなかった。

 で、あるから閣議は、戦争に勝利するための戦略的な議論ではなく、閣僚として参加している諸侯の誰が(諸侯軍の寄せ集めである)王国軍の指揮を執るか、また先陣を務めるかという面子が絡む権力闘争的な趣が強い議論から始まってしまった。


(この危急のときに、先陣争い……戦国時代ではないのだぞ)


 議場の末席には、国王直轄軍に協力している王国軍教導団の司令官・桜木征治郎と、GHQ軍備縮小局のケンドリック陸軍中佐も通訳とともに参加していたが、現在のところ話を振られることはもないし、ふたりして退屈を押し隠してそこにいるしかなかった。

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