■23.じりじり、じりじりと。
しかしながら王国軍教導団の奮闘も容易に敵を撃退し、その攻勢を決定的に挫折させうるものではない。
前進陣地に突入したT-34が炎上し、また連邦軍兵士が放った照明弾が九七式中戦車や陣地の一部を照らし出す。すると生き残っていた数輌のT-34が戦意を取り戻して反撃を再開した。彼の戦車砲は旧式ではあるが、それでも76㎜戦車砲だ。
「あっ!」
味方陣地の中でパッと火花が散ったのを、複数人の教導歩兵が目撃した。戦車壕に車体を隠していたチハ車の砲塔が、後方に破片を撒き散らした。敵徹甲弾が砲塔右側面を掠め、これを抉ったのである。
猛然、教導歩兵と中戦車も反撃する。撃破されたT-34が吐き続ける炎と、発射された新たな照明弾によって照らし出された巨大な影へ、47㎜徹甲弾や57㎜榴弾が集中する。鋼鉄と鋼鉄が衝突して生じる金属音が、数秒の内に2、3回鳴り響く。さらに続出する直撃弾。が、いずれも無慈悲に弾かれる。
爆音とともに砲塔の天蓋がぶち上がった。チハ車のそれである。炎を曳きながら宙を舞うと、重力に囚われて地面に突き刺さった。
「アカの戦車なんか吹っ飛ばしてやる!」
ひとりの勇敢な兵士は対戦車地雷を抱えて陣地を飛び出そうとしたが、周囲が慌てて止めた。敵戦車の機銃も危険だが、なにより随伴歩兵が接近しつつあった。被撃破車輛を遮蔽として前進して来たのである。いま肉薄攻撃を仕掛けようとすれば、無数の小銃弾を浴びることになるだろう。
「突撃! 突撃!」
「吶喊してくるぞ、薙ぎ払え――」
停車して射撃を継続していたT-34が速射砲の連射を浴びた上、九七式中戦車が放った一弾を受けて爆発炎上する。その脇を中隊規模の敵歩兵が突進する。1秒後、最先頭の歩兵は下半身だけになって走っていた。上半身は後方へ吹き飛び、大腸が腰の上から零れ落ちる。続けて腰から下も後方へ転倒した。
「あ゛ああああああ!」
意味をなさない叫び声を上げながら突撃する敵歩兵は、1門の20㎜対空機関砲と複数丁の機関銃が吐き出す火力の奔流に逆らって進んだ。進みながら、肉片になった。数分で彼らは前進を挫折し、這いつくばって進み始めた。そこに八九式擲弾が次々と撃ち込まれ、みなことごとく敗死した。
民主共和国連邦軍が爆撃機を運用していることから、対空防御(と気休め)のために配備された20㎜対空機関砲は、猛威を振るった。向かって来る敵歩兵のことごとくを破壊し、生き残った者に血肉のシャワーを供して、彼らの戦意を奪った。1分間に100発以上発射可能な上、高度3000mまで20㎜弾を送り込むパワーを有するこの火砲の前に生身の人間が立つなど、あってはならないことであった。
土を蹴立てながら4輌のT-34が随伴歩兵と歩調を合わせて前進して来たが、これもまた教導団側の激しい火力投射によって身動きがとれなくなった。T-34自体はその傾斜装甲で砲弾を弾いてしまうが、歩兵達の方はどうにもならない。76㎜戦車砲を搭載した砲塔が旋回し、火点を潰そうと躍起になったが狙いが甘い。T-34も2輌が炎上すると、攻撃を諦めたのか戦車・歩兵ともども後退を開始した。
ただし撃退に成功した教導団側も、損害を払っている。活躍していた20㎜対空機関砲は敵戦車が放った榴弾を至近距離に受け、砲操作要員が重傷を負ったため、しばらく沈黙。さらに1輌の九七式中戦車が砲塔下部に直撃弾を受け、戦闘不能となった。
敵戦車と歩兵が一時的に退いたとはいえ、勝利には程遠かった。空が白み始める頃、民主共和国連邦軍第13狙撃兵師団を援護する野戦砲の激しい砲撃が、王国軍教導団側の前進陣地・警戒陣地を叩いた。
実は攻撃開始前にも彼らは支援砲撃を実施していたのだが、これは前進陣地・警戒陣地を目標にはしておらず(そもそも存在を知らなかった)、エルマ村目掛けた砲撃であった。彼らは戦車部隊が前進陣地にぶつかり苦戦中である旨を聞いて、初めて前進陣地・警戒陣地の存在を知ったのである。そこから慌てて攻撃先を変更したために、有効となる支援砲撃もまた自然、遅延した。
しかしながら始まってみるとこの支援砲撃は、王国軍教導団にとってかなりの脅威となった。民主共和国連邦軍第6軍は152㎜重榴弾砲を展開させており、不動の前進陣地・警戒陣地に巨弾を降らせた。防御側の教導歩兵らとしてはじっと耐えるか、あるいは貧弱な陣地の一部からの撤収を決めざるをえなかった。
容赦ない曳火射撃。空中炸裂した砲弾の撒き散らす破片の雨が、簡易的な掩体壕と中戦車らに降り注ぐ。続けて正確な観測射撃が、幾つかの火点を破壊した。
「この砲撃のなか来るか!」
これ幸いと2輌のT-34が機銃を連射しながら、随伴歩兵とともに再び前進を開始した。が、50メートルも進まない間に、狙いが外れた152㎜榴弾がT-34の背面を直撃し、爆風と破片を以て随伴歩兵を殺傷せしめた。当然、直撃弾を受けたT-34も廃車同然。背中から朦朦と煙を噴き上げたかと思うと、炎を吐き出して爆発した。
さらに砲撃は続く。が、教導歩兵達は前述の通り、一部の陣地を放棄し、より頑丈な有蓋の陣地へ後退しつつ、迫り来る敵戦車と随伴歩兵に対して反撃を継続した。
勿論彼らには勝算があった。航空優勢は我にある。朝日が昇れば、友軍機が敵を懲らしめてくれるのだから持久すればよい。
逆に言えば民主共和国連邦軍第6軍側は、太陽が昇りきる前に敵陣地に突入し、彼我混淆の状態を生み出して、航空攻撃を封じなければならなかった。砲兵陣地も敵航空機の目をかわすために、再び擬装を施して沈黙せざるをえない。
「敵が動きます。我が陣地の側面――北側に向けて前進中」
「我の側面を奪い、迂回路を確保する腹積もりか?」
戦車隊を前に押し立てた正面突破がうまくいかないと見たか、第13狙撃兵師団の一部は前進・警戒陣地を迂回するため、陣地北側へ歩を進めた。
そこは、すでに山地である。
途端に激しい銃撃戦が生起した。第13狙撃兵師団が送り込んだ先遣の1個中隊を、守備のために配置されていた教導歩兵・ジッキンゲン公爵軍選抜兵が迎え撃ったのである。
灰と炎、そして土の臭いが入り混じった空気を吸いこみながら、斜面を登り始めた連邦軍兵士は、高所から散々に撃ちかけられた。
頭数は少ない教導歩兵だが機関銃複数丁、擲弾筒や迫撃砲も山中へ運び込んでいたため、火力では劣らない。さらにジッキンゲン公爵軍から優秀な兵士を集め、速成教育を施した選抜兵達が活躍した。彼らは勇敢で近距離での交戦を厭わず、使い慣れたマスケット銃と供与された手榴弾を武器に、複数回に渡って襲撃を仕掛けた。また脚の強い農耕馬により兵員の円滑な移動を助け、機関銃弾・迫撃砲弾の運搬を担い、円滑な反撃に寄与した。
ところが攻め手と言えば、唯一の切り札とも言えるT-34中戦車を投入出来ず、じりじりと登攀しながらひとり、またひとりと山々の肥料に変わっていった。




