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■19.A旗翻る艦隊戦。(後)

 太陽が西へ傾きかけた頃、北都湾北方沖にて民主共和国連邦海軍パナジャルス方面艦隊と、パナジャルス王国海軍・王国軍教導団海軍部の間に決戦が生起した。

 民主共和国連邦海軍パナジャルス方面艦隊は装甲艦13隻(生存者救助を終えた2隻が、航空攻撃を受けて足止めを受けた本体に後から合流済)を以て、北都湾蹂躙を図った。その陣形に関しては、先の肉薄雷撃と航空攻撃を受けて単縦陣から改めていた。先行艦隊と本隊に艦隊を二分し、先行艦隊は回避を優先しつつ、北都湾の西側に布陣させる。これは艦隊戦の途中で敵艦隊が西方へ離脱することを許さないためであった。敵が北都湾を見棄てるとは到底思えないが、万が一に備えての配置である。

 一方のパナジャルス王国海軍・王国軍教導団海軍部は、少しでも戦力差を埋めるべく沿岸砲台の射程圏内で迎え撃つことを決めた。とはいえ北都湾には有力な要塞が築かれているわけでもなく、パナジャルス王国海軍所属の艦船性能と言えば敵装甲艦と比べるべくもない。

 こうした地上砲台やパナジャルス王国の艦船に敵装甲艦を阻止する能力はなく、港外に打って出た巡洋艦『酒匂』・駆逐艦『春月』・『雪風』、港口にて警戒にあたる巡洋艦『鹿島』が、実質的な主戦力であった。


「おーっ来た来た」


 海上決戦は衆目の中で始まった。艦隊勤務ではないパナジャルス王国海軍関係者や、漁民、港湾労働者が陸地から、あるいは小舟に乗っておそらく世界初になるであろう装甲艦同士の白昼海戦を、見届けようとしていたのである。歴史の生き証人になってやろう、生命は惜しくない、というのがこのパナジャルス王国の海の男達の心情であった。


「艦隊を二分した理由は分からんが、好都合だ」


 先手を取ったのは武器射程と速度で優る王国軍教導団側だった。港湾北側を大きく迂回して、北都湾北方沖を横切るような形で港湾西側へ移動中の敵先行艦隊に食らいついたのである。指揮を執る元・海軍中将の男は、千載一遇の好機であると周囲を鼓舞した。わざわざ敵が戦力分散の愚を犯してくれているのだ。これに乗じないはない。

 もはや小細工なし。『酒匂』・『春月』・『雪風』の3隻は、高速でこの先行艦隊に突進した。最初に発砲を開始したのは、『酒匂』の前部砲塔・15.2cm連装砲2基4門である。猛然と噴き出された火焔とともに飛び出した砲弾は、敵艦隊の手前に落着した。白い水柱が立ち上がる。その海水のカーテンの向こう側から、敵装甲艦もまたドッと砲撃を開始した。

 敵装甲艦の主砲は概ね30㎝砲であるが、敵艦砲が旧式のため彼我に射程の優劣はない。


 火箭かせんを以て何合か射合いあった末、先に命中弾を得たのもまた王国軍教導団側であった。『酒匂』が放った一弾が敵先頭艦『シンバード』の主砲塔に命中。彼女が誇る300㎜主砲塔前面装甲は、『酒匂』渾身の一撃を軽々撥ね退けたが、被弾時の衝撃は艦内構造物と乗組員達の心理を揺るがした。

 続けて『酒匂』・『春月』・『雪風』の射弾が次々と『シンバード』を襲った。砲弾の直撃に煙突が砕けてパラパラと破片を甲板上へばら撒き、さらに高角砲が後部甲板に積まれていた船艇を直撃して粉微塵こなみじんにした。さらに『シンバード』にとって不運だったのは、15.2cm単装副砲の1門に『春月』が放った10㎝高角砲弾が直撃し、爆発炎上したことであった。


「火災発生――」


 前述の通り、民主共和国連邦軍海軍はこれまで無敵であった。あらゆる敵の射撃をその重装甲によって無力化し、遠方から巨砲を以て粉砕してきた。故に、被弾時の対応が遅かった。実戦を経験している乗組員でも深刻な被害と正対したことなどなかったし、海軍組織自体もダメージコントロールの研究に力を入れてこなかった。そのツケが、この瞬間に一気に回ってきた。

 火災は瞬く間に広がり、副砲の近傍に存在していた装薬を呑み込むと、いよいよ火勢は増した。これは『シンバード』にとっての致命傷にはならなかったものの、副砲周辺を襲ったこの業火は、多数の砲操作要員を焼死せしめた。

 むしろ深刻であったのは、副砲に対する直撃弾発生の10秒後に飛来した15.2cm連装砲2弾がもたらした被害であった。この2発の徹甲弾は『シンバード』の艦体に僅か届かず、その手前で水面みなもを割って海中へ身を沈めた。そしてそのまま喫水線下の凶器――水中弾と化して、『シンバード』の艦体後部に突入した。当然ながら彼女の水中弾に対する備えは、ほとんど考えられていない。しかも最悪なことに、喫水線上の副砲火災が引き起こしたパニックと莫大な海水流入により、この水中弾による被害状況の報告が艦橋および司令塔にもたらされるのが遅れた。


「『シンバード』との距離が詰まり始めていますッ」


 異変に気づいたのは『シンバード』の後続艦である。明らかに先頭を往く『シンバード』は速力が鈍り始めていた。『シンバード』の乗組員自体が事態を把握した時にはもう遅く、推進器の一部が故障した上、浸水によって左舷に傾斜がつき始めている。


――我が『ローテファリン』に続け。


 浮き砲台としての価値はともかく、すでに先頭艦『シンバード』は撃破されたにも等しい。動きが鈍ったこのふねは、このあと間もなく雷撃を受けて沈むであろう。ろくな回避運動も望めまい。故に後続の装甲艦『ローテファリン』が艦隊を率いることとなった。このずんぐりとした装甲艦にもまた、自然と『酒匂』・『春月』・『雪風』の射撃が集中する。

 立ち上がりは王国軍教導団側の優勢。とはいえ白昼堂々の殴り合いだ。


「やられたッ――」


『春月』が水平方向の激しい震動に襲われた。火花と呼ぶには大き過ぎる火焔と、鋼鉄が宙に散る。次の瞬間には、射撃に備えていた後部甲板の連装高角砲1基が無残を晒していた。直撃した敵副砲弾が砲塔をぶち破り、内部で炸裂したのである。傍に居合わせた砲操作要員は即死し、その五体を空間に霧散させる。


「『春月』、被弾炎上」

「……」


 報告を受けた『酒匂』に座乗する元・海軍中将の男は、無言で頷いた。『酒匂』自体も手傷を負っていた。30㎝主砲弾の直撃を受けた後部マストは中途から上を切断されていたし、右舷側の装甲板も副砲弾2発に叩かれてその表面に凹凸を生んでいる。信管が敏感過ぎるのか、敵砲弾が装甲板をぶち抜く前に炸裂したのが救いであった。

『酒匂』・『春月』・『雪風』の側は、決定打に乏しい。

 彼我1万メートルを切り、さらに接近してから放った雷撃は精彩を欠いた。敵艦隊側も警戒を厳としていたらしく、最後尾の装甲艦1隻の撃破に留まった。一般的な感覚で言えば、この軽巡洋艦1隻・駆逐艦2隻の小艦隊で、重巡・戦艦クラスの価値を有する敵艦を2隻(『シンバード』と最後尾艦)撃破は大戦果だと言える。


(だが大戦果、では駄目なのだ)


 元・海軍中将の男は歯噛みした。いま求められているのは大戦果ではない。“奇跡”――つまり軽巡1・駆逐2の小艦隊で敵艦隊を完膚なきまでに叩き潰すことであった。焦燥が募る。港湾で待機している『鹿島』から、東方より敵艦隊がこちらへ接近しつつあることが通報された。合流はさせてはならない。


「もう間もなく、本隊が東方から来援する。勝ったな」


 一方の民主共和国連邦軍海軍パナジャルス方面艦隊の艦長らは、勝利を確信していた。敵も小艦艇ながら奮闘しただろう。が、晴天直下の水上決戦となれば、そう長くは戦えまい。装填速度が遅いこちらの主砲はなかなか命中しないが、無数に備えられている副砲は続々と命中弾を出している。あとは時間の問題であった。


(攻撃力と防御力で優っている以上、戦えば勝つのは当然の道理)


 装甲艦『ローテファリン』の艦長は、左右に「勝利は近いぞ」と豪語した。


 が、その優勢の状況下に水が差した。急に波が高くなり始め、装甲艦の動揺が若干だが増し始めた。異変、というにはあまりにも小さすぎるため、報告を受けたとき『ローテファリン』の艦長は「わかった」と頷くだけで終わらせた。

 その1分後、天地が分かれた。比喩ではない。


「左舷側後方、発光現象ッ――」


「味方艦が轟沈でもしたか!?」


 民主共和国連邦軍海軍の将兵は勿論、王国軍教導団側の人間も目を見張った。

 そのさまはまるで恒星の顕現であった。白い閃光が将兵の視野を埋め尽くし、大質量の青白せいびゃく――光輝こうきの塊が海面を押し退ける。空間が震動し、それは衝撃となってその場に居合わせた両陣営の艦艇を襲った。

 空間が、物質が、破壊されていく。

 そんな錯覚さえ『ローテファリン』艦長が覚えた瞬間、雄雄オオと咆哮が轟いた。

 残光を纏いながら、海上に黒鉄くろがねが滑り出た。排水量4万トン超の怪物。彼女はぼうとする人々を前にして、長大に過ぎる凶器――41㎝連装砲が旋回を開始する。前部砲塔はピタリと、その照準を『ローテファリン』に合わせた。

 装甲艦『ローテファリン』は、消滅した。天地揺るがす轟音とともに弾き出された砲弾は、初弾から見事に命中。41cm砲弾は艦中央部を食い破り、その内部で自身の内包する破壊力を発揮した。後に残ったのは前後に切断された鋼鉄の残骸のみである。


「新手の敵艦に攻撃を集中しろ!」


 残る装甲艦は思い出したように必死の砲撃を開始した。

 が、シャングリラ級大出力電源艦によりワープアウトしてきた16インチ主砲持ちの主力戦艦はこれを25ノット近い高速で躱した。また万が一、このとき30㎝砲弾が命中していたとしても、彼女が纏う装甲は容易くそれを弾き返したであろう。そしてこの世界ではまさしく最強の41cm連装砲と十数門の14㎝単装砲を以て、敵装甲艦を荼毘に付した。


「間に合った、のか」


『酒匂』艦橋が歓喜に沸き立つ中、元・海軍中将の男は蘇生する思いがした。


――“攻撃力と防御力で優っている以上、戦えば勝つのは当然の道理”。


 つまりこの世界の装甲艦が、戦艦『長門』に勝てる可能性は万に一つもなかった。

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