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■14.異界の帝国海軍。

 エルマ村から遥か西方に豊かな海の幸をもたらす北都湾はある。この海面は東西へ大きく張り出した岬によって外洋から守られているため一年を通して穏やかであり、養殖業が盛んな上、良港を提供する。故に海上貿易の一大拠点であり、またパナジャルス王国海軍の軍港が置かれていた。

 その異界の海にただ一隻、装甲した艦艇が遊弋している。

 排水量1万トン弱。海面を圧し潰してそこに存在する威容は、初めて姿を現したとき、北都湾を出入りする木造帆船の船員達の度肝を抜いた。と、同時にその艦艇の姿は奇異だが端麗な印象を彼らに与えた。


「あれが噂の『鳳翔』か」


 と、入港してきた漁船の船員達は囁き合う。

 帆はなく、櫂もない。そして砲もない。専ら航空ゴーレムを艦載し、海戦に臨む艦艇であるという話を聞いて彼らは一応納得したが、それでもやはり彼らには『鳳翔』――というよりも航空母艦という艦種を理解するところまでは及ばなかった。おそらく敵艦隊を捜索することを主任務とする補助艦艇なのだろう、というくらいの認識である。図体がデカいだけ、と軽口を叩く者もいた。

 過去には『鳳翔』も14cm単装砲を備えていたものの、戦時中の改装によって火器は25㎜機銃を初めとする対空機銃のみとなっていた。もしも『鳳翔』の乗組員達が異世界人達の話を聞いていたら、「終戦直前まで練習空母、対空砲台として瀬戸内海にいただけで本格的な海戦・航空戦には参加していなかったのだから、単装砲は撤去しなければよかった」と悔しがったことであろう。

 であるから、港湾労働者達は


「異世界人の主力になる戦列艦はいつ来るのやら」


 と、口々に言い合った。

 ちなみに噂では近々港湾の一角が封鎖され、“砲付き”が来るということになっていたが、未だにそれは実現していない。サークリッド公の強い指導の下、半年以上前から始まっていた港湾設備の強化はすでに完了しているため、北都湾自体はいつでも新たな鋼鉄製の艦艇を受け容れる準備が出来ていた。

 ここで北都湾の人々はひとつ、勘違いをしていた。

 異世界の水上艦艇は何も直接、この北都湾に出現するわけではない。


 北都湾の海空が、震えた。

 けたたましい汽笛とともにまず1隻の水上艦艇が、港口こうこうに出現した。すでに退避を終えて航路を空けていたパナジャルス王国海軍と諸侯軍の戦列艦が見守る中、静かに彼女は湾へ進入する。

 王国軍・諸侯軍将兵の第一印象は、やはり「デカい」であった。目測でも戦列艦の2倍近い全長があることはすぐに分かる。『鳳翔』同様、当然のように鋼鉄を纏っている。彼らからすると、流麗ささえ感じた『鳳翔』とは違い、何の用途に使うのか分からない構造物が多かった。そのためまず騒々しいという印象が残った。


 この艦艇の名は、巡洋艦『鹿島』である。この『鹿島』は公式には復員船として外洋航路についていることになっているが、実際には米海軍シャングリラ級大出力電源艦4隻によって太平洋上にて稼働する“転移海域”から、こうしてここ異界の海に戦装束で浮いていた。


「しかし、側面ではなく艦上に砲を備えるとはどういう了見か」


「王国軍教導団の陸戦ゴーレムを見学したことがある。あれは火砲が旋回する仕組みになっていた。艦砲も同様なのかもしれない」


 そんなことを人々が口々に話す中、2隻目が港湾内に波を蹴立ててその姿を現した。

 こちらは剣呑とした風情の艦艇である。前部と後部に巨大な砲塔を二基ずつ備えており、その外観から見た者誰もがほとばしる殺意を幻視した。10㎝連装高角砲4基・8門をトレードマークとする秋月型駆逐艦『春月』の入港である。

 そして最後に先の3艦『鳳翔』・『鹿島』・『春月』に比較すると、やや控えめの印象を受ける水上艦艇が入港してきた。十数隻建造された陽炎級駆逐艦の内、唯一終戦まで生き残った最後の一隻であった。


「これがいま我々の持ち得る全力か――」


 この新たな水上艦艇の入港を見ていたのは、パナジャルス王国の人間だけではない。

『鳳翔』の艦橋に立っていた元・海軍中将の男や、周囲の艦隊参謀や『鳳翔』乗組員もそうであった。


「帝国海軍の全力が、『鳳翔』筆頭にわずか4隻とは」


 元・海軍中将の男は現在こそ『鳳翔』に座乗しているが、元は水雷屋である。双眼鏡で水平線上に姿を現した懐かしい艦影を見やりながら、そう漏らした。左右に配慮し、無感情に言ったつもりだっただろうが、さすがに寂寥感はぬぐえなかった。


「まだ戦えるふねはございます」と、元・海軍中将の脇に立つ参謀が反応した。「準備が整えば、すぐにでも戦列に加えることが出来るでしょう」


 事実、そうであった。現在のところ、復員船に指定されていた巡洋艦『酒匂さかわ』や数隻の駆逐艦が、GHQ軍備縮小局の指導の下、ソ連や他の連合国の目を躱す偽装工作を終えている。

 だが一方で、戦艦や航空母艦といった主力となり得る艦艇に関しては、GHQ軍備縮小局の方からは何の音沙汰もなかった。

 このお寒い限りの戦力事情から、『鳳翔』艦内に設けられた王国軍教導団海軍部の参謀達の間では焦燥が高まりつつあった。実は民主共和国連邦軍海軍が近々攻勢に出るのではないか、という情報が集まってきているのである。

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