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■13.俺らは王国軍教導団に賭けてるわけじゃねえ――。

 この時期、死に物狂いになっていたのは異世界の教導団員ではなく、既知世界で元・帝国陸海軍人を王国軍教導団に勧誘していたGHQ軍備縮小局のスタッフ達であった。海外から引き揚げてきたばかりの下士官・兵に声をかけ、またリストを片手に日本全国を回り、津々浦々の元・帝国軍人を当たっていく。

 だがやはり、人集めは難航していた。

 まず引き揚げて来たばかりの復員者のほとんどは、もう戦争はこりごり、一秒でも早く支給された交通費で復員列車に乗って郷里に帰りたいという者が多数であった。やむなくGHQ軍備縮小局の人間は、すでに市井の生活に戻った者を勧誘すべく、都市部から農村に至るまで駆けずり回るほかない。他の占領軍に感づかれるわけにはいかないので、マスメディアの利用は出来ない。GHQ軍備縮小局が元・帝国陸海軍人をスタッフとして雇い入れているという話は、噂のレベルに留めなければならなかった。

 しかし、やはり元・応召兵達は拒否する者が圧倒的多数であった。郷里に帰ってみたら実家が焼失しており、生業も成り立たないという者や、都市部では配給が滞り家族の食事もままならないという者は少なくなかったが、それでももう一度戦地に行きたいという者は珍しかったのである。しかもそれが御国のためではなく、見ず知らずの他国に傭兵として出稼ぎに行くというのだから、抵抗を覚えるのは当然だった。

 半年以上駆けずり回っていると、流石のGHQ軍備縮小局の担当者達も疲弊してくる。その上、帝国陸海軍人の間で「GHQの人間が妙な動きをしている」と噂が立つようになってしまった。

 だがしかし、突破口は偶然に拓けた。重圧と焦燥が高まる中、王国軍教導団参加者の名前は漏らさないという規則があるにもかかわらず、ひとりの担当者がつい、とある元・将兵の名を口にしてしまったことが事態打開の糸口となった。


 さて、一方の王国軍教導団はと言えば、ジッキンゲン公爵軍と協同して後退してきた遊兵達の収容に努めていた。可能な限り救護を行い、西方へ後送する。中にはジッキンゲン公爵軍への参加を希望する者もおり、兵力は増強された。


「それで、俺達は何をすればいい」


 統制の取れているジッキンゲン公爵軍本隊が、遊兵の対応にあたる中、若城ら教導団の幹部と、傭兵ブラッドレイら公爵軍首脳部は今後の対応策を協議していた。天幕内で持たれたこの話し合いに、教導団側からは戦車隊の指揮官である若城、歩兵部隊長の峯岡、そして元・砲兵士官が参加。公爵軍側からは、公爵に雇われて軍事顧問を務めている傭兵のブラッドレイ、公爵代理であるメイフォン女男爵の使用人が参加している。


 さて、先程の「俺達は何をすればいい」、という問いはブラッドレイが発したものであった。純粋な善意によるものである。この世界における既知の戦争に関しては、いっぱしの戦術家である彼は、民主共和国連邦軍と対峙して、諸侯連合軍の採用している戦術・兵器が時代遅れであることを悟った。

 悟った以上、従来の戦術に拘泥しない。

 彼が重視するのは周囲の評価ではなく勝利である。勝利を掴むためならば、王国軍教導団なる新興の連中であっても教えを乞うつもりであった。


 だがしかし、一方で若城達は公爵軍3000を持て余しつつあった。戦列歩兵で対戦し、崩れたところを野戦砲で乱打して騎兵で致命的な打撃を与える、そういう戦争に備えてきた彼ら3000の兵に急遽、ライフリングのある小銃を供与し、散兵戦術を叩きこむのは難しい。勿論、野戦築城や情報収集など人手が要る仕事はあるが、教導団の人間からしてみると、プライドの高い公爵軍の人間がそれを了解するかが不安であり、なかなか口には出せずにいた。


「どうぞ、遠慮せず」


 そこで口を挟んだのは、光なき黒い瞳をした使用人であった。


「我々は頭数だけは多いですから、陣地作りのお手伝いから側面の警戒までなんでも出来ると思います。特に周辺のウーラガン山地に関しては、土地勘のある者を多く雇っていますから、哨所を設けて士官・下士官の下に小隊を配置すれば、敵が迂回を試みた際にはこれを察知したり、迎え撃ったりすることは出来るかと」


 女が何を言ってやがる、と峯岡は胡乱げに使用人を見たが、彼女の表情は不動である。

 冷たい視線を峯岡に遣り、すぐに目線を真正面に戻した。

 それに気づかない若城は「しかし、公爵軍の方々は――特に女男爵閣下は納得されますか」と聞いた。使用人の申し出は有難いが、側面警戒や野戦築城は華々しい活躍が見込める任務ではない。


「俺が――というか、俺とこのリオ女史が納得させる」


 中年の傭兵が力強く頷いた。


「その代わり、騎兵部隊だけは正面を張らせてくれ。警戒、偵察ならまだ活躍の場もあるだろうよ。それでうまく言いくるめられるさ……」


 話がうまく進み過ぎていて拍子抜けする王国軍教導団の面々を前に、使用人は「戦争に負けることほど惨めなことはありません」と断言した。


「しかしながら、此度の戦争――敗北すれば“惨め”と感じることさえ出来ません。この戦争は絶滅戦争、故に勝利しか道はなく、故に我々は勝ち目に全てを賭けるほかはない」


「つまり、王国軍教導団われわれに賭けると」


「民主共和国連邦は本気で異種族全てを滅ぼすつもりだ。あいつらが通った後は射殺体か、あるいは拘束されたまま放置され、餓死を待つだけの事実上の死体しか残らん。公爵閣下から話は聞いている」


 そこまで言った傭兵ブラッドレイは、一呼吸置いてから話を再開した。


「俺は、俺らはポッと出の王国軍教導団とかいう看板に賭けてるわけじゃねえ。あんたら大日本帝国陸海軍に賭けてんだ。大日本帝国ってのは、国力勝る相手に8年以上戦争をやってたらしいじゃないか。他方はこれまでお遊びの戦争に興じてきた高級貴族様だ。だったら賭ける対象は決まってる」


「でも俺達は最後には負けた。買い被りすぎだろ」


 峯岡がそうかぶりを振ると、歴戦の傭兵は軽薄に笑った。


「そうかもしれない。その時はみんな仲良く滅びるだけだ」


 このやり取りを、通訳を介して聞いた若城は内心で溜息をついた。


(負けられないではないか)

 単なるお題目ではない。この地に満ちている人々の営みと安寧を守るため、王国軍教導団は――否、大日本帝国陸海軍は刺し違えてでも侵略者を打ち破らなければならない。

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