■10.衝突、諸侯連合王国軍vs王国軍教導団。(中)
王国公爵のクラウヴィアは、所謂“青い血”と称されるような人類種の高級貴族である。
その私領は広大であり、戦時動員力は3万とも4万とも言われており、擁する経済力・軍事力は他の高級貴族を凌駕している。また500年以上にも及ぶ血統は、他の貴族とも深く結びついていて、国王さえも彼を蔑ろには出来ないほどであった。
だがその優雅な身のこなしと、権謀を身につけた怪物はこのとき怒り狂っていた。
「吹けば飛ぶような寒村と、教導団と称する平民風情の寄せ集め連中が、何をぬかすか」
エルマ村に補給の準備をさせるため、先発させた斥候達はすぐさま戻って来た。話を聞くと、補給を拒否された上に直轄軍の教導団なる組織に暴行を振るわれたのだという。特別、エルマ村で補給と休息を実施する必要性はなかったが、高級貴族・施政者にとって他者に“舐められる”ことだけは絶対に許されない。
初雪のような白い肌に青い血管を浮き上がらせた彼は、竜車の中で「懲罰だ」とだけ言った。それだけで周囲の部下達は頷いた。合戦の準備である。民主共和国連邦軍との会戦に敗れたとはいえ、道すがら再編を進めたため、現在でも健常な約5000の手勢は戦闘に堪えられる。
そしてここでいうところの懲罰とは、単に戦闘を仕掛けて屈服させるだけにあらず。その先の皆殺しまで完遂して成るものであった。
クラウヴィア公以下に、良心の呵責はない。
勿論、国王直轄領のエルマ村と王国軍教導団を攻撃するということは、国王に対する背信行為に他ならないだろう。
だがクラウヴィア公は敗戦により正常な判断力を半ば喪失しており、死人に口なしと甘く考えていた。とにかく勝ってさえしまえば、向こうが先に手を出してきたから反撃し、エルマ村を突破したまでと言い張って押し通せる。押し通せるだけの政治力がある。
「若城さん、まずいですよ!」
一方の王国軍教導団は先に起こった事件とその影響を軽視しつつも、念のために九五式軽戦車や非装甲車輛から成る教導団捜索隊を放ち、クラウヴィア公爵軍本隊の様子を窺っていた。
大陸戦線を転戦し続けた老いた元・騎兵将校は戻って来るなり、「敵陣は殺気立っている」、と若城や峯岡を悩ませる報告をしたが、他の者の報告も総合してみると、実際に公爵軍は砲兵や後方支援部隊を置き去りにして、戦列を組む歩兵ばかりを先行させているらしかった。
若城や峯岡、他の士官達は対応策を協議したが、結論は容易に出ない。
とりあえず急使を王都に送って指示を仰ぐことは決まった。が、クラウヴィア公爵軍が攻撃を仕掛けて来た場合、どうするかは誰もが頭を悩ませることになった。最も多く出たのは、「相手が高級貴族であろうが、我々を攻撃するのであれば、それは官軍(国王直轄軍)に弓を引くということである。つまり賊軍であり、これに対しては反撃するほかない」という意見であった。
政治を度外視すれば、若城や峯岡もクラウヴィア公爵軍と戦うことに抵抗はない。
同じ王国軍でござい、と言ってもこちらは元・帝国軍人から成る王国軍教導団で、向こうは非国王派貴族の半ば私兵軍だ。二・二六事件の皇軍相撃つかもしれぬ、といったような忌避感や緊張感はない。そもそもの非は向こうにあるのだから、堂々対戦すればいい、と大言壮語する元・下士官らもいた。
「戦列歩兵が接近中、群青に満月の旗印」
そうこうしている間に警戒にあたっていた教導団捜索隊から一報が舞い込んだ。
「群青に満月――クラウヴィア公だな。若城さん、どうする」
「撃たれてから初めて撃ち返す」
王国軍教導団もまた戦闘態勢を整えている。
この1週間、彼らも無為に過ごしていたわけではない。正面戦力は1、2週間前の比ではないほどに増強されたし、エルマ村の村民が爆風や破片から身を守るために地下壕も多く設営された。油断は大敵ではあるが、クラウヴィア公爵軍のような中近世レベルの相手に負ける道理はない。
教導団側が自衛戦闘の方針を採った以上、先制するのは自然、クラウヴィア公爵軍の側である。先の民主共和国連邦軍との戦闘を潜り抜けた砲兵隊が、砲口を並べて撃ちかけた。と、いっても砲数が少ない上に射程も短いため、さしたる脅威にはならない。
それでも若城らに与えた衝撃は大きかった。
(いよいよ彼我相撃つか)
公爵軍砲兵隊が放った砲弾は、1発も防御陣地を直撃することはない。弾着の観測と、修正が甘すぎるのだ。そもそも彼らの砲兵隊は、遠距離から敵陣地を狙い撃つ訓練をしていない。想定されてきた仕事は近距離から敵の戦列歩兵を攻撃することである。
で、あるから公爵軍砲兵隊は徹頭徹尾、弾薬を浪費しただけだった。
対する王国軍教導団の砲戦力もまた、お世辞にも充実しているとは言えない。
歩兵砲が到着し、砲兵教導連隊の来援に伴い山砲と少数の機動九〇式野砲の展開も進んだが、それでも公爵軍砲兵隊を撃ち合えば負けるのではないかという不安が付き纏う規模であった(勿論、これは王国軍教導団側の杞憂に過ぎないが、公爵軍砲兵隊の規模・実力が判明していないため、こうした考えに陥るのは仕方がないことだった)。
故に王国軍教導団の火砲は、公爵軍砲兵隊とは対照的に、緒戦では沈黙していた。発砲してこちらの所在をバラす必要はない。その代わり、公爵軍の主力である歩兵隊が最前線に現れたら、砲撃を開始して散々に憂さ晴らしをするつもりであった。
それを公爵軍の側はいいように解釈した。
「敵砲兵からの反撃はありません」
「やはり平民の寄せ集めか」
と、報告を受けたクラウヴィア公は傲慢に言った。
「識字も怪しい、計算も出来ない平民どもに砲兵の運用は無理、というわけだ。練度は知れた」
彼は命令を下した。
戦鼓が鳴り響き、戦列歩兵が前に出る。




