■9.衝突、諸侯連合王国軍vs王国軍教導団。(前)
諸侯連合の王国軍約6万と民主共和国連邦軍第8・13狙撃兵師団が対陣した頃、一方のエルマ村はのんびりとした雰囲気に包まれていた。束の間の平和か。王国軍教導団の下士官や兵が、子供たちに縄跳びや鬼ごっこを教えて遊ぶ様子もみられた。
歩兵指揮官の峯岡は子供好きらしく、兵隊を止めるどころか自分もまた積極的にその輪の中に入っていき、元は米軍が使っていたと思しき旧式の製氷機を使って、かき氷を振る舞ったり、「水雷戦を教えてやろうと思ったけど、こいつはちょっと難しいか」とぼやいたりしていた。
ちなみにこの水雷戦とは戦艦、駆逐艦、潜水艦の三役に分かれて遊ぶもので、戦艦は駆逐艦を、駆逐艦は潜水艦を、潜水艦は戦艦を捕まえることが出来るという鬼ごっこの亜種である。が、エルマ村の子供たちは水上艦艇を知らなかった(おそらく海を見たこともない)ため、三すくみを覚えさせるのが難しかった。
「数日前の緊張が嘘のようだ」
戦車部隊の指揮を執る若城はその輪に入ることなく、余暇があれば民家の縁側を借りて部下と将棋に興じていた。
「そら、そーですにゃ」
今回の対局相手は、通訳の猫娘である。
若城と他の戦車兵が指していたところ、彼女自身が興味を示したので、邪険にするのもどうかと思い若城が駒の動きや基本的な戦術を教えたのだった。
「王国軍教導団と諸侯から成る王国軍とじゃー、えらい違いがありますにゃ」
黒い三角耳はぴこぴこと動いているが、その手は止まっている。
序盤から中盤に差し掛かるところでどうやって若城の堅牢な囲い(守り)を崩そうか、長考しているのであろう。
別に真剣勝負でもあるまいし、若城は持ち時間を気にしない。
「軍隊に入るのは悪い人で、良い人は軍隊には入らないとゆーのはこの村の常識にゃ」
「ほう」
「諸侯の軍隊が食べものを自弁するのは、緒戦だけにゃ。あとは村々から平気で略奪――いや、“交渉”で調達していく感じだにゃ」
猫娘は飛車を触ったり、盤上の香車の駒の匂いを嗅いだりと落ち着きがなかった。
一方の若城は「成程」と納得がいった。数日前、諸侯連合から成る王国軍がこのエルマ村を通過する際、村民達はみな家々に閉じこもり、不用の外出を避けている節があった。
「でも諸侯連合の王国軍と、王国軍教導団は違うにゃ」
「……」
「この1、2週間でわかったにゃ。王国軍教導団は村の人々に対して、とっても優し……」
「そういえばエルマ村の村民は避難しないのか。いまならここで物資を下ろした後の補給部隊の竜車やトラックに乗せてやれる。そうすればとりあえず王都まで避難させることは出来るが……」
若城は強引に話題を変えた。
王国軍教導団を買ってくれるのは嬉しいが、これから戦いはより苦しくなる。悪戦苦闘の最中でエルマ村の非戦闘員まで守ってやれるかは、若城にもわからない。ならば現在のうちに、後方へ下げてやった方がいいに決まっていた。
「できないにゃ」
しかし、猫娘は頭を振った。
「基本的に村民は村から離れることができないにゃ」
「だが戦いとは時の運だ。抗しきれず我々も転進を余儀なくされることがあるかもしれん。そうなれば地方人……村民を守ってやることは出来ない」
「遅かれ早かれにゃ。エルマ村がやられるなら、もう王都まで逃げても一緒だにゃ。王都も陥ちるにゃ」
若城は視線を再び盤面に戻した。
自分達の背負っている物は重く、守るべきものは尊い。このエルマ村の村民と子供達のためにも必ずや勝たねばならない――のだが、戦争とは勝利への信念で勝てるものではない。
それを若城は、峯岡は、皇軍の人間は嫌というほど思い知らされた。
歴史と伝統、死をも恐れぬ覚悟も、火力と装甲、機械力、科学力が支配する戦場では大した価値はない。
(彼女の言う通り、俺達は勝たねばならぬ。が、勝てるのか――?)
……。
その翌日から東方より敗残兵が、ぽつぽつとエルマ村に姿を現すようになった。
「ウィルチスタ大平野にて会戦勃発。敵は約8万。我が軍はエルマ村へ後退しつつ執拗なる敵の攻撃を撃退しつつあり」
初めてエルマ村に辿り着いたのは、伝令役を務める騎士2名であった。彼らはエルマ村の王国軍教導団の面々に戦況を伝えると、そのまま西方へ走り去った。おそらく王都に同様の戦況を一早く報せるためであろう。
一方の若城ら王国軍教導団の面々はすぐに会議を開いた。
「修飾が多すぎる」
開口一番、峯岡はうんざりした口調で言った。
伝令役はエルマ村へ後退などと言っていたが、これは事実上の撤退、あるいは敗走であろう。おそらく王国軍約6万は会戦に敗れたに違いなかった。当然、後退する王国軍を民主共和国連邦軍は追撃して来るであろう。
そうなれば、次に彼らと戦うのは自分たち王国軍教導団である。
「しかし敵さんの規模が大きすぎやしませんか」
古参の下士官が言った。
約8万ともなれば、4、5個師団にはなる。
「まともに取るな。どうせ負けた側の言い訳だ」
若城は苦い顔で「諸侯どもは信用ならん」とまで言った。多勢に無勢だが健闘した、とでも言い訳したいのだろうが、事前の航空偵察では東方に集結中の敵勢は2、3個師団。実数2万から3万――多くとも4万には満たないと分かっている。
「とにかく戦闘態勢をとる。撤退して来た王国軍を追撃する敵に逆襲するなり、迎え撃つなりしなければ」
その夜から続々と士卒がエルマ村に押し寄せた。隊列も何もなく、武器も捨ててただただ西へ走っていく。命令なのか、逃亡なのかは王国軍教導団の面々には分からなかった。
厄介事はすぐに起きた。
比較的組織を保っていると思しき一分隊がエルマ村に現れるや否や、彼らは高圧的に要求を口にした。
「我らはクラウヴィア公爵閣下の斥候である。王国軍教導団とエルマ村の民は聞け。これよりクラウヴィア公爵閣下ご直率の戦列が通過される故、水と食料、燃料諸々を供出せよ」
王国軍教導団の面々は顔を見合わせた。
エルマ村は国王の直轄領に属しており、クラウヴィア公なる高級貴族の私領ではない。また王国軍教導団の物資はGHQ軍備縮小局が手配したものである。救助するべきなのか、それともしてはまずいのか。
王国軍教導団の前線将兵には判断がつきかねることであり、若城らは即答しかねた。
ところが若城と斥候隊の代表者が話し合いをもつ間に、事態は急転していった。
「貴様ァ、それでも王国軍の人間かッ」
永井という元・見習士官が、斥候のひとりを背負い投げで地面に伸してしまったのである。
勿論、これには事情があった。斥候は高級貴族の雇われであることを良いことに、民家から食料を奪い、さらには抵抗しようとした少女に手を上げたのであった。
この事件は拡大した。斥候と永井にそれぞれ加勢が現れ、ちょっとした小競り合いになった。歩兵指揮官である峯岡が割って入り、場を収めようとした時には斥候達は村の外へ消えていた。
「まずいにゃ」
「なにが」
事態の収拾に失敗したものの、まあ若い連中の喧嘩なんざ日常茶飯事だろう、いざとなったらこっちが折れて詫びを入れればいいと構えていた峯岡に、猫娘が言った。
「さっきの人たち、“公爵閣下に報告する”、“エルマ村と王国軍教導団に叛意あり”って言ってたにゃ」
「あほくさ」
そのときは笑い飛ばした峯岡だが、その明朝――王国軍教導団はクラウヴィア公爵軍約5000と対峙することになった。




