無慈悲なゴリラ
「で、俺をどうするつもりなんですか」
もげそうになった手首をさすりながら派手女を睨みつける。落下した時の全身打撲よりも痛かった。ゴリラだろうか。
強制的に連行された先は、爺さんの居た部屋とほぼ同じ構造の部屋だった。ただし広さは段違いだ。数倍はあるだろう。
「か弱い乙女に向かってゴリラとは失礼しちゃうわぁ」
ゴリラが身体をくねらせながら乙女とほざく。殴りたい。しかしこの自称乙女も俺の頭を読めるようだ。下手打つとマズい。ただでさえ満身創痍だというのにこれ以上なにかされると俺の命が危うい。機嫌でも取りたいがバナナは手元に無い。どうすれば…。
「キミは面白い奴だな。まぁいいや、それでキミをどうするかという話なんだがね」
真面目な顔をして考え込んでいると、女はからからと笑いながら俺の処遇について切り出した。
「……おほん。おめでとうございまーす!キミは別の世界で新しい人生を始めることが出来ます!ほら、今流行ってるでしょ?異世界転移ってやつ!」
女はわーきゃーどんどんぱふぱふと擬音を自ら言いながら踊っている。テンションが高過ぎる。
異世界転移。確かに流行っているが、それは創作の話でだ。おめでとうと言われても実感がわかない。
ぽかんとした表情で踊り狂う女を見ていると、女は踊るのを止めてこちらを不思議そうに見つめてくる。
「あれ。嬉しくないの?キミが望む世界に行けるんだよ?」
望む世界ときたか。男の夢であるハーレムな世界にでも行けるのだろうか。
「ハーレムはキミ次第だね。キミに分かり易く言うとね、剣と魔法の世界に超能力が使えるSFな世界、あとはゲームのようにスキルがある世界とか。キミにとって空想上の世界に行けるってことだよ。どう?嬉しいでしょ」
ずいと顔を近付けてくる女。満面の笑みだ。
空想上の世界に行けるのは確かに嬉しい。アニメやライトノベルの世界に憧れた事など数え切れない。元の世界に戻れないと爺さんは言っていたし、異世界に行くのも良いかも知れない。
そう思えた俺は女の言葉を振り返る。俺が望む世界か。……ハーレムは脇に置いておこう。中世な感じの世界観が良いかな。とりあえずオススメを聞こう。色々知っているはずだ。
「ええと、貴女のオススメの世界はどこですか?」
「おぉ、その気になってくれたか。よかったよかった。そうだな……」
ほっとした様子の女。顎に手を当てて少し考えている。
「やっぱり剣と魔法の世界は人気が高いね。キミ達のイメージするテンプレートな異世界だからなのかな」
人気が高いって……。他にも転移した人がいるのか。
「でもボクのオススメはスキルの世界かな。あそこは分かりやすくて良い。それに最近平和になったから安全だ。うん、そこが良い。そこにしよう。よし決定!」
「ボクだと……」
うんうんと大げさに頷いている。勝手に行く世界を決定されたのだが、一人称の衝撃が強過ぎて何も頭に入らなかった。ボクっ子……、あまりに似合わなさ過ぎる。その一人称が許されるのはショートカットの活発な美少女だけだ。この変な派手女が使っていい一人称ではない。
「似合わないって失礼だな。よし、じゃあ転移する前にいくつか質問に答えて貰いまーす」
「あ、はい」
急に質問タイムが始まった。なんだ急に。というか似合わないものは似合わない。大人しく一人称はワタシしておけ。
「キミの名前は?」
見事にスルーされた。
「服部透」
「小さい頃になりたかったものはなに?」
不思議な質問に首を傾げる。傾げたまま固まっていると助け舟がでた。
「あれだよ。正義のヒーローだったり、魔法使いだったり、ケーキ屋さんだったり。キミにもあっただろう?」
確かになりたかったものはある。あるにはあるが……、まぁいいか。考えるだけ無駄な気がする。
「……忍者」
なぜだか無性に恥ずかしい。
「好きな動物は?」
「フクロウ」
「キミは童貞?」
「そうだ……、おい!今の質問絶対要らないだろ!」
ニマニマと口角を上げてこちらを見る女。一人称を馬鹿にしたことの仕返しだろうか。羞恥で顔が熱くなっているのが分かる。不意打ちは卑怯だ。
「ふふ、質問は以上でーす。ご協力ありがとうございましたー。よし、それじゃそろそろ転移してもらおうかな」
そう言うと女はパンと手を合わせた。ちょっと待て。
質問に答えたは良いが意味が分からない。それに異世界について聞きたい事が山ほどあるのだが……。
どう声をかけようか考えていると、また手首を掴まれた。そのまま引っ張られて一つの扉の前に立たされる。
「転移はどこがいい?」
意地の悪い顔のままそう言ってくる女。嫌な予感がする。
出来れば始まりの街的な場所でお願いしたい。
「うーん、それじゃあつまらないなぁ」
つまるもなにもないだろう。
脳内で突っ込みを入れていると、ふとどうでもいい事が頭に浮かんだ。
そういえば異世界転移って空から落ちるのが定番だな、と。
女が思考が読めることを失念していた。失敗を覚ってももう遅い。
「それいいね!それでいこう!」
とても良い笑顔と明るい声でそう言って、女は目の前の扉を開いた。
猛烈な風が身体に吹き付ける。扉の先は一面空色だ。顔が引き攣る。
「転落死するって!お願いだから思い直して!」
「大丈夫大丈夫。死にはしないよー」
取り付く島も無かった。
必死に抵抗するが強烈な握力で手首を掴まれている。
ダメだ。ゴリラには勝てない。
「それじゃ、いってみよー!」
そう言うとゴリラは扉の先へ俺を蹴り落とした。
花粉症で鼻水と涙が止まりません。助けてください