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宵染セカイ  作者: 氷闇
8/9

7.証明書

アドバイスとか頂けると嬉しいです。良ければ感想レビューお願いします。

殺風景な建物の中。微かな月の光に照らされた姿は二つあった。

「あらそう。やっとたどり着いたのね」

黒いドレスに身を包んだ女が腕を組んで立っていた。その女と向かい合って立っている影が息を軽く吐いて、

「いや。もうたどり着いた、の方が正しいだろ」

と言った。

「そう。まあそれはいいんだけど。そういえば、まだ『彼』は……」

女が尋ねると、人影は頷いた。女は歯がゆそうな表情をした。

「……そう。時は長そうね」

女はガラスの無い窓から外を見やった。もう一人も外を見た。その目は冷ややかだった。



◇◆◇◆



海翔とリグルは森の中を歩いていた。森の中はひんやりしていて、そよそよと葉の擦れ合う音が聞こえる。木々の香りが胸の底まで澄み渡った。

「……あ?」

海翔が声をあげた。目の前に光が見えたのだ。

「ああ、もうすぐこの森の終わりよ」

先頭を歩くリグルが言った。

「へえ、以外と短いんだな」

「まあ、この森は街を囲ってるだけだからね」

そうこうしている間に二人は森を抜けた。抜けた瞬間、周りが一気に開けた。太陽の光が差し込んできたので海翔はしばらくまばたきを繰り返して目を慣れさせた。街の喧騒も海翔の耳には祭り騒ぎのように聞こえた。

町には活気が溢れ、人通りも多い。日本人とはかけ離れた顔つきの人間が沢山行き交っていた。

髪や目の色は海翔の異世界あるある知識とは違って黒や茶の地味なものが多かった。

「それで、この町で何をするんだ?」

海翔がリュックを担ぎ直して聞いた。食料は充分あるし、まだそんなに疲れてはいない。何しろまだ朝だ。

「ついてきて」

そう言ってリグルは広場からいくつも延びている道の内の一つに向かって歩き出した。沢山の店が並んでいるその道はどうやら商店街らしかった。見たことのない果物屋や洋服屋など多様な店が並んでいた。そしてそこには元気に笑っている店主や商品を選んでいる客が沢山いた。

いきなりリグルが立ち止まった。横やら後ろやらばかり見て前をロクに見ていなかった海翔は危うくリグルにぶつかりかけた。

「ここ」

リグルは小さな建物の前で立ち止まっていた。その建物はレンガ造りで、こぢんまりとした可愛らしい建物だった。海翔は建物にかかっている看板を見上げた。木の板の看板には黒い文字で何か書かれていた。その文字は人間界では使われていない言語だったが、なぜか海翔には読む事ができた。それには『やくしょ』と書かれてあった。

「やくしょ?」

海翔が呟くと、リグルが驚いた顔をした。

「読めるんだ」

「おう」

「ま、いいわ。とりあえず中に入りましょう」

リグルが小さく微笑んで建物の扉へ歩いた。海翔も後に続く。取っ手に手をかけて、扉を開けて中に入った。パンの焼けた香ばしい匂いがした。薄暗い明かりの下に沢山のテーブルと椅子が置いてある。ぱっと見酒場の様だった。

「おや、何か用か?」

奥の方から男のだみ声が聞こえた。奥を見やるとそこにTシャツを着た体格の良い男が立っていた。刈り上げの黒髪がまた男を屈強に見せていた。しかし顔立ちとしては人の良さそうな顔をしていた。

「証明書を作ってもらいに」

リグルがはきはきと答えた。

「おお、そうか。じゃあこっちだ」 男がそう言って背後の扉を開けた。リグルが歩き出す。海翔も少し遅れてついていった。

扉の奥は階段だった。薄暗い階段は下の階と上の階に延びていた。二人は男に付いて、埃を被った階段を上った。二階分ほど上ると、両開きの大きな扉が現れた。ちなみにまだ上にも階段は続いていた。男がその扉を両手でゆっくり押し開けた。

中はあの小さな建物の中にあるとは思えない、広々とした部屋で、きちんと掃除が行き届いていた。床は石で出来ていた。

入り口の向かい側には大きな窓が付いていた。下は空色のカーペットで、青いソファが四列ほど並んでいた。

人はまばらで、静かな場所だった。

「ほら、あそこで作ってもらえ」

男が部屋の隅を指差した。窓口のような場所がいくつかあった。それぞれの窓口に若い女性が立っていた。

「ありがとうございます」

リグルが男に微笑みながら礼を言って、男が指差した方へ歩き出した。男も少し笑って部屋から出て行った。海翔はリグルの後についていった。

「ここで作ってもらうのね」

「あの……」

「ん?」

「さっきから証明書がどうたらって言ってるけど、証明書って何なんだ?」

「ああ、町に入る時に必要なものよ」

「へー。……ってあれ? この町に入る時は何も無かったよな?」

「ここの町長に『空間把握』のチカラがあるから必要無いのよ」

「へえ。そういうシステムなのか、この世界は。てかあれだな。やっぱり人を簡単に殺せる能力とかをみんなが持っているんだから治安維持も大変だよな」

リグルは少し焦った顔をした。

「あまりそんな事大声で言わないでよ。あなたが簡単に人を殺せる能力を持っていることがバレちゃうでしょ」

「え?みんなが持っているわけじゃないのか?」

「そうよ。そういう能力を持つのはこの世界でも数少ない。そしてそういう人は大体遠ざけられる。だからあまりみんなにあなたの能力の事知られない方がいいわよ」

海翔は慌てて周りを見渡したが、少ない人々はみんな忙しそうに動き回っていて、誰もこんな子供達に目を向けてはいなかった。海翔は安堵した。

「でもやっぱり危ないよな。数少なくても危険な奴がいる事にはいるんだし」

「だから証明書を作ってもらうのよ。さ、早く行って」

リグルは海翔の背中を軽く押した。海翔は言われるままにてくてく歩いていった。

窓口の前に立つと女性がにっこり笑って、こんにちはと挨拶をした。海翔はぎこちなくお辞儀をした。

「え、えと証明書を……」

すると女性は軽く頷いて、

「証明書の作成でございますね?ではこちらにどうぞ」

と言うと部屋の奥に行ってしまった。海翔がガラスで仕切られた部屋の向こう、女性が消えて行った方をぼーっと見ていると、ドンと誰かに背中を押された。

「ぬわぁ!!」

ガラスにぶつかる!そう海翔が確信した瞬間、海翔は顔に何かが吹き抜けるような奇妙な感覚を覚えた。

海翔はガラスの向こう側の部屋に立っていた。海翔がガラスの方を見ると、ガラスには何も変化が起きておらず、その向こう側でリグルが呆れた顔で、

「全く、人間界ではすり抜けられる壁も無いの?」

とか呟いていた。どうやら背中を押した犯人はリグルらしい。海翔がガラスに触れたり部屋を眺め回したりしていると、

「お客さま?」

と声がした。その声で海翔は自分が証明書を作ってもらいに来ている事を思い出し、部屋の奥のドアに向かった。

木でできた扉の向こうは清潔な石の床の部屋だった。二つの簡素な椅子が向かい合う形で置かれていて、片方には役員らしき若い男性が座っていた。女性がお辞儀をして部屋を出て行った。

「じゃあ座って」

男性がにっこり笑って椅子を手で指した。黒髪黒目の男性は日本人とほぼ同じ顔立ちをしていた。海翔は小さな声で返事すると椅子にトンと座った。椅子がギシッと音を立てた。

「じゃあ始めようか。まず、名前は?」

「えっと……、月丘海翔です」

言い終わると男性が海翔の瞳を見つめた。一瞬男性の目が緑色に光った気がした。

「よし。月丘海翔、か。何だっけ、人間と同じ名前構造だね。君の名前」

「はあ、知ってるんですか?」

「まあね。一度吟遊詩人が来てね。人間の事を教えてくれたんだ」

「へえ、その吟遊詩人は人間界に来た事あるんですか」

「さあ。人間界に行った人がいたのかどうか。少なくとも僕はあまり行きたいとは思わないな」

「ああ……」

「で、その名前……。君は東の方の国から来たのかな?」

海翔は頬をかいた。

「えと、よく分からないというか……」

男性は海翔をまた観察するような目でじっくり見た。

「ふむ、まあ出身地が分からんというのは珍しい事では無いからね」

(え?そうなのか……。やっぱり怖い世界なんだな)

少なからずショックを受ける海翔。

「まあ、じゃあ君のチカラを見せてもらうよ」

そう言って男性は側にあった机の上の、緑色の透き通った液体が入った小ビンを取って、フタを開けてその液体を飲んだ。

「さ、僕の目をよく見てくれ」

男性は海翔の瞳の奥を覗き込むように見つめた。男性の瞳が淡く緑色に光っているように見えた。


しばらく海翔の瞳を見つめていた男性は時々「何だ……?」とか「ほう……」とか呟いていた。

「……okだ。これで終わり。証明書ができたら窓口で渡すからそこで待っていてくれ」

海翔はどうも、と小さくお辞儀をして部屋から出て行った。

扉を開けると、いきなり広い部屋に出ていた。驚いて後ろを見ると、窓口で女性がまた何事もなかったかのように営業スマイルを浮かべて立っていた。

「お帰り」

「うわっ!って何だ、リグルか」

「何よ、話しかけただけで」

「しょうがないでしょう。初めての事だらけなんだから」

と、言ってみるとリグルは呆れたように鼻から息を吐いた。

「そういえば俺が何か言う度に役員らしき人の目が緑色にピカピカ光ってたんだけど、あれって何なんだ?」

「海翔さま~」

「うわっ!」

「驚きすぎよ」

「お前が声変えて腹話術したのかと思ったぞ!」

「馬鹿じゃないの」

声のした方を向くと、受付の女性が海翔を呼んでいるところだった。

「証明書できたんでしょ。早く行きなさいよ」

リグルに小突かれて海翔は早足に受付へ向かっていった。

「目が光ってるのはあなたが嘘吐いてないか確かめてんのよ。そういう事が一時的に出来るようになる薬があるのよ」

おもむろに後ろからリグルの説明をもらった。


「あの……」

「海翔さまですね。どうぞあちらの扉からお入り下さい」

受付の女性はニコッと微笑んだまま、窓口がずらっと並んでいるその横の小さな扉を手のひらで示した。海翔は小さくお辞儀をして扉へ向かった。

「やあ、海翔君」

扉の向こうは様々な資料が雑然と置いてある部屋だった。そこの中央にさっきの男性役員が立っていた。彼は左手に紙を持っていて、小さな微笑を浮かべていたが、目はあまり笑っていなかった。「あ、どうも」

「まあ証明書は出来た訳なんだけども。それを渡す前にいくつか質問をするよ。立ちながらで悪いけどいいかな」

「はあ」

質問?海翔の心臓は一つドクンと音を立てた。

「君はどうやら『戸籍』を作っていなかったみたいだ。それには何か理由が?」

「戸籍?」

そんな事言われても分かる訳がない。なぜなら俺はついさっきこの世界に来たばかりだからだ。海翔は詳しい説明をしなかったリグルのすました顔を頭の中で睨んだ。

(とりあえず適当に理由作って何とかするしかないか)

「えと、俺独り身でよく分からないんです。物心付いた時には俺はもう独りで……」

男性はちらっと海翔の顔を見た。瞳が緑色に光った。男性の口元に笑みが浮かんだ。

「ふふ。君今嘘を吐いたね」

「え?」

(そういえばリグルが『目が光ってるのはあなたが嘘を吐いてないか確かめてんのよ』って……)

「あー……」

海翔は冷や汗を流した。

(馬鹿だ俺ーーー!!!)

「いや、でも、何が何だか分からないというのは本当でっ……」

男性は微笑みを浮かべたまま海翔を見ていた。目も笑っていた。

「えっと……」

「まあ君が何も分かっていないというのは本当らしいね。まあそういう人もいるだろうね。この世界は色んな人や土地があるから。色んな境遇があるのは当然当然」

「はあ……」

良かった。何とかなったらしい。海翔は小さく安堵した。

「で、調査結果なんだけど」

ドクンドクン。また海翔の心臓は音を立てた。

「君のチカラは」

「……」

「『統率』、だ」


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