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宵染セカイ  作者: 氷闇
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6.黒いパン

海翔のチカラについて分かった事がいくつかある。

まず一つは具体的に思い描かないと成功しないという事だ。

先ほどの朝食でまず海翔はただ単にトーストの外見だけを思い浮かべた。

すると現れたのは中身が空洞になっているトーストだった。

だからちゃんと中身のある焼きたてのトーストを思い浮かべた。すると、思い通りのトーストが現れた。

また、幻夢界に来てすぐの時、海翔は自分達の敵がこの世から消え去る様子を想像した。しかし先ほどのようにマイラは海翔達を襲った。それは悪しき者の姿を漠然としか捉えておらず、完全には理解していなかったからだと思える。


そして、チカラを使えば眠くなる事も分かった。

どうやら使用回数が多ければ多いほど、規模が大きければ大きいほど眠くなるようだった。さすがに眠気を振り払う事はできなかった。



「そういえば、何でマイラさんは俺達を襲ったんだろうね? それにマイラさんはチカラを使わなかった……。何か理由があったりするのかな」

草原の朝露が輝いている朝。

家主を無くした小さな木造小屋の居間で海翔がリグルにそう尋ねた。

「まあ、単なる強盗とかでは無さそうよね。だってこんな誰も来ないような所に強盗が住み着いている訳がないし。

というかチカラを使わなかったっていうのがね……」

リグルが低めの声で呟いた。表情から察するに、考え事をしているのだろう。

「え? で、でも、殺人には使えないチカラだったんじゃないの……かな?」

海翔が自信なさげに言った。リグルは腑に落ちない様子で言った。

「ああ、まず私達に紫水を飲ませてチカラを無くさせてから襲ったって事?」

「え、違う?」

「……うーん。やっぱり私達を襲った理由が分からないから何ともね。ていうか私達を襲った理由ってさ、もしかして私達を狙っていた、とかじゃないよね」

「ああ、なるほど。でも何で……って分からないか」

「うーん……」

それきり二人は黙ってしまった。二人共頭の中で色々と考えを巡らせていたのだ。

「まあ、考えてもよく分からないし、もう行こうか」

二人共真面目に考えていたのだが、ついにリグルがギブアップした。海翔も考える事を諦め、床に置いてあるリュックを担ごうとした。

「そういえばなんだけど」

ふと海翔が動きを止めた。リグルが台所へ向かおうとしている足を止めて、海翔の方を見た。

「悪しき者の正体って何?」

海翔がリグルの目を見て尋ねた。

「……どういうこと」

リグルが低い声で返した。海翔はリグルが怒ってしまったと感じ、戸惑った。しかし俯いたリグルの顔をチラッと覗き見ると、特に怒っている様子は見られなかった。

「いや、何かこう……悪魔の軍団的な。どういう種族なのかなと」

「悪魔?」

「いや、悪魔は気にしないで」

「まあ、種族というか何というか。あれは『月神の勢力』っていうのかな」

「月神の勢力?」

「うん。私達が人間界で出会った時、幻夢界には太陽神と月神がいるって言ったでしょう? その月神の部下達の事」

「へえ……。するとじゃあ月神というのは幻夢界の支配を目論んでいる、とか?」

「いや、そんな事は無いわ。だってもう幻夢界のトップクラスの神様なんだからほぼ支配しているようなものでしょ」

「ああ、そっか。じゃあ何で……」


海翔がそう呟いてリュックを担いだ。

「今度こそ、行こうか」

リグルが小屋の扉の取っ手に手をかけた。海翔が小さく頷く。しかしどこか上の空という感じで、床の方に視線を落としながら歩き出した。扉はギーと音を立てて開いた。ふわりとあの雨の後の独特な香りが広がった。扉の先には輝く草原と真っ青な空が広がっていた。

「おお、綺麗だね」

思考迷路から脱出した海翔が広がる景色を見て感嘆の声をあげた。

「海翔。まず私達はあの森を目指すわよ」

リグルが草原の向こうを指差した。よく目を凝らすと、うっすらと黒い壁のようなものが見えた。

「遠……」

ここから森まではかなり遠い。そう感じた海翔はげんなりした。

「そうは言ってもね。まあこれからこんなのよりもっと長い距離を歩くんだから」

「何か徒歩とチカラ以外無いの? 移動手段」

「じゃああそこで飛んでいる小鳥にでも掴まったら?」

上を見上げると小さな鳥が三羽青空を飛んでいた。彼らは下界の者など目に入っていないようで、楽しそうにさえずりあっていた。

「はあ……」

海翔はため息をついて、ちまちま歩き出した。



◇◆◇◆



ずっと草原を歩いていた二人は気付けば森の前に立っていた。太陽の位置からしてもう昼頃だろう。森は横にとても大きく、地平線の向こうまで続いているようだった。ただリグルによると、この森はビオという街の周りを囲んでいるらしい。また、森の中はうっそうとして暗く、道は無かった。海翔はふと自分の足を見た。水滴が沢山ついている草を歩いてきた海翔のズボンの裾はびしょ濡れになってしまっていた。海翔はリグルに許可をもらってズボンから水が蒸発していく様子を描いた。たちまち水気は無くなっていった。

「じゃあ行こうか」

海翔のズボンから水気が無くなった事を確認するとリグルが森へ歩き出した。

「え、いや待ってよ」

その腕を海翔が掴んだ。

「どうしたの」

「ちょっと休んでいったりしないの? ずっと歩きっぱなしだったから足が……」

海翔が小さくそう言うとちょうど海翔の腹から食べ物を求める音が鳴った。リグルがしょうがないわねという感じでふんっと鼻で息を吐いた。

二人は昼食をとる事にした。海翔がマイラの家からかっさらってきた食料を二つ取り出した。それは小麦色のクロワッサンのようなものに黒いクリームが乗っていた。マイラの家で食べた夕食も見たことの無い食べ物で、味はあまり良くなかった。リグルに聞くと、これはファムという食べ物でビオの住民の好物らしい。黒いクリームはとある植物の種をすりつぶして作られているらしい。海翔はファムを少しかじってみた。

食感はもろにクロワッサンだった。リンゴのような仄かな味がするのだが、少し獣臭い。おいしいかと聞かれたらおいしくないと答える。そこまで味は濃くない。ファムをちびちび食べながらリグルをチラリと見た。リグルは何でも無い顔でファムを食べている。やはり幻夢界と人間界の味覚は違うのだろうか。海翔は少しこれからの旅が、少なくとも食に関しては不安にならざるをえなかった。



◇◆◇◆



ファムは顔ぐらいの大きさで、割と腹にたまる。海翔は最後の一欠片をやっとの思いで口に入れた。すぐさまリュックから水が並々入った水筒を取り出して、獣臭い後味を洗い流した。水筒をしまい込もうとして、リュックを開けると袋に包まれた食料が見え、げんなりした。その食料がおいしいものである事を願う他無かった。


「さ、お腹も満たされた所で行こうか。ビオはこの森を抜けた所にあるわ」

「この森……迷わない?」 海翔が、あらゆる植物が生えているうっそうとした森を見て言った。

「大丈夫。この森はビオを囲っているだけだから、幅はそんなにないの」

リグルはすたすたと森の中へ歩き出した。海翔も従おうとして、ふと後ろを振り返った。

若草色の大地と白い雲が混ざった真っ青な空の組み合わせは実に美しかった。涼しげな草原は限りなく広がっていて、海翔が人間界で住んでいた場所ではとても味わえない空の、そして世界の広大さが感じられた。

美しい景色を見ていた海翔はある事に気がついた。マイラの小屋が無くなっていたのだ。本来この距離なら小さくだが見えるはずなのに、ただ草原が広がっているだけで、それ以外のものは何も見えなかった。

海翔は不審に思いながらも、リグルに追いつくために草原に背を向けて、小走りで森の中へ入っていった。少し入った所でリグルが海翔を待ってくれていた。太陽の光は黒い木に隠れて途切れてしまった。




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