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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蒼の旅人、黒の竜

作者: 暁月夜 詩音

「ミー、ーカ、起ーて、起きて、ミカ、起きてっ。朝だよ。朝」


 そんな声と体を揺さぶられて、目を覚ます。ぼやける視界の先では真っ黒な物体が動いていた。二度寝をしないために、寝そべっている体を起こし周りを見てみる。

 ぼやけていた世界が少しずつ輪郭を取り戻す。見えてきたのは真っ黒な体をした竜だった。こちらを、少しだけ心配そうに見つめている。


「おはよう、ヤヅキ」

 ヤヅキと呼ばれた竜が笑う。金の瞳に寝起きの少女の姿がぼんやりと映る。

「やっと起きたね、起きないから心配したよ、ミカ」

 ミカ、そう呼ばれた少女はゆっくりと伸びをしてから立ち上がり辺りを見回した。


 散乱した荷物と服。悲惨な状況が広がっていた。昨日ようやく王都についてそのまま屋台で夕飯を買って帰り、それを食べて片付けもせずに寝たのだ。散らかっていて当然である。

「とりあえず、片付けしようか」

 ミカは苦笑いを浮かべてヤヅキに言った。



 日が高く登る頃に部屋はようやく片付いた。結局、ミカは片付けると言った後に二度寝してしまい、こんな時間帯になったのだ。決して、散らかりすぎて終わらなかった訳では無いのだ。


「ミカ、換金しなくて良いの?沢山、狩ったんだからお金にして何か買おうよっ」

 この王都に来る途中、魔物に埋め尽くされている峡谷を通った。その時に、運動がてらに魔物を蹂躙しその皮や牙等が大量にあるのだ。


 魔物とは、膨大な魔素を吸収し肉体が変質した生き物と怨念等が魔素という体を得た物の二つが存在する。前者は、獣のような容姿をしていることが多く俊敏である。後者は、物理的な影響を受けないので中々厄介な存在である。

 そのような、魔物を狩ることを生業としているのが《冒険者》である。

 冒険者はA~Fまでランク別になっておりAランクに近づけば近づく程、強くなっている。

 だが、並大抵の人間は良くてCランクで止まる。才能があっても良くてBランクである。


 その中で今、五名のAランクが世界にはいる。

 《眠り姫》セーレ・ウォー、《氷帝の魔術師》コトネ・セタ、《炎狼の剣士》リュージュ・シュリガー、《聖職の狂戦士》セリシア・ルミサイド。

 そして、最近Aランクに昇格したミカ・ソーレルドである。


「あ、そうだったな。忘れてた」

 ゆっくりと伸びをしながら返答する。


「めんどいから、ギルドは明後日でもいいと思わない?ヤヅキ」

 まだ、女性から少女の面影が強く残る可愛らしいと表現した方がしっくり来るような笑顔でそう言った。

「でも、昨日はお金無いっていってなかった?」

「あ、本当だ。じゃ、行かないとなぁ」


 行かないといけない、という事実にめんどくささを覚えながらも宿を出る支度を始めた。


 まず昔から愛用している 蒼龍のローブを上から羽織る。左腕には 時空の輪 と呼ばれるアイテムボックス。腰には 魔双剣 クラウマギナ との二振りの剣を持つ。

 幾度となくミカを助けてきた思い出のある品々だ。


「じゃ、行こうか。ヤヅキ」

 ベッドの上で丸まっていたヤヅキを撫でて部屋の扉に手をかける。それを追うようにヤヅキがミカの肩にしがみついた。

「出発!」

 ヤヅキの元気の良い声に癒されながらもミカはギルドに向かった。



 ギルド、それは冒険者のための施設である。魔物の皮や牙等を買い取ってくれるのがここである。逆に言えばここ以外では買い取ってもらえない。

 ギルドには冒険者のみが縛られるルールがある。それは冒険者という職業が成り立つためには必ず必要な物であり、尊守しなければならない。それは、他人とためではなく、自分のために。


 例えばだが、ランクの詐称が禁じられている。なぜなら実力が無いわけではないが他のランクには届かない。そんな人間が自分には一つ上のランクでも大丈夫だ、というように勝手に自信持ち一つ上のランクを詐称したとする。

 そうすれば、頼まれる依頼は当然難易度が跳ね上がり無駄死にさせてしまうことになる。それなら、自己責任で済まされるが数人しか受理していなかった探索依頼でこのような事があれば世界が滅ぶ。そんなこともありえるのだ。

 以前、そのような事があったのだ。今は亡きAランク冒険者 シューガル・リーシアとその弟子、コトネ・セタにより事なきを得たが多くの戦死者がでてしまった。

 だから徹底してランクの詐称は禁じられている。最も、これ以外にも沢山のルールがあるのだが。


 なんとかギルドにミカ達はついた。ギルドの扉を開ける。


 ギルドの中は、雑多だった。隣の酒場から濃いアルコールの匂いが漂っている事から、朝から酒を飲んでいるのであろう。顔を赤くしている冒険者も見えた。それ以外にも、依頼を探てキョロキョロとしている若い冒険者がちらほら見える。

 それを横目にギルドのカウンターへと歩みを進めるミカ。


「冒険者登録ですか?」

 まず最初に聞かれたのがそれだった。

 ミカは身長が低い。多くの人間種の身長の平均は2m程であるがミカはそれよりも40cmも低かった。だから、間違えられたのだろう。


「いや、換金にきた」

 物凄くぶっきらぼうに用件だけ伝える。気を悪くしたわけではない。ただ、他人と話すのが苦手なだけだ。


「そうですか。見たところによると…………」

 言葉を濁したのはミカがなにも持っていなかったからだ。普通、換金にくる冒険者らは多かれ少なかれ荷物を持ってくる。それは魔物の素材だったり薬草だったりするが。


「これでいいか?」

 《時空の輪》から出した多くの素材。それは、ランクにすれば最低でDランク、最高はBランクの魔物の素材であった。


「は、はい。少しお待ち下さい」

 さすがにこんな量を持ってこられるとは思っていなかったのだろう。面食らったように受付の女性は奥へと戻っていった。


 酒場の方ではミカを見た後にどのぐらいのランクの素材が出されるか、という賭けが行われていた。

 見た目からして、最低ランクの素材だろうと、話していたが出てきた素材は大量で自分達も討伐したことも無いような魔物の素材も入っていた。まさか、自分達がこんな小さな少女に負ける、その事実がプライドだけは高い呑んだくれ冒険者の心を抉っていった。


「おまたせしました。代金は983,400Loです」

 983,400Lo。軽く4ヶ月は遊んで暮らせる額である。そして、このような額を叩き出した子供にしか見えない少女が受け取ったのだ。嫉妬、渇望、そしてもしかしたら強奪できるかもしれないという淡い欲望。


 本来、大量の素材を持ち帰っているのだから相応の実力があることは見てとれる。しかし、大金に目が眩んでいる冒険者達は気が付くことはなかった。

「じゃあ、」

 ミカはそう言ってギルドの扉を後にした。


 ギルドを出た後、ミカ達は大通りを歩いていた。

 多くの露店が立ち並び賑わっているその様は見ていてもとても面白いものだった。夕飯のための買い物をしている女性が野菜を売る露店商を値切ろうと奮闘していたり、何やら可愛らしいアクセサリーを買おうとしている男性客など。


「久しぶりだねっ。こんな雰囲気」

「そうだな。ヤヅキ」

 確かに久しぶりだった。Aランクに昇格するまでかなりの長い間、町に入れなかった。ようやく昇格して、久しぶりに入ったのがオルデランド王国だった。


「クェイを二つ。味はおすすめで」

 一つの屋台で、クェイと呼ばれる菓子を買う。

 クェイとは、不思議なことに何処に行っても買える。しかも、名前も全てクェイで統一されている。

 小麦を粉に挽き、それを水に溶かし薄く焼いた生地に果物やジャムなどを塗って食べやすいように丸めてある。このクェイがミカの大好物であった。


「はいよ。200Loだ」

「きっちり、200Loだ」

 屋台の男に200Lo渡して食べながら歩いていく。


「ん、美味しい」

「確かにっ。美味しいね。ミカ」

 買ってきたクェイは、とても美味しかった。オルデランド王国の特産品であるリンゴはとても甘くみずみずしい。リンゴと一緒にかけられているソースの独特の匂いも美味しさに拍車をかけた。

 ヤヅキは、前足で器用にクェイを持って食べていた。


 色々な場所を見て行った。怪しげな薬売りの薬も見た、道化師のショーも見た。昼には食道で大量の食事も摂ったりした。本当に色々な場所を見て、もう日は少し傾いていた。


「そこにいらっしゃるのは、冒険者のミカ・ソーレルド様ですか?」

 そんな時に、ミカは呼び止められた。肩で息をしているギルド職員用の制服に身を包んだ男だった。


「そうだが?」

「至急、ギルドにきて貰えませんか?」


「え~、やだ」

「そう言わずにさ、ミカ。行ってあげたら」

「ヤヅキがそう言うなら、行ってやろう」

 ヤヅキの一声により直ぐに、手のひら返した。断られて泣きそうになっていたギルド職員の顔が明るくなる。


「有難うございます、行きましょう」

 そう言ってミカ達はクェイを食べながらギルドへと向かった。

 ギルドへとまた戻ってきたミカ達。直ぐに奥の部屋へと連れていかれた。その部屋には既に先客がいた。白い竜と黒髪の少年である。


「すみません。またせてしまって」

 ギルド職員が先客に謝っている。


「まぁ、菓子が美味しかったしねぇ。別に良いだろう。のぉ、コトネ」

「はいはい、アサヒ。お気遣いなく。待つのには慣れてますんで」

 白い竜、アサヒと黒髪の少年、コトネ。その二人組は有名である。Aランク冒険者であり、《氷帝の魔術師》コトネ・セタである。


「こちらがAランク冒険者のコトネ様とアサヒ様です」

 ギルド職員が丁寧に説明してくれた。


「ご紹介に預かりました。私がコトネ・セタ。周りからは《氷帝の魔術師》と呼ばれてます。そっちの白い竜がアサヒです」

「私がアサヒだねぇ。見たところ同族かねぇ」

 確かに、ヤヅキとアサヒは似ていた。それはもう、ものすごく似ていた。見た目は色が同じなら見分けはつかないだろうという位に。


「私はミカ・ソーレルドだ…………です。新参者のAランク冒険者……です。こっちが私の相棒の」

「ヤヅキ・ソーレルドだよっ」

 敬語はあまり好きではなく、つまりつまりになってしまう。しかし、ヤヅキはそんなことは気にしないとでも言うようにいつも通りだった。


「本題に入っていいかい?」

 ミカの後ろにいたのは、妙齢の女性だった。ギルド職員と似ている制服。だが纏う風格が違った。幾多もの戦場をくぐり抜けてきた覇者の纏う風格とでも言おうか。


「ギルド長。では、僕はこれで」

 ギルド職員が部屋から出ていった。それを横目にギルド長が話始める。


「オルデランド王国から、他国へと通じる橋が全て落とされた。これから物資は入ってこないだろう」

 いきなりのカミングアウト。


 そう、オルデランド王国は東西南北にある四つの橋で他国と繋がっていた。橋が全て落ちる。そんな事は、通常ありえない。だが、起きてしまった。

 そうなると、物資が他国から輸入できない。そして国は絶望的な程に物資不足になり廃れてしまうだろう。


「だが、僕たちは一つの国の軍事に手を貸すことはできません」

 Aランク冒険者が一人いれば、敵国の軍勢は一瞬にして消えるだろう。だからこそ、Aランク冒険者になれば軍事に介入することは禁じられる。


「もちろん、知っているとも。だからこそ依頼したいのは、橋の付近にいる魔物の討伐だ」


「なるほどねぇ、それならば良いだろうねぇ。コトネ、受けてやりなさいな」

 コトネにアサヒが進める。確かに、魔物の大量発生は国が一つ滅ぶ程の驚異だろう。


「わかりました。私はこの依頼を受けます。ミカさんは、どうなさりますか」


「んー。どうせ国外にはでられないんだ………でしょう?じゃ、や……りましょう」

 やらないと進めないなら、やる。逆に言えば、やらなくても進むならやらない。そういう行動理念だった。


※※※


「報酬は、やはりAランク冒険者の方に動いて貰うので一人、1,000,000Lo」


「わかりました。今から行っても?」

 もう夕暮れである。今から行けば確実に殲滅戦を行っている時には夜になる。


「よろしいのですか?」

「えーと、ミカさんはそれでも」


「ん、いいぞ。暗くても関係ないし」

 狼人族の特長である金の瞳。それは、夜目がかなり効く、昼間と変わらない程に。そして、竜人族の特長も併せ持つ竜人族と狼人族の混血種である。


「そう言うわけですから。行ってきますね」


※※※


 ゆっくりとギルドから出て、街門から外へと出る。遠くに見える大きく頑丈な橋は見るも無惨に破壊されていた。まだ、小さくしか見えないので詳しくはわからないが。


 オルデランド王国に架かっている橋は北東に三つと南西に一つずつ橋が架かっている。


「やっぱり、一人で一方向の橋を奪還します?」


「んー。それでもいい……です」

 敬語、といってもですますしかつけていないが、いつも誰にでもぶっきらぼうに話すことが災いしてあまり敬語が好きではない。ちゃんとしようとすれば、できるのだが。


「敬語抜きでいいよ。僕達もそうするから」

「あぁ、そうか。なら、一方ずつ担当して早く終わった方が真ん中を担当するでいいか?」


「じゃぁ、それで。アサヒ、行くよ」

「はいはい、じゃぁ、ヤヅ坊も頑張ってなぁ」


「うんっ」

 いつの間にか仲良くなっていた。ミカには無い能力である。その能力がないが為に常にミカはボッチであった。


 そんな、ヤヅキとアサヒを見てすごいなぁ、と思いながらも目の前の魔物を討伐することにした。決して、八つ当たりではない。


「ヤヅキ、最初っから本気で行くよ。そして、早く帰って、寝るっ」

「寝る前に、ご飯っ!」

 寝る前に夕飯を食べると次の日大変なことになりそうな気がするがそんなことは関係ない。基本的に野生の竜は天敵が殆どいない。その為、自由気ままに生きていることが多い。それは、野生化していても眷属化していても変わらない。


 すらりと、二振りの剣を抜く。蒼星隕鉄を鍛え上げ、鋭い切れ味を持つ二振りの剣。それに複雑な刻印を施し、ミカ自身の膨大な魔力を込めて完成した魔剣。

 二つの剣の銘は、双魔剣 クラウマギナである。魔術師にとっての最大の敵は、自身の魔力切れである。その弱点を補うのがこの魔剣である。


 切られた者へ不調を与え魔力を奪い、切った者へその魔力を譲渡する。敵を切れば切るだけ魔力が溢れてくるという剣である。


「じゃ、さっさと終わらせますか」

 こちらに気がついた魔物達が奇声をあげて走ってくる。激しい土煙、濃い獣臭、そんなものが美しい夕日とともに感じられる。


「僕も、頑張らないと」

「んじゃ、いっちょ」

 ヤヅキがミカの後ろに後ずさる。


「やってやりましょうかっ」


「のぉ、コトネ。私らは、奴等をやりゃいんだろ」

「ま、そうだね」

 小走りしながらコトネが答える。アサヒがぐん、と飛ぶ速度を上げてコトネの前にたつ。


「まだ、迷ってるのかぃ?」

 生物を殺めるということ、直接ではなくても間接的にでもそれはコトネにとってはとても辛いものだった。

 心優しい、そうもとれる。そして、それまでは周りが同情してくれた。辛かっただろうに、こんなことをさせて済まないと。だが、目の前の白竜(アサヒ)は違った。

『臆病だねぇ、男らしくない』

 本当に欲しかった言葉は、叱責だった。同情の言葉ではなく。そして、それを言ってくれたのがアサヒである。


「昔の事だろ?まったく、いつもそう言う」

「あたしにとっちゃぁ、十数年なんてあっという間だがねぇ」


「じゃ、そういうことにしておく」

 そうやって、無理矢理笑おうとしていた。そして、アサヒが上へと飛ぶ。


 今にも飛びかかって来そうな魔物達の前で静かに詠唱を始める。その詠唱は、本来ならばしなくても良いもの。コトネ程の実力があれば本来無詠唱でもいける。だが、あえてコトネは詠唱する。その理由はコトネが誰にも教えてはいない。

「世の理を改変す。その代償は我が魔力。今一度、森羅万象に請い願う。大地も空も海も全てが凍てつき動きを止める。《万物の凍る世界(アブソリュート・ゼロ)》」


 膨大な魔力が、一時的に物理の理を超える。そして、魔法的な理へと書き換える。


 ピキリ、ピキリと足元の草に霜が降りる。そう思えば、草自身も凍っている。コトネの吐く息が白く口から漏れる。

 そして、例外なく前方にいた魔物も凍りついている。それを見ていた後方の魔物が呪文詠唱に入る。


「凍てつく世界の中心で、理から外れし者が命じる。全てを奪い去る冷気よ。我に仇なす全ての敵を凍らせろ」

 意思をもった殺害の命令。それは、魔物達を包み込み少しずつ、確実に凍らせている。あるものは凍りつきバランスを崩して地面に倒れて、衝撃でバラバラになってしまう。また、有るものは逃げようと後ろ向きのまま凍りついた。



 これが、《氷帝の魔術師》コトネ・セタがAランク冒険者である所以である。


「あらあら、あたしゃぁ、でる出番がなかったねぇ。次は、暴れさせて貰おうかねぇ?」

 地面の惨状に慣れてはいるものの、さすがに驚く。何度見ても慣れるようなものではない。


「じゃ、もう一角を担当しようか。行こう、アサヒ」

「そうだねぇ、次はちゃぁーんと暴れさせておくれや」

 そうやって、その場を後にした。


※※※


 魔物達に向かって走っていく。ある者は火炎の魔法を放ち、土で穿とうとする。その全てを持ち前の動体視力と獣人の勘で避けていく。


「ヤヅキ」

「了解っ!」

 ヤヅキの闇属性の魔法弾が今にもミカに襲い掛かろうとする獣の眉間を貫いた。

 ドサリ、と倒れた獣。


「ぐぎゃゃゃゃゃっっぁぁぁぁっっっ」

 激しく威嚇し、それでも四方八方から襲い掛かろうとしてくる。尻込みしているのは、野生の勘なのだろうか。


 堪えきれなかった一匹の剣を持った魔物がミカに襲いかかってきた。大振りに振られた剣はミカには刺さらず地面へと突き刺さる。次の瞬間には、襲いかかってきた魔物の首が胴体とお別れしていた。


「さて、次はどいつだ」

 びくり、としそうな程の低い声。目の前の小さな少女が出しているとは到底思えない。


「意気地の無い野郎ばかりだ。こちらからいくぞ」

 蹂躙が始まった。どんな攻撃もミカには通らない。どんなに魔法弾で弾幕を張ろうとも最小限の動きで交わされ、ぶつかりそうになったものは双魔剣 クラウマギナにより切られて霧散する。


 的確に、首や動脈や重要な臓器を貫き、あるいは切り裂いていく。


 日はゆっくりと沈んでいく。夕日が沈み月が輝き始める。そんな大地の中に、長い蒼髪が舞っている。時折、見にくくはあるが黒い竜が的確に主人の死角になっている魔物を倒していく。


「なぁ、ヤヅキ。あと、どれくらいだと思う?」

「んー、もう少しかな?」

 足元には、大量の死体が散乱していた。全て、的確に致命傷を負っており傷口から漏れた血が大地を濡らしている。


 蒼星隕鉄を鍛えられて作られた魔剣は、硬い魔物の外皮ですら軽く切り裂き切れ味は落ちなかった。


「この剣、さすがだな」

「苦労して作った甲斐があったじゃん」


「ヤヅキ、何もしてないじゃん」

 軽口をいっている間にも、魔物の数は確実に減っている。






「ふぅ、終わった、な」

「そうだね。ミカ」

 辺りには、動くモノなどは二人以外には無くなっていた。濃い獣と血の混じりあった臭いが漂っている。


「じゃ、加勢にいくか」

「そうだね」

 二人は隣に見える橋まで走っていった。


※※※


 真ん中の橋の近くにまで移動している時にだんだんと日は沈み、月が顔を出し始めている。煌々と輝きはじめる月のせいで見える星々はあまり見えない。


 ほんの少しだけ肌寒い風が辺りを包み込んでいる。


「やっぱり凄いな、Aランク冒険者ってのは」

「ミカもAランクじゃん」

 そこにあったのは、砕けて風に当たり溶けた魔物の成れの果てだった。そして、歩けば冬の早朝の霜柱の降りた地面と同じようにザクザクと音がした。


「あ、ミカさん。お疲れ様です。こっちも終わりましたよ」

「そうか、そうだよな。お疲れさま」

 もう苦笑いしか浮かべられない。広大な地域の物理現象を書き換えたのだ。膨大な魔力が必要だろう。それも二回も行っているのだ。

 だが、顔色一つ変えずにこちらに走ってくる。


「終わったので、一度戻りましょうか」

 確かに全ての魔物が討伐されていた。全て凍りついていたが。


「あぁ、そうだな。一回戻るか」

 そして、王国へと歩き始めた。

「なんじゃこりゃ」

 王国を守る外壁の回りに大量の魔物が溢れていた。そして、それを討伐するための冒険者達も。悲鳴と怒号聞こえ、血の生暖かい臭いが鼻腔を刺激する。


「おいっ、しっかりしろ。おいっ。俺たちは、一緒にBランクを目指すんだろっ。ここで終わらせていいのかっ」

 血塗れになりながら一人の男が、腹を貫かれた男を揺さぶっている。誰が見てももう遅い。

 男もそれに気がついてはいるのだろう。だが認めたくなかったのだ、相棒の死を。


「ねぇ、ミカ」

「私は回復専門じゃないし、死者は癒せない」

「そうだよね」


「でも、私達が敵をすべて倒せば」

「悲しむ人がいなくなるかな」


「コトネ、ヤヅ坊と一緒に一暴れしてくるねぇ」

 アサヒはコトネの顔をスルリと見るとそう言った。


「頼んだ。僕は、味方が線上にいると万物の凍る世界(アブソリュート・ゼロ)は強すぎるから、使えない。チマチマやるよ」

 そう、万物の凍る世界(アブソリュート・ゼロ)は敵味方殆ど関係なく凍らせる。その為、ここで放つと魔物も冒険者も凍らせてしまう。コトネの得意分野は広範囲殲滅であり、この状況での多対一ではない。


 そして、多対一が得意なのがミカである。舞うように双剣で切り裂き、魔法で貫く。確実に敵の数は減っていくが、そのスピードは他に比べると早いが、Aランクとして見れば遅い。

 だが、永遠と敵が居なくなるまで戦い続ける。肉体の疲労、外傷などは戦闘中に治し続ける。

 魔双剣 クラウマギナとミカの治癒魔法と高い集中力があるから成せる技である。


「ヤヅ坊、手伝いに来たねぇ」

「アサ姉、ありがと」

 いつから、兄妹になったのだろうか。

 だが、白と黒の竜は互いが互いの成せることを熟知しているかのような動きで着実に敵を減らし始めた。

 出会って間もないのだが、すぐに打ち解けている姿がボッチ双剣士の心を抉っていった。


「意思もつ氷よ、敵を貫け」

 さすが《氷帝の魔術師》である。高位の魔法を二小節だけ詠唱で何十個も同時に操っている。心臓や頭部などを貫き薄青色だった氷は、真っ赤になっていた。


 ミカは、周りを蹂躙していた。そして、その最中にも敵を軽く癒していた。出来るのは、傷を癒すのと疲労回復ぐらいであり骨折や切断は治せない。自分のものは治せるが。


 真っ赤な大地を駈け、敵を切り裂いていくその姿が印象に残った冒険者は少なくはないだろう。




 どのくらいの時間が経っただろうか。月が沈み朝日が顔を出す。ゆっくりと明るくなり周りの惨状がはっきりと分かるようになってくる。


 大量の魔物の死体。砕け、切られ、焼かれたりした無残な死体とそこから溢れだした血。そして、同じように冒険者も地面に倒れていた。そのことが、今が現実であるということを知らしめていた。


 自分の手を見れば、血が酸化し黒ずみカサカサしていた。


 だが彼は、一同に思っていた。


『勝った。この長い長い争いに』


 突発的であり、事前準備などできては居なかった。それでも、戦いきることができた。それに、多かれ少なかれ自信を持ち始めた。






「皆の者っ!よくオルデランド王国を死守してくれた。まず国の長として礼を言う」

 そこに姿を現したのは、オルデランド王国の国王。シュガリル・フォン・アル・オルデランドだった。


 冒険者の中には、国王に頭をたれる者もいたが多くの者がそのまま立っていた。


「此度の襲撃により、多くの者が散った。だがっ、ここでっ、死を恐れ誰も戦かおうとしなければっ、王国内に魔物が溢れ、戦えぬ者も死んでいただろう。その勇気を讃える。生き残った冒険者達も彼らの勇気を讃え、黙祷をして欲しい」


 シュガリル・フォン・アル・オルデランドの声は集まっていた冒険者の心に響いていた。それだけ、人の心を掴むことのできる声だった。


「黙祷っ」

 多くの者が、声を殺し死者を悼んだ。


 そして、少しの間を置いてから国王が話始める。

「そして、ギルドの依頼を受け一~三番橋にいる魔物を討伐した者達がいる」

 一番、二番、三番、四番、と言うように橋に名前がついている。そして、ミカ達が担当したのが、一~三番の橋であった。


「Aランク冒険者がなんと二人も、このような災害の時に滞在してくれていた。この冒険者達が居なければ我が祖国は滅びていたかもしれない」

 ザワザワと冒険者達が話始める。Aランク冒険者、一度でも見ることが出来れば良いような存在である。そんな、冒険者がどこにいるのか、もしかしたら隣のアイツがAランクかもしれない、そんな期待と不安の混ざったざわめきだった。


「Aランク冒険者、コトネ殿とミカ殿だっ」

 コトネが国王の前にまで歩き始める。仕方がないのでそのままミカも続く。


「誠に感謝している」


「勿体無きお言葉。有難うございます」

 コトネに丸投げすることに決め込んだように黙りこくっているミカ。


 そして、ミカの姿を見て驚いている冒険者達。それも無理は無いだろう。その身長は子供ほどしか無いのだから。


「後程、この二人にはギルドの報償とは別で報償を送ろうと思う。そして、冒険者達よ。今夜は、宴だ。我が祖国の勝利を尽くしてっ」



 王国は、一種の祭りのような様子へとなっていた。もちろん、友人や家族を失った者もいるのである程度は自重しているが。

 また、祭りになった後から遺族に対して国王陛下自らが挨拶をして回るという異例の事態が起こった。


「よぉう、嬢ちゃん。すげぇじゃねぇか。俺はあんな量の魔物に囲まれたら発狂しちまうぜ。そんな中、嬢ちゃんは一人で戦ってたんだからなぁ」

 早速、絡まれた。人混みに入った瞬間人が壁となり周りが殆ど見えないのでコトネとはぐれた。

 そして、受け答えの苦手なミカが男冒険者に絡まれている。他人との会話が苦手なのだ。


「あぁ、ありがとう。お前もきっと、成れるさ」

「ははは、なら頑張らないとなぁ」

 そう言って、ミカの前に中身の入っている陶器を置いた。


「嬢ちゃん、なんも飲んでねぇだろ?おじさんからの奢りだ。ぐっ、と飲んでみ」

 とりあえず、言われた通りに飲み干す。男から漂ってる臭いと同じような匂いが口から漂った。


 そのまま、男は立ち去っていった。ひとしきり喋って満足したのだろう。


「ヤヅキぃ、ほらこぉい」

 コップ一杯の酒で、完全に出来上がってしまった。


「ミカ?大丈夫?」

「だぁいじょうぶ。私はぁ、酔ってなどぉ、いなぁい」

 もはや、完全に酔っている人間のいう言葉だった。


「ミカほら、立って」

 ケラケラ笑っているミカを見て、いつもとは違う面を見れて面白がってはいるものの絡まれてものすごくめんどくさい。

 もう宿に行って、寝かせてしまおうと引きずっていくものの周りに止められてしまい一向に宿まで辿り着かない。


「おいおい、《蒼舞の双剣士》様と《氷帝の魔術師》様は主役なんだぞ?連れて帰っちゃ、ダメだろう」

 こんな風に言われて、先程から戻れないのだ。


 しかも、《蒼舞の双剣士》という二つ名がついていた。蒼髪が舞うように戦うミカが印象的だったのだろう。



 そして、ヤヅキの奮闘もむなしく朝まで帰ることは出来なかった。










※※※


 なんとか朝になって、宿に辿り着いた頃には完全に酔いは覚めていた。


「最悪だ、なんか大変なことしでかした」

 酔っていても記憶はあるようで、完全に羞恥心に襲われていた。


「まぁ、良い経験になったんじゃない」

 完全に疲れきって、ぐでぇ、としているヤヅキに言われる。


「なんで、止めてくれなかった」

 完全な八つ当たりである。


「止めようとしたら、先に飲んでたじゃん」


「あ、もう。無かったことにする」



 こうして、ミカ達の長いような短いような王国での滞在が終わった。

 因みに、報償は無料でミカの自前のローブに《加熱》と《冷却》そして《解毒》の魔術刻印をしてもらった。三つの刻印を施すのに技術者達が不眠不休で頑張ったことも忘れないでおこう。




「さてヤヅキ。また、野宿だっ」

「ねぇ、もう少しマシな言い回しなかったの?」

 少しだけ間の抜けた旅がまた始まる。

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