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俗・さんびきのぶた  作者: 草村しげる
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(五)

   (五)


 そしてこの状況は一体何なのでしょうか。


「だって、君は狼なんでしょう?」


 無邪気な豚なんてろくでもない、とその時私は思いました。

 豚の背後で鍋がぐつぐつと悪夢のような音を立てています。


「君は狼、僕は豚。そして由緒正しき豚の家訓は?」


 ――狼には気をつけろ!


「いやいや少し待ちましょう。だから何で無実の狼を鍋に突っ込もうとしているんですか」

「狼だから?」

「疑問形!?」

「駄目?」

「駄目に決まってるでしょう!誰が好き好んでじっくりことこと煮込まれて晩御飯に饗されたいとほざくと思ってるんですか!?」


 これだから純真無垢で無邪気という役柄を背負った末っ子というものは性質が悪いのです。一体私が何をしたというのか。狼に生まれ、物語を語っているというだけなのに!

 善良な吟遊詩人、もとい吟遊詩狼を捕まえてなんてことでしょう。

 一夜の宿を求めた先を選び間違えた自分にも非はあるでしょうが、出会い頭にこの扱いは誰が予想できたでしょうか。


「先祖代々の口伝に乗っ取って狼から身を守ろうとしただけだよ、僕」

「そうやって豚(自分)は悪くないと主張するから余計に性質が悪い!」

「失礼だなあ。僕だって末っ子の豚というみんなの偶像を背負わされて大変なんだよ。真面目で、堅実で、賢くて、心優しく、勇気に溢れる豚……ってどんな豚だと思う?そんなの僕ら兄弟をよく混ぜて一匹にしないと無理だと思わない?」

「まあ確かに勝手に背負わされた期待に縛られるのは苦しいものですからね」


 少しだけ、私は豚に同情しました。時として狼だから悪、と石を投げられる自分の身の上と重なる部分を見てしまったからかもしれません。


「だから私は旅に出たのです。この琴と笛を手に。狼だからと蔑まれない場所を探して」

「君もなかなか大変なんだねえ」


 豚の声に、同情が滲みます。豚も私を自分と重ねたようでした。


「そうですよ。でもそれほど悲観するものでもない。世界は広いのです」

「そうかな。僕はあの日、兄さんたちと別れて道を歩いて、たくさん歩いてここにやってきたけど、結局みんな、末っ子の豚として僕を見るよ」


 少し悲し気に、豚は目を伏せました。


「何を仰る。あなたが見ているのは世界の一部分。海を見たことがありますか?」

「海?見たことないなあ。本で読んだけど」

「それは勿体ない。海に出て御覧なさい。自分がとてもちっぽけなものに思えますよ。世界は広いのです」

「海か……昔兄さんたちと飛んだ空より広いのかな」

「空も海もどちらも広い」

「君は海を見たことがあるの?」


 豚は首を傾げて私に問いました。


「それは勿論。何を隠そう、これから向かう先も海なのです。船旅をして、遥かな異国へ旅するのです」


 自慢気に語ったこの時の自分が呪わしい。後に私は思いましたが、後悔とはすべからく後にやってくるものなのです。

 気付けば豚がきらきらと輝く瞳で私を見ていました。嫌な予感しかしない、無邪気な瞳でありました。


「君は僕の運命だ!」

「意味が分からない」


 心の声が思い切り口から飛び出しましたが、豚は気にしませんでした。


「僕は君と行くよ!遥かな世界をこの目で見るんだ!」

「意味が分からない!」


 どうして私と旅に出るという結論になるのでしょうか。神などいない。私は思わずその場に膝をつきましたが、面倒な運命は私を解放しようとはしてくれませんでした。


「行こう。海へ!世界は広い。それを僕はこの目で見るんだ!」

「意味が分からない!」

「じゃあ、君、僕にじっくりことこと煮込まれる?」

「なんでそんな純粋な目で物騒なことを仰るんですかあなた」

「由緒正しき豚だもの」

「意味が分からない!」


 航海王として、未知の大陸を発見しその名を轟かせる豚と、物語を書き残したその右腕が

伝説と呼ばれることになろうとは、豚と狼(本人たち)にも与り知らぬ先の話なのでした。



 三匹の兄弟が、空と地と海の交わる場所で再会するのは少し先の話。



(終)



お付き合いありがとうございました!

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