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春と沙羅

少女は今日、大人になる

作者: 川里隼生

 私は何を目標にして生きようか。最初はパティシエになることだった。中学校で途中から不登校になって、その夢は閉ざされたように思えた。実際、こんな私が生きる価値なんかないと当時は本気で思った。今でも左手首にナイフの痕が残ってる。そんな私を、ベイフロント国際高校が救ってくれた。


 不登校になって以来、私はいつか中学校に復讐してやろうと思って生きてきた。私をここまで追い込んだ中学校が許せなかった。どうせ生きる価値なんてない人生だ、死ぬなら復讐くらいはやってやる。あの監獄のような校舎を爆弾か何かで吹っ飛ばして、歴史を終わらせる。


 そんなことを考えながら三年間を過ごした。ここでの学校生活は楽しかった。勉強は教科書を開いてつまらない話を聞くだけと思ってた私の常識が変わった。この高校は図書館に行ったり、劇場に行ったりして本物を学ばせてくれた。どれだけ問題を間違えても何度も私のためだけに教え直してくれた。全日、定時、通信の三コースがあり、私は自分で全日制を選んだ。


 そして智花ともかという新たな友達を手に入れた。一時期疎遠になっていた親友、夏実なつみと再会できた。実年齢は年上の後輩、恵子けいこや、面白い先輩のゆきさんと晴香はるかさんにも出会えた。何より初めて男子と仲良くなれた。自分でも言葉遣いがきついと思ってるのに。


 今日はそんな高校と別れる日。夏実や智花と一緒に会場まで行こうと約束している。松山田まつやまだバス停にはもう二人とも待っていた。

「さっちゃん、こっちこっち」

 智花が手を振っている。

「わかってるって」


 智花がバスを調べたらしい。不安だ。

「大丈夫だよ。ここにも書いてるけど、あと五分で来るから」

「智花ちゃん、これ平日ダイヤじゃない? 今日は建国記念日の振替休日だけど」

 案の定間違えていた。どうでもいい話だけど、日本に『建国記念日』なんて祝日はない。『建国記念の日』だ。

「仕方ないな。隣のバス停まで歩けば他のバスがあるだろ」


 隣の野田公園前のだこうえんまえは二つの路線の分岐点になっている。私たちが歩いていると、ちょうど別の路線からバスが来るところだった。

「ちょっと走るぞ」

 体力にはちょっと自信がある私がバスを引き止める。


 二人とも息を切らしている。

「ギリギリだったな」

「あぶなかったね」

「お前のせいだろうが」

 智花は笑ってごまかした。三人のタイトスカートに皺はついてない。私がスカートを履いたのは多分一年ぶりだ。去年の卒業式に着たスーツを着ている。


 会場は高級ホテルの貸会議室。毎年ここで行われている。会議室といってもプロ野球のドラフト会議ができそうなくらい広い。

「おはようございます。ご卒業おめでとうございます」

 二年生の男子がホテルのロビーにいた。


 去年は賢吾けんごがやった係だ。在校生が卒業式を会場まで誘導する。一本道だから間違えるわけないのに。役割のない在校生は一人もいない。

「ありがとう」

 夏実は律儀にもお礼を言う。廊下の向こうには、もう同級生が集まっていた。


 会議室の入り口で、恵子が私たちに記念品をくれた。これは私が去年やった係だ。記念品は去年と同じで、校長先生の絵。うちの校長は画家で、毎年の卒業生に絵を送っている。私の絵は太陽の光を浴びる百合だった。智花は港から昇る朝日、夏実は町行く猫の絵をもらった。


 そして式が始まった。

住吉すみよし沙羅さらさん」

 担任から名前を呼ばれた。ステージに上がって卒業証書をもらう。こんな私でも高校を卒業できたんだ。そう思うと少し感慨もあった。卒業証書は本のような形をしていて、海外の学校みたいな感じがする。


 式は終わった。会議室を出ると、男子たちが先生を囲んで円陣を組んでいた。賢吾も輪の中にいる。

「さっちゃん」

 後ろから呼ばれた。この声は智花だな。振り返ると隣に夏実もいることがわかった。

「大学がんばってね」

 二人とも笑っていた。


 笑顔を見て、何か泣けてきた。この二人の笑顔を見れるのも今日が最後かもしれない。つい二人に抱きついてしまった。

「絶対がんばるよ」

 この学校のためにも、二人のためにも、犯罪なんて馬鹿な真似はできないな、と悟った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 卒業できてよかったです
2019/09/24 08:01 退会済み
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