第8話
朝起きると、朝食の良い香りが、部屋の中に漂って来ていた。
体を起こし、食卓へ行くと、焼き魚にお味噌汁、漬け物など、定番といえば定番の和食料理が用意されていた。
俺は、定番料理にも関わらず、この異世界に来てからの環境の変化に、少し順応しきれていなかったせいか、その、ごく普通の定番料理が無性に嬉しかった。すると、一樹の母親が話しをし始めた。
『一樹、あんた最近大丈夫?なんか様子が変だから、、ちょっと疲れてるのかしら?朝ご飯、しっかり食べて、元気だしてね!』
『ありがとう、でも、なんでもないから!ちょっと寝不足なだけ!』
『そう?ちゃんと寝なきゃ、身体壊すわよ、今日は帰ったら、ちゃんと寝なさい。』
『うん、心配かけて、ごめん、、あと、、ちょっと聞きたいことあるんだけど、聞いてもいい?』
『いいわよ。何?』
『母さんってさ、結婚する前、なんで父さんと付き合い始めたの?』
『あらまぁ、ふーん、そういうこね、、。』
『そういうことって何?答えたくないなら、答えなくてもいいよ。』
『あはは、なんでもないわよ!うーんと、父さんと付き合い始めたのは、強いていうなら、父さんの真っ直ぐさと、押しの強さね!私、こう見えて、若い頃、結構モテたのよ!話すと長くなるけど聞く?』
『あ、いや、それだけ聞ければ、いいかな!教えてくれて。ありがとう!』
俺は、一樹の母親の話がそれ以上長引くのを恐れ
、逃げるようにして、急いで朝食と支度を済ませ家を出たのだった。
俺は学校までの道のりで、自分がこれからどうすべきかを考えていた。
このまま、自分には何も出来やしないと引きさがって、例のケータイのクリアボタンを押して、元の世界に戻って、いつもと変わらずバイトをして、ゲームやったり、アニメを観たり、パチンコ屋で時間を潰して、一生実家で、ずっとそうして生きていく想像をした。
それが俺の幸せ、、、幸せなのか?じゃあ、なんで、俺は、あのケータイに興味が湧いたのか、そして興味だけに留まらずに、今この世界にいる。元の生活に満足していたはずの俺がなで、、、。
俺は薄々、分かっていたんだ。就職した先で、上手く行かなくて辞めることになったのも、いつも来るお客の爺さんが、何度同じ事を言っても聞いてくれないのも、今、雪に想いを伝えようとして雪が俺の話を聞いてくれないのも、俺は、全部周りが悪いと思っていたけど、そうじゃないって、本当は分かっていたんだ。何もかも中途半端に放り投げて、だれだって適当にやって生きてるんだから、中途半端は俺だけじゃないし、みんなそうだからいいかって、納得したつもりでいた。
でも俺が日常に感じていた、自分でも分からない葛藤のようなものは、こうして、ずっと、俺の中に残った。
向き合って傷つくのが怖かったという理由だけでやらなかった自分に対する劣等感。
みんなそうだからいいかって。
でも、あのケータイを手にして、ここへ来て、誰も本当の俺を知らない中で、他人の仮面被ったのに、それでも上手くいかないことで気が付いた。俺が何もしないで、ただ、びびっているだけだって、周りを見ようともしなかったって。その上、まだ怖気づいている。
さっき一樹の母親が言っていたことは、そう考えると、まんざらでもないように思えてきたのだった。真っ直ぐさと、押しの強さは、性格上、俺には無縁のようなものだった。
けれど、また、何もしないで引き下がって、劣等感に溺れていくなら、いっそ、ボロクソになってもいいと思えた。不思議とこの世界に来てから、そう思えたんだ。