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社交辞令とかいいから、身代わり契約とか如何です?  作者: 音羽 雪
私と彼の身代わり契約。
3/23

3 会って七日だよ

 師匠せんせいとレッスンを始めてから七日。レッスンの時間は三時間くらいで終わる。でも暇なので、レッスンを延長していたり、世間話をしたり、最近は師匠せんせいと一緒にいることが多い。私につきっきりで大丈夫なのかと聞いたけど、私付きの侍従になったので大丈夫らしい。すっかり忘れていた。でも、何もないなら他の人の手伝いをしたりするらしい。私につきっきりにさせてなんか罪悪感••••••。

 現在も師匠せんせいといます。ピアノのリハビリをしています。


 ドドソソララソファファミミレレド

 ソソファファミミレソソファファミミレ

 ドドソソララソファファミミレレド


「弾けました!」


 ヒャッホー!!初歩の初歩だけど!!片手だけど!!『きらきら星』だけど!!


「えーと、何という曲ですか?」


 大分、師匠せんせいの堅さがとれてきたのを嬉しく感じる。知らなくて当然か。きらきら星、この世界にはないっぽいし。


「『きらきら星』という曲よ」

「初めて聴きました」


 だろうね。って私、この世界にあっちの世界のもの伝えて良かったんだろうか。


師匠せんせい、この曲のことは誰にも••••••」

「わかりました。誰にも言いません」

「ありがとうございます••••••」


 私、ずるいな。師匠せんせいを全部は信じられてない。口止めなんて保険かけて。あー色々と罪悪感が••••••。自己嫌悪だな••••••。


「••••••今日もありがとうございました」

「いえ、では失礼します」


 私が辛いから、お礼を告げ、帰っていいことを暗に示した。察しの良い師匠せんせいは先に練習室を出て行った。


「••••••ごめんなさい」


 一人呟いた声が静かな部屋に消える。

 信じられなくてごめんなさい。全部話せなくてごめんなさい。

 前世と違って仲良くなれたとしても、私が警戒しすぎている。タクに言われた通りだ。

 溜め息をついて出されたままのお茶を自分で注いで飲む。


「おいし!!」


 つい口をついた本音に一度口を塞ぐ。師匠せんせいなんでもできるな!私より女子力と持ってるでしょ、絶対!!嫁に欲しい!!!


「••••••誰もいないよね」


 誰もいないなら••••••はっちゃけても、いいよね?ね?大丈夫だよね?ね?

 まず、服を膝辺りまでたくし上げる。涼しい〜。天国〜!このドレス、暑いんだよね。もう春だっていうのに、このわさわさのドレスは暑すぎる。しかも重い。邪魔。飾りがゴテゴテついてて。シンプルなのでも別にいいんだけど、それをすると私が本物のファレルなのか怪しまれる可能性があるしなー。(仮)は派手なの好きだったしな。

 走りたい••••••。すっきりしたいし。たくし上げたから走れるかなぁ。部屋、前世の家より大きいし。••••••走れないこと、ないよね?一応、カーテン閉めて•••と。


 ヒャッホー!!!!!


 久しぶり!この爽快感!この風!!十四年ぶりに走るけど、遅くなってないかな?鈍ってないかな?木刀ふりたい!!でも、真剣しかないよねー。真剣は危ないし。マジで切れるし。なんか••••••、あ、今度機会があった時に棒探そう!!木刀みたいな!振れそうな奴!!とりあえず今は、

 思う存分走るぞおーーーー!!!!


 パタン


「「え?」」


 え⁈まさか、


「•••••ファレル、様?」

「し、しし師匠?」

「師匠⁈」

「ゔあー、っむぐ」


 た、助かった。他の人まで来ちゃうとこだった。でも、


 たくし上げたドレス。実は食べ散らかしてたお菓子。しかも師匠って呼んでしまった!


 ばれましたよねー••••••。


「どういう、ことですか」

「••••••ごめんなさい〜っ本性なんです〜っ気を抜いちゃったんです〜〜っ」

「ファレル様⁈」

「ごめん、取り乱した」


 驚きすぎて、キャラが崩壊したよ!!こんなキャラ、いても脳外に出すべきじゃないな!!!


「いつものファレル様は?」

「あーあれね。猫被ってるだけ。何か怖がられてるけど、中身これなんだよ。師匠せんせいと話してる時は片鱗とかあったかもですけどね」

「あ••••••」


 思い当たる節があるらしい。


「という訳なんだよ」

「はあ••••••」

「言わないでください」


 今ならスライディング土下座とかしてもいいから!!!だから秘密にしといてください!!!!


「いいですよ」

「え?スライディング土下座とか、しなくていい?」

「何ですかそれ⁈ろくなものじゃないですよね!!!!!」


 数メートル先から小走りで土下座相手に駆け寄って、身を滑らて、相手の足元0.5~1mのあたりに手元を持っていく感じで土下座のポーズをとるとゆー土下座です。


「ははは、師匠せんせいもそんな感じでいいんじゃない?これから私も二人の時は素に戻るだろうし」

「猫を被ってるの、ばれませんか⁈」

「今のところ、そんな予定はなくてよ。ほら、遠慮するのは、逆に私に失礼というものでしてよ」


 少し令嬢スイッチを入れてみせる。


「•••じゃあ条件として、先生って呼ぶのを止めてください」

「何で?」

「なんか緊張するんですよね。それに、さっきの『ししょう』というのは?」

「あー先生と同じ意味かな。なんて呼べばいい?」


 決して、私の夢と希望の詰まった言葉だとは言えない!!


「ゲイル、と呼んでください」

「分かった」


 コンコン


「ファレル様」

「何の御用ですの?」


 私の元を訪ねてきたらしき侍女は令嬢スイッチを即座に入れた私と、周りの状態を瞬時に整えたゲイルを見たことだろう。

 ゲイル!素晴らしいね、その対応力!!ウチら、意外といいタッグ組めるかもよ⁈


 ☆


 元から少し噂やイメージとは違う令嬢だとは思っていたけど、まさかあんな本性だとは•••••。昼間の衝撃を思い出す。

 袖口のボタンが無くなっていることに気付き、練習室で落としたのではと思い早歩きで戻った。

 ドアを開けた時、彼女はくるぶしまで隠れるようなドレスを膝までたくし上げ、僕が見た時は気付いて止めたようだったけど、部屋の中を走っていたようだった。

 慌ててノックをしなかった結果、凄く驚くことになるとは••••••。

 ファレル様とのレッスンが終わった後、手伝いに行こうと思っただけだったから、急ぎではないことがせめてもの救いだった。


 でも、彼女の本性を知れたことで僕らの距離は縮まったように感じる。今まではいつもなんだか距離があった気がしていたのも一つの原因だろう。それに、彼女は人当たりがよく見えて、結構警戒心が強い。周りの人間を信じる気も余りないようだ。

 僕は多分この一件で信頼を得る一歩は踏み出せたはずだ。あとは、彼女の秘密を言わないとか、素を出してみせるとか、簡単なことで大丈夫だろう。


 僕は、彼女の信頼を得たい。彼女の傍に在りたい。たった七日でそう思う。彼女を恐れている人はきっと先入観に騙されているんだろう。

 たった七日、七日でも、彼女は僕のかけがえのない人になった。今まで四年、仕えてきた家の令嬢には使用人である僕と自分から話そうとする令嬢はいなかった。でも、


『貴方が師匠せんせいですのね?』


 彼女は自分から話しかけてきた。どころか、


『そんなこと、思いもしませんでしたわ』

『どちらかというと、侍従の仕事しながら、ダンスも礼儀作法も教えられるなんて、素晴らしいのでは?』


 初めて言われるようなことを言ってきて。その日から、初めてあった瞬間から、彼女は特別な人だった。

 一緒にピアノを弾いたりもするようになって、周りと聞く『お嬢様』とは違うように思った。

 たまに見せる笑顔は、いつもの大人びた何かを悟ってる顔とか、使用人に笑ってみせる微笑みとは違って、年相応の、十四歳らしい楽しげだったり、悪戯っぽかったり。鋭さを感じさせる美貌とは真逆の。

 先生呼びをやめて欲しいと言ったのは、関係を『先生と生徒』止まりにしたくなかったからだった。


 本当に実感した。

 僕は、彼女が慕わしいのだと。


 明日から、今日より少し変わった関係が始まるだろう。そうしたら僕は、彼女のことをどれだけ好きになっていくんだろう。


 ☆


「おはようございます」

「おはよう」

「おはよう、ファレルさん」

「デイルとは上手くやっているか?」

「はい、ピアノも少しだけ弾けるようになりましたのよ」

「そうか」

「今日、時間は空いていらっしゃいますか?」

「暇はなさそうだ」

「そうですか」


 またあっさりと••••••。慣れたけどね!!!!チャレンジから八日目だけど!もっとも実際に言ったのは三回目だけどもね!!!大分お父様の雰囲気には慣れたけど!!••••••••••っいや!嘘です!!慣れてないです!!!


「いただきます」


 いつも通りになりつつある朝食の始まりだった。





 コンコン


「どうぞ」

「おはようございます、師匠せんせい

「先生呼びはやめて下さいと言いましたよね?」

「事実としてレッスン中は師匠せんせいでしょう?」

「本当に公爵令嬢・・・・ですね。そこからあの本性は想像できません」

「ここが防音のようで助かったわ」

「ピアノが置いてありますから」

「本性が簡単には漏れないわね」

「ドアに耳を寄せても大丈夫なことになってます」

「どんだけ壁厚いのよ••••••」


 安心して一気にオフにする。


「大分仮面がとれてきましたね」

「自分とは違う人を演じてみるのもなかなか面白いよ」

「凄くはっちゃけますね。鍵をかけておいた方がいいか」

「よろしくー」


 師匠せんせいに苦笑される。


「じゃあ、礼儀作法は」

「お父様に褒められるくらいには」

「なら大丈夫ですね」


 うん。ちゃんとした事実だ。問題はさ、もっと別のところにねー。


「ダンスの方は」

「お手数おかけします!」

「なんで今そんな鉄壁の笑顔になるんですか。自慢できませんから」

「わかってますって。でも、師匠せんせいの足を踏む回数は減った!!」

「三回に一回から五回に一回くらいですけどね」

「•••••言うようになったなー」

「遠慮は要らないと言われたので」

「そっか」

「そうです。始めましょう」

「はい」


 手を最初の位置に置く。


「いち、に、さん」


 うわあああああああああぁぁぁ!!!!!!ガンバだ!!私ー!あー!ずれた!!どうしよ!!ぎゃあああ!!転ぶ!転ぶ!


「ふあっ!••••••っとうっ!!!」


 ふーあぶねー。なんか脳内で独り言する変な癖がついてんな!!ま、悪いことではないか。

 ••••••あれ?転ばなかったけど、なんか?踏んでる?まさか••••••。

 師匠せんせいの顔を見上げる。あ、やば。やっぱりそうなのか?足へ目線を落とす。


「ごめん」

「っはい••••••」

「いち、に、さん」


 足を急いで退ける。しょっぱなから踏むとはねー。


「もう一回最初からしましょう」

「はい」


 今度こそ踏まないように。慎重に。

 うわっ。

 師匠せんせいの方に倒れ込む。


「またもや、ごめん••••••」

「いえ」

「抱きとめてくれて、ありがとう」

「抱きっ⁈はは早く立ちましょう」


 まあこの世界では嫁入り前の娘が密着しているのをよしとしないか。


「これから善処します」

「走るのはこの部屋の中でですよ」

「しばらく休んだら?」

「••••••ピアノ弾きたいだけですよね?」

「何か問題でも?」

「いえ、休ませていただきます」


 顔を見合わせて笑う。


 ソーミソーミファミレドー

 レレミファーレミミファソーミ

 ソーミソーミファミレドー


「何の曲ですか?」

「『かっこう』っていうやつ」


 ドレミドレミソミレドレミレ

 ドレミドレミソミレドレミド

 ソソミソララソミミレレド


「今度は?」

「『チューリップ』だったっけ?」

「忘れたんですか」

「うん」


 十四年前だよ。忘れるよ。


「ゲイル」


 今日初めて師匠せんせいをゲイルと呼んだ。心なしかゲイルも嬉しそうだ。


「何でしょう」

「お茶とお菓子食べたい」

「わかりました」


 ゲイルのお茶、美味しいんだよね。


「美味しい••••••」

「そうですか」

「幸せね••••••」


 自然と笑みがこぼれる。


「••••••好きですよ」

「?何が?」

「ファレル様のこと」

「急に何よ?でも、ありがとう。私も好きだよ?」

「え」

「ダンスが下手すぎるとかで愛想を尽かさないでね」

「そんなこと」

「友達とか初めてできたんだもの」

「••••••••••はい、これからも、傍で仕えます」

「ありがとう」


 十四年間で初めてできた友達なんだ。だから大切で。ずっと、支えていて欲しい。支えていきたい。


 タクといて、楽しくて、これが、『好き』って気持ちだと思っていた。

 私、ゲイルといるの、楽しい。タクといた時みたいに。


 なら、これは、



 恋、ですか?


 きっと、いつか知ることになる。これが、恋、なのか。

 でも今は、答えを出せなかった。

今回もありがとうございました!!(^.^)

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