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社交辞令とかいいから、身代わり契約とか如何です?  作者: 音羽 雪
私とあなたと運命の悪戯
20/23

3 切りきれなかった細い糸

きっと夏でもあんまり暑くならない気候です。あと、日本より夏短い。北海道に近いかも。

 いつの間にか私は、見覚えのある駅のホームに立っていた。

 デートの帰りだったっけ。

 私は、これから電車が来ると確信していた。

 その証拠に電車のガタンガタンという音が聞こえてくる。血が騒ぐ。嫌な予感がする。何か、起こるのだろうか。誰かが、死ぬ?タクが••••••?

 ああ、こう考えた自分を私は知ってる。

 死ぬのは、私だということも知っている。

 前に押し出されて、落ちる浮遊感も。

 それだけじゃない、言いようのない既視感もある。私は、前にもこの夢を見たの?


 頭を何かにぶつけて、私の目の前は真っ暗になった。


 タクに謝りたいのに。ずっと一緒にいられなくてごめんって。夢の中でも、伝えることができないとか。悔しくて、必死に目を開ける。


 ぼんやりとした私の視界。それでも駅のホームで私を見下ろしている人がいるのはわかった。その人が私を見てることも。今まで余裕がなくて気付けなかったの?


 あなたは、誰?


 電車が通り過ぎた。


 ☆


 窓を叩く強い雨の音が静かな部屋の中に響く。

 でも、身体が震えるのは寒さのせいじゃない。


 会いたい。

 会いたいよ。


 自分でも意味がわからない。今の私に会いたい人と思える人なんて。誰に会いたいと言うのか。


 タクに?

 否、会えるわけがない。それに、今の私は『風音』じゃない。『風音』とファレルは別モノだ。


 私はファレル・フレムダレム。

 それ以外の何者でもない。過去なんて関係ないと、そう思う。


 だからこそ私は何故、誰に、会いたいと思うんだろう。

 自分の気持ちが全部それに持ってかれるほどの強い気持ち。こんなものが自分にあるなんて初めて知った。


「んぅ………?!ファレル?」

「あ、ライア様、起こしちゃいましたか?」


 いつの間にか起きちゃったのか。気付けば震えは止まっていた。


「そんなことよりも、何かあったのっ?」

「雨が降ってるくらいですかね?」

「馬鹿なの?ねえ、馬鹿なの?」

「なんで馬鹿よわばりっ?!」

「なんで泣いているのよって言ってるのよ!」


 泣いてる?誰が?私が?…私が?……え、私が?………わたしがぁっ?!

 膝で握りしめていた手の甲に生温かいものが落ちた。

 はい、泣いてるんですね、私!!


「ちょ、この馬鹿娘っ!手で全部拭うとか令嬢として失格よ!失格っ!」


 どこから出したのか、ハンカチを渡された。

 ……ライア様、可愛いぃ。態度は冷たいのに行動は優しいとか、ツンデレの極みじゃん。

 言ったら軽蔑の目で見られる気がするけど。


 そう思いながら私はそのハンカチで思いっきり洟をかむのと、ノックの音がしたのは同時だった。


「王女殿下!」

「アリア、何かあったの?騒がしいわね」

「も、申し訳ございません」

「おはよう、アリア」


 アリアは公爵家にいるアリシアのお姉ちゃんらしいので、猫を被る必要が無くてホッとした。


「それで、何があったの。アリアがそこまで焦るなんてどんな大事かしらね」

「殿下も他人事ではありません。______王太子殿下が、お目覚めになりました」

「お兄様が?!」


 王太子殿下って、会ったことあるのかな。全然想像つかない雲の上の人だわ。


「ファレル、朝食はこちらに運んで貰うから、ここで食べていいわ!」

「はあ、ありがとうございます。いってらっしゃい」


 私が「いってらっしゃい」の「ら」を言ってるくらいでライア様はアリアと一緒に行ってしまった。

 朝食は有難くいただきます。


 ☆


 それにしても、流石王城。料理の格が違う。うちも公爵家なんだけどなぁ。ここまでではないや。誰もいないことをいいことに、完食した!…ホント、こんなんで令嬢に擬態できるのか?


 で、只今ライア様の本を読んでる。

 うん、BL。只今三冊目。新しい扉開いたらどうしよう…。さらに嫁の貰い手がなくなるんじゃ?正直、今の私礼儀作法できてないし、外面だけだし。

 あれ?嫁のことなんて心配しなくていいのか?隣国の人質になってる内に結婚適齢期逃すとかありそう。それ口実に、一生独身貫いちゃうとか?

 うん、ありそう。私、そうする気がするわ。


 それにしても、暇だなぁ。


 令嬢の擬態試しついでに散歩しよっかな。


 ☆


 なんて考えた私、馬鹿だな。

 記憶なんてないんだから王城の構造なんて知るわけないじゃん。

 つまり、迷子になったというね。

 いや、なんかさこっちに導かれてるーって感じがしたから向かったんだけどね。この部屋の前に着いたのはいいけど、どこだよここ。

 ライア様の部屋に帰れなくなった。

 そして何故にこの部屋。…なんかあるんですか。


 えーい、女は度胸!


 そう心の中では勇ましい掛け声を上げつつ、外では令嬢らしくドアをノックする。

 …返事ない。

 入っていいかな。駄目だったら、使用人さん達に止められるはず。チャレンジしちゃうよ。

 ドアがキィッという音をたてずに開いたのはとても高級だからかな?

 誰もいない?使用人さん達に止められなかったし、入っても大丈夫だということだろうか。


 入った記憶ないのに懐かしいとか不思議。体が覚える、とか?まさかね。

 でも、もしそうなら、私は何で懐かしいと思うんだろう。何をそこまで大切にしてたんだろう。


「流石王城……ソファがフカフカ」


 換気のためか開けられている窓から入る風が気持ちいい。私はいつの間にかうとうとして、次第に爆睡していった。


 ☆


 俺は記憶が無い、らしい。

 確かに妹だという綺麗な少女に全然覚えは無い。全て忘れているわけではないのか、作法はそれなりに形になっているらしい。だが、自分に関する記憶は、自分が何故豪華なベッドで寝ているのか、その前まで何をしていたのか、それすら思い出せないという有様。

 俺が王太子で妹を守って傷を負った結果記憶を失くしたのだと言われても、他人事のように思える。


『妹』が両親を呼んでくると部屋を出て行った際に抜け出してきたのだが、記憶がないから当然とはいえ迷ってしまった。

 そして今現在俺は適当に城内を放浪している。否、適当ではなく体で覚えているのか、そのまま導かれるように歩いている。

 すれ違う人達が驚いた顔をしているが、当然か。俺は結構な間眠っていたらしいし、『妹』が言う事を信じるなら俺は王太子という高貴な身分。驚くなと言う方がおかしいんだろう。


 暫くして俺は一つの扉へ辿り着いた。特に躊躇する事もなくその扉を開け、中に入る。


「は…………」



 俺の目に映ったのはソファで座ったまま眠り込んでいる一人の少女だった。



 …とりあえず俺は扉を閉め、少女の眠るソファの右隣に腰掛けた。

 ここが何の部屋なのかも不思議だが、この少女の存在の方が不思議だ。

 銀糸のような艶やかな髪、整った顔立ち。文句のつけようもなく美少女と分類されるだろう。

 だが、何でそんな少女がここに。しかも寝てる。俺の中に残ってる貴族の常識が城に入れる程の身分の少女はこんな場所で眠るような生き物ではないと訴えている。


「ん……」

「………!」


 そう思っている間に俺の腕に少女は寄りかかってきた。

 起こした方がいいのか?それともこのままでいいのか?………まあ、外をウロウロしていて『妹』に見つかれば怒られること間違いなしだ。よし、このままで。


 ただ、この体制だと少女が少し寝にくそうだ。寝にくいからという理由で目が覚めて変態だとか喚かれたらたまったものではない。

 彼女の頭を俺の太もも辺りの上に移動させ、寝やすいように靴を脱がせて足もソファの上に乗せる。よし、これで安眠してくれればいい。


「ふふ……」


 少女の桃色の唇が弧を描く。

 何か楽しい夢を見ているのか。少し頬が紅潮している。

 銀の髪を指先で弄んだり、その頬に手を滑らせてその滑らかさを楽しんだりして、暇をつぶす。それだけで飽きは来なかった。この少女をつぶさに観察しているだけでも楽しかった。


 そうしてどのくらいの時間が経って行ったのかわからない。だが、そんな時間は案外早く終わりを告げた。

 ガチャリと扉を開けたのは恐ろしく起こっているのだろう『妹』だった。だが、怒っていた彼女の表情は俺の足辺り______というより『妹』の凄まじい怒気を浴びてもなお眠り続ける少女を見ると、何故か、やってしまった、というような表情になった。

 だが、そんな表情もすぐに取り繕われ、彼女は笑顔になった。目が笑っていないが。

 膝に少女の頭があるために身動きできない俺の代わりに『妹』が此方に近づいてくる。


「お兄様、こんなところで何をなさってますの?部屋で待っていれば良かったのに、何故抜け出しましたの?私は探すことに無駄な労力を使うことになりました。それをどう詫びて下さるのです?しかも、何でファレルと一緒にこの部屋へ?ねぇ、答えて下さいますわよね?」


 息継ぎ無しのこの台詞を笑顔で言われるのは恐ろしいほど迫力があった。あと、とりあえず、この少女はファレルというらしい。


「わ、悪かった………全面的に俺が悪い」

「わかっていらっしゃるならしなければいいものを。で、ファレルの方は如何説明なさるのですか」

「あ、ああ、まずは彼女がこの部屋で眠っていてな」


 そう言った瞬間の『妹』の怒りようは先程以上だった。まだ続きを話していないまま俺は硬直する。


「ファレル!起きなさい!」

「んん〜?………あと五分ーー………」

「………一生眠らせてやりましょうか」

「いや待て!」


 この『妹』は優雅な見た目とは裏腹に気性が結構荒い。もう目が据わっている。

 俺は少女の頭を守るようにそれを抱き込む。


「お兄様、退いてください。私はこの馬鹿娘に天誅を下すので」

「いや、過激すぎるだろ!」

「ん〜?………何ですか、騒がしくしちゃって」


 俺の腕の中から事の元凶の少女の声がする。俺が慌てて腕を離すと目が合った。紫の大きな瞳を正面から覗き込む形になった。


「え、と………どなたですか?」


 ソファに座り直した彼女の先程も聞いていたはずの声に心が揺さぶられる。合わせたままの瞳に心を掴まれる。


「………フィリウス」


 他人のもののように感じる自分の名前を初めて口に出した。


「あっ………私は、ファレル・フレムダレムと申します。宜しくお願い致します、フィリウス様」


 この少女に______ファレルに恋に落ちたのはきっとこの時だ。

 この瞬間、時間が止まれば良かったのに。

 でもきっと、どれだけ後悔しても、もし時間を戻せても、きっと俺は彼女に恋をした。

ファレルの性格が記憶喪失の所為でポジティブになってる件(笑)

ファレルが部屋に入れたのは、使用人達にファレルは通すように、と前フィリウスが言ってたからという裏設定。ライア様、それを止め忘れるという痛恨のミス。


今回もありがとうございました(^o^)

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