11 祈りも願いも呪いも紙一重に
はい、ごちゃごちゃしてます。
ファレルは自分の気持ちがわからないみたいですが、私も自分の書きたいことが書けているか、とても不安です。
「なんで••••••」
タクの、死ぬ前の夢なんて見たの?
どうしようもなく不安になった。
会いたい。
そう思ってしまった。今の私は、とても弱い。タクと同じ声の______フィリウス様に会いたい。それだけの思いで外に出る。
外は、土砂降りの雨だった。
それでも、隣で寝てたお母様に宛てた書き置きだけで、王城に走る。
『公爵令嬢』でなくちゃいけないと、わかってる。わかってても、取り繕えなかった。早く、『私』はフィリウス様に会いたかった。
会いたくて、会いたくて、会いたいと。
フィリウス様、に会いたかった。
わからないけど、会いたい。
何故、フィリウス様なんだろう。なんで、ゲイルじゃ、アリアじゃ、お母様じゃダメなんだろう。そんなことはもう何十回、もしかしたら、何百回も自分に聞いた。でも、わかんなかった。答えなんて、出なかった。
雨のせいで髪も顔も服もぐちゃぐちゃになってるだろう。ぐちゃぐちゃで気持ちがまとまらない。でも、こんな格好で王城に入れるのかな、とか冷静に考えてたりする。
涙は出ないのに、泣きたい。胸の疼き。
こんな自分はわからなかった。知らなかった。
タクと声が似てるから。きっと、そんな一つのことじゃなくて。理屈でもなくて。
ただ、フィリウス様に会いたい。
会いたいんだ。
「お前!何者だ!!」
王城に、着いたの?こんな格好じゃさすがに気づかれないよね。公爵令嬢らしからぬ格好。
「••••••ファレルです」
「どこのものだ!!」
私、今はファレルでいたい。ただのファレルで。公爵家なんて関係なしに。でも、公爵家でなければこんなにも遠い。私とあなたの本当の距離。手を伸ばすだけじゃ届かない。
あの時、あなたがあの場所に居なかったら、私は••••••。私は、どんな風に生きていたんだろ。
手を伸ばしても、届かないなら。
行動するのみ、だな。あ、だいぶ元の調子だ。
グッと腰を低くした時、
「ファレル⁈」
なんか、すごい上から声が••••••。
「王女殿下⁈」
あ、王女殿下か。ライア様じゃん。王城にいるのがデフォか。ってえ⁈
「ら、ライア、さま⁈」
「その子は私の責任で通していいわ!」
「色々お世話になります。でも、よく、わかりましたね••••••」
「私、目は良い方なのよ」
「いや、この格好ですよ?」
「まあ、そうね。でも、銀の髪って珍しいのではない?」
「ま、それもそうですね」
現在、ライア様の自室。またもや服を貸してもらって、暖をとらせてもらってるとこ。雨の中走っといてなんだけど、風邪は嫌だなー。
「で、用は何だったの」
「え?」
「え?じゃないわよ。大切なことだからあんな雨の中走ったんでしょう?」
呆れたようなライア様の声。いや、呆れてますね、完全に。
大切なこと______。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「ちょっと、ファレル⁈」
つい、体操座りしてしまったっ!
自分の恥ずかしい思考を思い出して悶えてるんですから、ほっといて!何考えてくれちゃってんの!私!夢くらいでわざわざここまで走ってくるとか!ああ!ちょっとさっきの記憶消したい!!ゲイル辺りに聞いたら、いいかな⁈
なんで、フィリウス様に会いたい、とか思っちゃったの!
うわあああああああー!会いたいとか脳内で言いまくってた私が恥ずかしすぎる!!
「ファレル⁈」
「ドア開けるならノックして下さいよっ!」
「ファレルの言う通りですわよ、お兄様。礼儀というものです」
「あ、ああ」
「〜なんでっフィリウス様がここに!」
フィリウス様を見上げる。少しの沈黙があった。
「••••••ライアに聞いたからだ」
いや、ホッとしましたよ?すっごいしましたよ?会っただけで!でもさ、自分の思考を回想中だったから恥ずかしすぎる!!
「では、私は隣の部屋に」
ちょ、まっ、ライア様!
「わっ私も!」
「なんでだ」
逃げようとした私の肩をガシッと掴まれる。
「お前がいなくなったら俺が来た意味がないだろう」
「そうだけどっ」
本人を前にすると恥ずかしさが増しますねっ!
「俺には、言えないことか?」
言えないどころか、フィリウス様に会うためだよ。でもそんなの、言えるわけない。それ以上に言わなきゃいけないことができてしまったから。
「ただの身代わりじゃ、踏み込んじゃいけないか」
でも、それ以上に逆らえるわけが無い。タクに似たその声に。
「本当にちょっと、待って。おねがい」
本当は、もう決まってる。雨の中で自分の気持ちがどんなものか、わかった気がする。その上で、どうするか、もう決めてしまった。
でも、いざ言うことになったら、声が震える。涙が溢れそうになる。
黙ったままだったらいい、とも思ったけど、気づいてしまったから、フィリウス様に対する苦しい気持ちが残るに決まってる。これは、自分のためなんだ。
いつもいつもいつも、自分のため。ごめんなさい、こんな私に付き合わせて。
これは、あなたのためになる?
______あなたは、わかったといて楽しかったですか?
言う前に、一つだけ。私に勇気を下さい。
「ねえ、フィリウス様」
俯いて待っていたあなたは顔を上げる。
「もし、私が人に••••••例えばマナティアに剣を向けていたら、フィリウス様は私を斬る?」
シナリオとは違う未来になっていてほしい。私は、何か動かせていただろうか。
少しの沈黙を不安に感じる。
「斬らない」
「何故?」
「必要を感じないから」
「信じてくれてんの?」
おどけた調子で問うてみる。
「信じている」
真面目な声で帰ってきた言葉。あなたは私が今どんなに嬉しいか、わかりますか?
よかった。
「私もだよ。信じてる。••••••大切な人だよ」
フィリウス様が目を見開く。頬を赤らめて。そして、ハッとしたように聞いてくる。
「何か、あったのか?」
「••••••すごいなー」
色々あった。自分の気持ちが、少しわかった。
私は、『タクの身代わり』としてじゃなくて、あなたを、フィリウス様を見てる。
身代わり契約なんて、建前になってて、いつの間にかあなたの側にいることを楽しんでいた。自分が本当は何を思ってるのか、ぐちゃぐちゃになるこの気持ちはなんなのか、一番分かりたいことは未だ分からないまま。
だけど、これは真実だから。
私は、あなたの側にいるために契約を利用してたんだ。
いつからかはわからないけど、もうずっとだと思う。それがわかってしまったから。こうするんだ。
「••••••もうすぐ、二カ月経つんだね」
「ああ、会ってからか」
私は、『笑顔』になった。作り物でも、私、今、綺麗に笑えていますか?この笑顔は、あなたに残りますか?
この笑顔は、祈りであり、願いであり、呪いでもあるのかもしれない。
私のことを、忘れさせないための。私との一時の、たった二カ月の関係を忘れさせない為の。
終わりにするのは私なのに、私を見る度に思い出してしまうように。
そして、この言葉を『笑顔』で必死に吐き出す。表には、微塵もその裏の思いを感じさせないくらい、綺麗な笑顔で。
「身代わり契約、終わりにしましょう」
突き放すために他人行儀な話し方をする。綺麗でも、なんの感情もこもってない笑顔を作ったまま。
固まったように動かないフィリウス様に言葉を続ける。
「私から、契約を切るのだから、代わりの条件は無しよ」
私から契約を切る時が来るとは全く思いもしなかった、あの時の会話通りに。
そのまま、何も言わずに立ち去ろうと思った。でも、これだけは、と思った。
「さようなら」
私は、笑えていますか?自分の気持ちを隠せていますか?泣きたい気持ちを隠せていますか?
ライア様の部屋を出て、ドア閉める。ドアにもたれかかって、ずるずると座り込む。
そして、本当に祈る。
______フィリウス様、あなたが、大切な女性と結ばれますように。
これで、『フィリウス様』と呼ぶのは最後だ。
「大丈夫でごさいますか?」
「え?」
「熱が、おありではないですか?」
急に声をかけてきた侍女に問われて、そういえば、と思う。雨の中を走ったんだから、仕方ないか。
「客間に案内致しましょうか?」
「はい、お願いします」
そう言って、私はライア様の部屋から、王太子殿下がいる部屋から離れた。
今回もありがとうございございました(^^)