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短編集

’騒動’という文字に踊らされるな

人間同士の足の引っ張り合いは、人間が存命する限り避けられないものなのだと言う事を、頭の片隅に置いておくべきだろう。用心することも時には必要、必要。



 私はそれ以来、パッタリと、ネットへの依存を絶ってみることにした。

 それは、数ヶ月程度のことであったのだが、その効果というものは代償部分よりもメリット部分のほうが絶大であった。

 何故なら、様々なコンテンツを私達は、知らぬ間に「習慣」として不必要な程に、材料を過剰摂取する傾向であったものを一度、「リセット」できたからである。


 

 「人生のリセットは不可能」だとよく耳にする。それは”人生”という一括りに限ってのお話し。

 

 私達は知らぬ間に蓄積される、不必要なもので埋まってきた人生を「リセット」できる。

 

 知らぬ間に蓄積される、不必要なもので埋まって、塊団戦車は世間で言う、脳の堅い人間と揶揄される。



 だが、私も不必要なものとして「リセット」したのだが、余分に取り除いてしまう癖があった。

 その「クセ」で、私は生きる目標というものが見失ってしまった経験を味わう。

 だがしかし、悪いだけではない。「生きること」という最短アクセスをして、交通の便の橋が見えたお陰でその橋よりも複雑化している橋を見つめなして、自分なりの橋を試行錯誤しながら、今現在、生きてる。


 

 書き続けることによって、何かこう、モヤモヤしたものを、喋りでは伝え切れない言葉を何でも良いから、とにかく早く、この文字たちから何かを導き出す。

 

 何かを誕生させたい。


 パイオニアになりたくなってきた。

 

 この状況からへの脱却を図ろうとする過程。



 私、喋ることに関しては壊滅的苦手でして、気持ちという捌け口は、この文章の一点突破でしか、いまは、無いのです。

 なので、文法、脱字、物語、構成といった文章の仕組み達が、根本の障害になるであろうとも、個人的感情剥き出しの支離滅裂型、文章が生まれるのであろうと納得し、私なりの見解と反省を込めて認識を出してみる。


 大事になることも、何が原因で大騒ぎになるのか、わからない時代。


 そういった時代だからこそ、ガス抜き(息抜き)の確保、見つめなおす期間がより、大切になってきているのかも知れない。


 「ネット集団いじめ」なるものが”悪”として取り沙汰されている。

 現代ネットが肥大化して、一部のものが大きく見えてしまっている錯覚のようなものだ。

 学校、社会といった社会生活に長期滞在してると、必ず遭遇すると言っても過言ではないであろう、”いじめ”という膿が、二次元空間にも侵食して来ているかのような信じたくもない錯覚、トリック。

 

 九十年台初頭、まだ日本ではそれほどネット社会は発達、認知されていなかった。

 アメリカ等の先進国では発達していた。

 日本社会で取り沙汰されているような、現代とは一種の違いなのか、参考としては厳しい。

 だけれども、なんとか参考にして解決へのプロセスへと辿り着くしか、その伝手は無いようだ。


 本当に行き詰まったときは我々、人間は哲学というものを学ぶ。

 それは、原始的かつ、一番手っ取り早く、答えに直結できるから。先人達の知恵でもある。

 急がば回れの精神。ざっと、見出しを見るだけではなく、長文、駄文、その他諸々、長ーい歴史書を読み漁ることこそが、人間、唯一の考える力とうものの偉大さに気づいてくる。

 逃げでも何でも良い。持ってして生まれた力を最大限、利用することも一つの存在意義。

 このようなつまらない文章を読んで、何かを感じ取ることがあれば、それは私にとっての収穫でもある。

 

 不必要だと思ったものが今になっては必要になってくる。それは、時の流れ。

 運命という、堅苦しい言葉では、たとえたくは無いので、「ギャンブルスタート」を心にも仕掛けてやりましょう。

 百八十度、違うことをミリ単位でも、やってみても、大きな収穫になるはず。


 私ならまず、プロ野球から生きる方法というのを学んでみたい。

 その本心を曲げることなく、純粋な少年のような煌めきを忘れないように、そっと、心に閉まって、常に試行錯誤していく。

 実験者のように、文章の方にも、色々と試してゆきたい。


 「大は小を兼ねる」ではない、少数派にこそスポットライトを当ててやる。

 というようなスピリットを掲げて、前進するのみ。そう、言ってのける。

 だが、しかし、前述したように、喋りでは自分の伝えを伝え切れずにいてダンマリを決め込むのだろう。



 昔、一人の尊敬できる先生に唯一、褒められたことがある。


 文章で喋り以上の喋りを決め込んでいる、と。


 今、私は、文章で、喋りの分を文章で取り返してやろうと、息を巻いているのである。



 キャラクターの方向性として生き残る術なのであれば、其れは浅はかだったろうし、こうもいとも容易く簡単に攻略されてしまっては、熱りも消え失せるだろう。

 

 其れはただの、中身の無いゲームだ。


 簡単でハマるゲームとは訳が違う。


 マネーゲームに取り憑こうとしたら、ミイラ取りがミイラ。

 

 又は、身ぐるみ剥がしのガイコツが身ぐるみ剥がれたただの骸骨だ。


 過剰な行為は挑発とみなし、攻撃される。まさに、「出る杭は打たれる」。


 

 嫌悪というものは、個人の価値観に部類され、その”嫌悪”がまた、厄介なもので、環境に大きく左右される。

 風習や習慣が根絶、すなわち「死」であり最悪の早死を表す相をもたらしてくるものだとしたら、恐ろしい。だが、同じ穴のムジナ。

 自覚を持たなさ過ぎる。これは、大変大きな過ちで、「自覚無しでその場は収まる」という不条理な世の中だ。

 そうして、「政治が悪い」と言い、解決させられている。

 なんとも愚かなんだ、人間そのものが憎く、醜く映えてくるではないか。


 この辺で、おしまい。


 後味が悪い感じだけれど、これ以上書いていると、なんだか気分が悪くなっていく一方なので・・・。

 

 おいとまさせてもらいます。

 

 あしからず。


 つまり、法律も正義も、何もかも信頼できぬから、己を磨くことこそが、一生ものだということ。

 家族、友人、愛する人も大事です。ですが、出会いがあれば、別れもつきもの。

 まず、できること、己を磨いていくこと、「ギャンブルスタート」から仕掛けていきましょう。


  

 生き続けてさえいれば、何か糸口は必ず見つかるもの。

 

 それは、呼吸している、心臓の鼓動がするなど様々。


 その、ごく当たり前のように見えているものこそが、簡単かつ、答えとの直結ができる”近道”みたいなものです。


 シンプル・イズ・ベストとは、全知全能のもの、すべてに共通する共通項を探し当てることだと、私は思います。


 それは途方も無い、長い長い道のり。


 寝台列車に乗って、その道のりを進みたい。

 

 だから、今「生きる」ことを延長線上の先として立てておいて、その経過としての術、様々なライフワークを今、皆さん、私含め、現在進行形で進んでいるのでしょう。




つまり、もう終わりです。

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